妙に実戦的な男
「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
早朝の街道脇で、一番早く起きたハンスが剣を振っている。
一行は人目を避けているので、街道の地中で点在する宿泊街で寝泊まりすることが出来ず、そこを通っても湯浴みをする程度であり、もっぱら寝起きは街道の脇で止まってである。
「なんか今日昨日の思い付きで出来る剣の振り方じゃないけど、この国って女子でも剣を振るうべしって感じ?」
「うわっ!?」
そんな彼女の元へ、火を起こし終わったグレンが話しかけるが、素振りに集中していた彼女は驚きの声を上げてしまう。
「キ、キール家は私しか生まれなかったから、後を継ぐため教えられたんだ!」
「ああなるほど。武門の名家だから男として育てる。みたいなあれ?」
「そ、そうだ!」
(武門の名家出身なんだね、とは言わないでおいてやるか)
実際ハンスの実家であるキール家は嫡男が産まれず、仕方なしに彼女を男として教育していたため、未熟だが歳の割に剣の腕はよかった。しかし、彼女がよく口を滑らせるところを見るに、どうも貴族としての腹芸などは全く教えられていなかったようだ。
「でも将来使いこなすための訓練は勿論必要だけど、今手軽に使える武器もいるな。短剣とか持ってる?」
「い、いや持ってない」
「他の二人も?」
「ああ」
だが子供用の剣などこの世にある筈がなく、ハンスが振っていた剣も彼女の体格に合っていると言い難かった。
「しゃあない、金が出来たら短剣、っつうかナイフを三本買おう」
「な、なに?」
「振り下ろす筋力がまだまだだから、そう言う時は刺すんだ。シュッシュッ」
グレンの突然の提案に目を白黒させるハンスだが、彼はお構いなしに手を前に抜き差しするような動作をする。
「だ、だがキール家に先祖代々伝わる魔法剣を使いこなさねば、私は後を継げない! そしてそれを振るって武功を立てるんだ!」
「でも今は今で大事なんだ。落ち着いた時にそれを使えばいい」
(家を捨てて逃げ出してきたなら、その原因に荒らされている可能性があるな。その剣も今実家にあるかどうか、とは言うまい)
「むっ!?」
ハンスの力の籠った言葉に、グレンは先程までのふざけた様子とは違い、至極真面目にハンスの言葉を尊重しながら返答する。
「まあそれに……」
「な、なんだ!?」
一転して目を伏せるグレン。
「経験則から言うけど、そういう家宝はどんなに強い魔法が掛かってても、切れ味が良くても、無くしたり壊れたら大事だから皆厳重に保管して、重要なパーティーとか儀式のときにお披露目って感じなんだよ。つまり戦場に持ち出してぶん回す奴は、ちょっと貴族的にアレというか、馬鹿というか、戦場大好き、戦い大好きで頭がちょっとあれというか……」
「うっ!?」
グレンの呟きに、ハンスも覚えがあるのか言葉に詰まる。そう、大抵強力な武器と言うのは後生大事に保管され、実戦で使用されるとしたら、それは戦闘狂とか戦争狂が、笑いながらぶん回すと相場が決まっており、物の価値が分かっていないと笑う事すら躊躇ってしまう様な、ヤバい奴認定されてしまう恐れがあった。
(臨時収入ご馳走様でした。もっと持ち出してくれてもよかったのに)
何故そんな事までグレンの気が回るかと言うと、家宝として扱えるような業物は、それはもういい値段が付くからだ。いや、なんなら、それを持ち出したドラ息子やヤバい当主よりも、家としては大事だから高い身代金が発生する事もあり、腕の立つ傭兵は臨時収入と変わりない、という訳ではない。
そういった者と物は、持ち主のとんでもない強さと、武器の性能が噛み合い、本当に選ばれた傭兵でないと太刀打ち出来ないため、大抵の傭兵は所属している国の精鋭に対処を任せ、自分達は身の丈に合った稼ぎを探す。
つまり、それを単なる臨時収入扱いするグレンは……
「という訳で、三人全員ナイフの使い方を勉強しましょう。なあに、そのくらいの背なら丁度股間の位置だから、ぶっ刺したら全員お陀仏だ。マジマジ」
「あっおい!」
勝手に一人で納得してその場を去ろうとするグレンを、ハンスは慌てて追った。
◆
◆
◆
◆
◆
(……いけない、うたた寝していた)
キール家の執務室で目を覚ましたハンス、いや、ハンナは昔懐かしい夢から現在に帰って来た。
(懐かしい……)
ハンナは目の前の机の引き出しを開ける。そこには彼女の家の格から考えると、あまりにもみすぼらしい安物の短剣が収められていた。そう、あの後寄った街で買った、安物の短剣が。内乱終結後に奪われて戻って来た、キール家の家宝である魔法剣よりも大事な。
(しかし、いくら背が低かったとはいえ、最初に女に教える刺し方が、とにかく股間にしろとはおかしくないか?)
