妙な男

「おかしくねえか? なんで金に困ってるのに、連れ合いが増えてるんだよ」


 襲撃から一夜経ち、グレンと少女達は、はいさようならといかなかった。寧ろ何故かグレンは荷馬車の御者を務めており、馬の手綱を引いているくらいだ。


「このまま隣国のソラト王国に妾達を連れて行け。そうすれば金銀財宝も立身出世も思うがままだ」


「あっはっはっは! 契約書も書けない歳の癖に何言ってんだ! あっはっはっは!」


 グレンの真後ろ、藁が一杯に詰まれている荷台から声が聞こえて来た。何とこの荷台、外見は藁が積まれているように見えて、その中は少女達三人が入れるくらいのスペースがあり、まさに隠れるための作りとなっていた。

 そこから三人の中で最も高貴そうな、長い金の髪を腰まで伸ばしたルーナと名乗った少女が声を掛ける。


「貴様っ! 姫様に向かって!」


「おっとハンス君。その子はお姫様なのかな?」


「あっ!?」


「ぷぷのぷ。ハンス君ドジっ子だねえ」


 わざとらしくハンスの失敗を笑うグレン。彼、いや彼女もルーナと名乗った少女と同じくらい高貴な気配を漂わせているが、若干中性的で、ハンスと名乗ってもそう違和感がない様な容姿をしていた。


「大体ソラト王国ってどう行くんだよ。道あってんのか?」


「あってます」


「テッサちゃん頑張ってね。高慢ちきっ子とドジっ子の命運は君に掛かってる」


 三人の中で一番落ち着いている、黒い髪の少女テッサが、今のところ唯一まともにグレンと話せていた。


「大体立身出世とか傭兵がしてどうすんだよ。傭兵王立身出世編ってタイトルの物語書いていい?」


「例えばどんな話です? ソラトなら出版の口利きくらい簡単ですよ」

(ここは話を合わせるが吉。そしてそれとなく誘導してソラトへ向かわせる)


 だがこのテッサ、腹の中は真っ黒というかリアリストで、グレンの事を利用する気満々であった。それも当然。彼女達には使命があり、そのためには利用出来るものは徹底的に利用する必要があるのだ。例えば、目の前のよく分からない不審者も。


「そうだなあ、所属していた傭兵団に追放されて、美人な嫁さん貰って、気が付けば傭兵国家を築き上げてる。みたいな? 売れると思う?」


「さあ?」

(この男の真意が見えない)


 だがテッサにとってこの男は妙に捉えどころがない。というより訳が分からなかった。普通刺客に狙われている者などと、好き好んで一緒にいるなんてありえない。なのに自分達と同行しているという事は、


(間違いない。私達を売り飛ばす気だ。なら寝ている隙に身ぐるみ剥いでポイしないと)


 という結論をテッサは導き出した。ついでに恐ろしい計画も。


「結局貴様は何が欲しいのだ?」


(姫様直球過ぎます!)


 そんなテッサの計画を余所に、ルーナは単刀直入にグレンに問う。


「出た出た。帝王学とか収めてる奴特有の思考。この世に親切なんか存在しない、利と打算だけって考えだ。あーやだやだ」


「誰だってそうだろう!」


 手綱を握りながらやれやれと器用に肩を竦めるグレンに、ルーナはカチンときた。実際そう教えられ、その通りの結果で今ここにいるのだ。


「なら両隣を見てみな」


「むっ!?」


 だがルーナはグレンの言葉に詰まってしまう。彼女の両隣、つまりテッサとハンスはそんなもの関係ないと、今自分に付き従ってくれているのだ。その言葉を否定することは、彼女達に対する侮辱であり出来なかった。


「なら貴様が妾達を助ける理由は何だ!?」


「残念好感度が足りない。契約書の枚数を10枚以上持ってきてから話してください」


「貴様ー!」


「姫様落ち着いて!」


「あっはっはっは!」


(理由は何でもいい。とにかく隙を)


 興奮してグレンに掴みかかろうとするルーナと、それを抑えるハンス。それを見ながら、テッサはこの男を利用しようと考えを巡らす。


 そう、この訳の分からない不審者と…………


 ◆


 ◆


 ◆


(まさか愛して子供まで……夢? 今私はテッサ、いや違うテレサだ)


 目が覚めたテッサ、いやテレサは、自分の現状が把握しきれていなかった。まるでついさっきまで本当に起こっていたかのような夢を見て、当時の自分と今の自分が混ざっているような感覚だった。


(ここは王都、逃げていたあの時じゃない)


 少しずつ意識が覚醒するテレサ。自分の体を確認しながら、ふと自分が何も身に付けていないことを思い出した。


(そうだ、昨夜は彼と)


 そこでテレサはようやく思い出した。今隣にもう一人いる事を。


「うーんうーん……そんな、傭兵王国盗り物語がこんなに在庫を抱えるなんて……国盗り用の金の単位とか分かんねえから、金のこと全く書かなかったことが駄目だったのか? 時代によって変わる物価、金の単位……俺には無理……絶対無理……うーんうーん……」


(全くもう……)


 彼女がテッサでなくテレサなら、隣にいる男は相変わらずグレンという名前だ。何故か出版してもない本が在庫を抱えている夢を見ている様で、酷くうなされていたが。


(そうだ)


 そのうなされている顔を見て、テレサは悪戯心が湧き起こる。


「グレンさん。いえ、グレン、どうして私達を助けようと思ったんですか? お金です? それとも身分?」


 出来るだけ当時の淡々とした口調を思い出して、そっとグレンの耳元で囁く。昔聞いた言葉をまた聞くために。


「ばっきゃろテッサ。がきんちょが死にそうになってたら助けるのは当たり前なんだよ。命懸けだろうが、金だの身分だののためじゃねえわ。ん……? 金……? うーんうーん……お金がない……空っぽ……うーんうーん……お小遣い下さい……やっぱいいです……男のプライド……面子……うーんうーん……」


「ふふ」


 逃避行の最中に聞けた言葉をまた聞けて、満足気に微笑むテレサ。うなされている言葉は昔からそうなのでスルーしている。


「さて、城に行かないと」


 ベッドから静かに降りるテレサだが、一方でグレンの方はここ数日色々酷使されており、全く起きる気配がない。しかしこれで緊急事態には飛び起きるのだから、テレサの隣でどれほどリラックスしているか分かる。


「それではグレンさん。また城で」


 ゆっくりとドアを閉めるテッサ。残されたグレンは、


「うーんうーん……そんな、傭兵令嬢最前線に立つ。初めてのメイスで頭カチ割り編がこんなに在庫を……俺男だから、女の子主役の心理とか書けなかったのが駄目なのか? ……うーんうーん……」


 それに気づいていたとか全くない。正真正銘、本気でうなされていた。

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