【現代】お買い物

「ふーむ」


 グレンが列強バンベルト王国でも有数の商人、ダルダンが営む武器店で、腕を組みながら武器、というかメイスを見ていた。


「どうしてメイスの良さが分からんかね?」


 グレンに言わせれば、こちらの大陸は剣だの槍だのが注目され過ぎている。シンプルイズベスト。持ち手の木と、その先に金属を付ければいいだけのメイスこそが至高なのに、それが分からんとは嘆かわしい。となるのだ。


「おい"ちまちま"が安物のメイスを見てるぜ」

「金がないなら小遣いでも貰いな」

「あははは!」


「うっせえぞてめえら! 金くらいあるわ!」


 その店の中にいた傭兵達が、グレンを囃し立てる。

 グレンの言うこちらの大陸の感性からすればメイスは安物であり、剣を買えない貧乏人の武器なのだ。それをじっと見ているグレンは、それこそ貧乏人といえるだろう。


「ならこれこれ」

「ばっか、俺らだって買えねえじゃん!」

「違いねえ!」


 反論したグレンに傭兵達が指差したのは、この店で最も目立つ場所で、厳重に飾られている黄金の剣だ。


「ドワーフの刀匠ギーンが作った魔法剣。なんとか買えんものかねえ」

「だっはっは! デカい屋敷が買えるぞ!」

「そもそも売ったら傭兵する必要なくなるしな」


 傭兵達はもうグレンを見ていなかった。ドワーフの刀匠ギラギンが作った黄金の魔法剣は、その切れ味もさることながら、優秀な魔力伝導率を誇り、魔法適性のある者がこの剣を振るえば、燃える剣、凍てつく剣、紫電が走る剣など、様々な魔法を高い力で纏わすことが出来るのだ。


「なんも分かっちゃいねえな。時代はメイスだよメイス。帰るか」


「退け!」


「おっとこいつは失礼」


 グレンはその様子を見ながら店を後にしようとしたが、入り口から転がるように入って来た男に道を譲る。


「ダルダン様!?」


「この黄金剣を売り込む! 早く下ろせ!」


「は、はい!」


「ようやくだ。ようやく!」


 男はこの商会の主ダルダンで、肥満が酷く顔からは滝の様な脂汗をかいていた。


「よし行くぞ!」


「はい!」


「退け退け!」


 彼は従業員に黄金剣の入ったガラス張りの箱を持たせると、そのまま店の前に止めてあった豪奢な馬車に乗り込み去っていった。


「なんだありゃ」


 その様子に、奇しくもグレンは元より傭兵達も、そして従業員達ですら心を一つにするのであった。


 ◆


 武門の名家であるキール公爵家に気に入られた武器商人と鍛冶屋は、巨万の富を得るというのがその界隈に流れる噂で、確かにそれは間違いなかった。歴代当主は優れた武器に目がなく、気に入ったものがあればどれほど金が掛かっても気にしなかったからだ。


 そのため現在のキール家にも、伝手がある一握りの武器商人がやって来て様々な売り込みをするのだが……。


「ドワーフの職人が作った魔法剣でも駄目だった」

「観賞用ではなく武器を持って来いと言われたが、武器は武器だろう?」

「試しに実用的な剣を献上したが、それも駄目だったぞ」


 その結果は芳しくなく、商人達が持ち込んだほぼ全ての刀剣が買われなかった。


「ご当主様、出入りの商人の伝手を使って、街にある大店から剣が送られています」


「お前が見たところは?」


「ギンギラギンでございます」


「ぷ」


 キール家に長く仕えている老執事は、主人であるハンナに聞かれた通りの感想を述べるのだが、そのお茶目な答えに彼女は少し噴き出してしまう。


「もっとこうあるだろう」


「私、それほどの目利きではございませんので」


「よくぞまあ言ったものだ」


 武門に長く仕えているのだ。この老執事もかつては一角の人物と知られおり、武器の目利きも相当なものなのだが、困ったと言うべきかなんと言うべきか、この屋敷にはそれよりももっと目利きがいた。