「おーいハンナー」
「ノックぐらいしてください」
「ごめんなさい……」
そんな物思いに耽っているハンナの執務室に、無遠慮に男が入って来た。腰には相変わらずメイスを差し込んでいるグレンが。
「ノアが稽古付けてくれって言ってるけど見に来る?」
「父上早く!」
「はっはっは。あわてんぼうさんめ」
いや、入って来たのはグレンだけではない。ハンナとグレンの間に出来た息子、ノアの姿もあった。
ルナーリア、テレサ、そしてハンナにはそれぞれ子がいるが、グレンの事は表沙汰になっていない。これは農村で拾われた孤児であるグレンの血が、あまりにも他の貴族の反発を招くのは目に見えていたことと、グレン自身が無頓着な事もあって、この事実は隠されていた。
だが一つ裏話があり、ルナーリアは処女受胎したといけしゃあしゃあと宣ったのに対して、ハンナの方は武門の家なのだから、強い男から種を貰ったと宣言すると、他の貴族はああやっぱりね。といった反応を返したのだ。普段からキール家がどのように見られているか分かるというものだが、これがグレンというはっきりと最底辺の血と分かれば、大きな反発は間違いなかったので、ある意味ハンナの作戦勝ちと言えるだろう。作戦と言えるかどうかは微妙だが。
「いやあ、息子にメイスの良さをまた教えないとな」
「僕やっぱり剣がいいです!」
「なんですと?」
しかし、家人はもちろんノアも父がグレンである事は知っていた。なにせキール家の中でグレンは、平然と父として、そして夫ととして暮らしているのだ。だが、キール家の家人は先の内乱で宰相側に与することなく、キール家に忠を尽くしてくれた者達だけで選ばれており、この情報が洩れる心配もなかった。
「ふっふっふ。息子よ、メイスはいいぞお。なんと言っても相手の鎧の上からぶん殴ればいいんだし、刃毀れもしない。手入れも超簡単。そして何より大事だが、剣と比べたらそりゃもう安い。あ、しかもどこで買っても質はそう変わらないな。なんだ、メイスって完璧じゃん」
「でも剣の方がカッコいいです!」
「それはあるね……」
早口でメイスの素晴らしさをノアに説いたグレンだったが、息子の一言に完全降伏してしまう。彼もメイスが地味だという自覚はあったのだ。
尤も、キール家の武器庫に保管されている、グレンのメイスコレクションの中には、それはもうド派手な魔法付与がされている物がいくつかあったが、そういったものは彼の分類分けで、凄い、超凄い、とんでもなく超凄い、これダメなヤツ、のダメなヤツに分類されており、表に引っ張り出すのはそれこそダメなヤツなのだ。
「仕方ない。メイスが断られたからドタマのカチ割り方じゃなくて、剣で内臓の掻きまわし方を」
「言い方!」
「ずみばぜん!」
息子がいるというのに、育ちの悪さが滲み出た言葉を吐き出すグレンへ、ハンナはまさにドタマをカチ割るくらいの手刀を落とす。
「じゃ、じゃあ庭に行くか!」
「はい!」
そんな光景を見慣れているノアは、若干涙目な父親に付いて、庭に向かうのであった。
「全くもう……」
仲の良い父子を見て、ハンナは苦笑しながら自分もまた庭へと足を進めた。
ある意味、かつての自分と重ね合わせながら。
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