「なんの。ノア様に比べたら私の目利きなど未熟も未熟」


「新しい剣が送られたのですか!?」


「もう来たか。先ほどお前に知らされたのにどうやって知ったんだ? 目というか鼻か耳利きだな。ノア。戦でもないのに屋敷を走るのはやめなさい」


 執事の言葉が聞こえたのかどうか分からないが、廊下の角から全体的に黒みが掛かった金髪で、くりくりとした青い目が可愛らしい、10歳ほどの少年が飛び出してきた。


「ごめんなさい母上。それで剣は!?」


 その少年こそハンナの一人息子であり、次期キール家当主であるノアであった。彼は一応謝ったものの、すぐに目的の物が何処にあるか問う。


「ノア様がお持ちになるのではと思いまして、庭の方に運ばせてあります」


「でかした!」


「全く……誰に似たとは言うまい」


「ほっほっほっほ」


 老執事の答えにノアは庭へとすっ飛んで行き、それを見たハンナはため息をつくのだが、その息子の後ろ姿は、珍しく名工が作ったメイスが街に流れて来たと聞いてすっ飛んで行った、自分の夫の後ろ姿そっくりであった。


「これはノア様」


「これがそうか!?」


「はい。ドワーフの刀匠、ギーンの作でございます」


 態々庭に机を運び、その上に剣が入った木箱を置いていた使用人達が、主人の一人息子に恭しく礼をする。ノアの方も公爵家の嫡男として育てられているため、屋敷の中ではそれを気にせずに木箱を覗き込む。


「これがその剣……うーん……」


 木箱を覗き込んだノアだが、眉間にしわを寄せて難しい顔をする。しかし、幼い顔には似合っていない、寧ろ可愛らしいだけだ。


「どうだノア?」


「母上……」


 ノアに追いついたハンナが、老執事を従えながら庭にやって来た。それに周りの使用人は、親子の会話を邪魔しないため深々と頭を下げるだけだ。


「その……」


「ただいまー。皆に庭でどうした? あ、はいはい。新しい剣が送られて来たのか?」


「父上!」


「グレン」


 ノアが難しい顔のまま何かを言おうとしたとき、そこへ彼の父であり、ハンナの夫であるグレンが帰って来た。周りの使用人達にとって、グレンは厳密には主人でないし、キール家の所属という訳ではないのだが、それでも自分達が守れなかった、少女時代のハンナを守ってくれた男であり、彼にもまた深々とお辞儀するのは当然だった。


 そんなグレンだが、庭で息子とその前に置かれている木箱で、何をしているか正解を導き出したが、それはつまり、それほど毎回ノアが庭で剣を見ているという事だ。


「父上、この剣なんですけど」


「うん? 見覚えがあるな。ダルダンの店のか?」


「はい。その名前で送られています」


 早速父に剣を見せるグレンだが、その剣には見覚えがあった。なにせつい先ほどまでいた店の、一番の大目玉商品なのだ。彼が老執事に問うと、まさにその黄金剣は、大商人ダルダンから送られて来た物だった。


 実はキール家の御用商人に頼み込んだダルダンが商会一の剣を持ち込み、それを取っ掛かりにして自分も一緒に売り込もうとしたのだ。


 しかし、当然だがこの場に、というよりこの屋敷自体にダルダンはいない。なにせここはキール公爵の王都邸であり、大商人とはいえ平民が気軽に入れる場所ではないのだ。


 農村の戦災孤児で、自称現役傭兵はいたが。


「ノアはどう見た?」


「その、いまいちかなと。剣というより、杖と言った方が……」


「んだな」


 剣の良し悪しを10になるかならないかの息子に尋ね、その答えにグレンも同意し、老執事もまた内心で頷いていた。


「ほれ、振ってごらん」


「はい」


 グレンは公爵邸のど真ん中である庭にも関わらず、平然と木箱から剣を取り出し、それをノアに手渡す。


「せいっ!」


 ノアの背丈では不釣り合いに長い黄金剣であったが、その剣の振りは少年とは思えぬ堂々としたものだった。


「いつも思うけど流石はハンナの息子。剣の振り方がそっくり」


「本当ですか!?」


「そりゃもう。出会った頃のハンナの方が歳上だけど、それでもハンナの太刀筋と一緒さ」


 その振り方はグレンの記憶にあるハンナの、ハンスのものと同じだった。


「昔の事は恥ずかしいので言わないでください。それと、それを言うなら貴方の振り方にも似てますよ」


「あれ? そう? やっぱり似ちゃうのかな? だっはっはっは!」


 かつてのある意味青春を思い出しながら、少しだけ恥ずかしがるハンナだが、彼女に言わせると息子の剣の振り方は、偶にグレンが振るう太刀筋に似ているらしい。


「じゃあ、僕は父上と母上にそっくりなんですね!」


「ふふ、そうね」


「だっはっはっは!」


 敬愛する父と母の両方に似ていると言われ喜ぶ息子に、その両親は笑い声を上げる。


「それでどう思った?」


「やっぱりなんというか、芯が悪いです」


「んだな。ちょっと貸して」


「はい!」


 息子の感想を聞きながら、グレンは黄金剣を握る。


「ほっ」


「父上凄いです!」


「だっはっは!」


「おお……」


 構えも何もなしにグレンが振るった剣は、誰にも捉えることが出来なかった。ただ、気が付いたら振り終わって刃が下を向いていたのだ。いや、真に恐るべきは、それほどの速さで剣を振るいながら、全く微動だにしなかったその体幹だろう。その姿にノアは勿論、武門に使えている使用人達からも感嘆の声が上がる。


「やっぱ見た時も思ったけど、ノアの言う通り芯が悪いな。魔力の伝導を優先したからか知らんけど歪んでる。上等な盾に打ち付けたら折れるんじゃねえかこれ。な、ノア」


「はい!」


 実はこの少年、父が何処からか持ってくる上等な剣を見ながら、そのうんちくを聞いているうちにすっかり目利きになってしまい、今では武門のキール家でも、父に次いで最も肥えた目を持ってた。


 しかし、グレンとしては剣はおまけに持って来た物で、本当はメイスの目利きとなって欲しかったようだが、メイスの出来なんてものはよっぽどの達人が作らなければほぼ同じ品質であり、特に目利きの必要はなかった。


「これ買うのか?」


「いや、観賞用は必要ない」


 剣を木箱に収めながらグレンがハンナに問うが、キール家に観賞用の剣は必要ないと断る様だ。


「やっぱ剣なら、裏町の偏屈ドワーフが作ってる奴だな。ノア、買いに行くか?」


「前見せてくれた短剣を作ってる人ですか!?」


「そうそう。あの飾りなんか知るかって短剣を作った爺さんのとこ」


「お小遣い取ってきます!」


「おっと、ここはパパが出すとも。ハンナも行こう」


「ちょっと待ってください」


 グレンの誘いにノアは自室へお小遣いを取りに、風の様にぴゅーっと走り出そうとしたが、それを止めるグレン。ここは父としてグレンが払う様だ。そして折角ならハンナも行こうと誘うが、彼女は公爵家当主である。そう簡単に裏町に出かけられる身分ではない。


 いや、彼女が待ったを掛けた理由はそれではない。


「ルナーリア様のお小遣いはまだの筈……そのお金はどこから出ました?」


「……」


 残念ながらグレンは、息子の様にぴゅーっと走り出す若さを持ってなかった。


「……じゃあ行こうか!」


「はい!」


「全くもう。少し待ってください。変装用の魔法道具を持ってきます」


 その若さがないなら誤魔化すしかない。まるで聞かなかったように、グレンは自分も含めて変装した妻と息子を連れ、裏町の偏屈が営む武器屋に向かうのであった。


 メイスの教えを説きに隣国へ行こうとしたがバレて、女王直々にメイス布教のため限定で出国禁止を言い渡され、旅費の為におろしたのに使い道が無くなってしまったへそくり金を携えて。

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