始まり
前書き
なんかえらい評価が良かったので、試しにもう一話書いてみます。
◆
『この俺を追放するだとおおおおおおお!?』
『人聞きの悪いこと言うんじゃねえ馬鹿野郎!』
『団から除名するとかどう考えても追放だろうが! つ! い! ほ! う! 御上に追放されましたって訴えるぞゴラア!』
『んな言葉は戒めの古典的昔話なんだよ! そっから坂道を転げ落ちるから、仲間は大切にしましょうっていうな! あと御上がんな事にとり合う訳がねえだろ馬鹿野郎!』
『どう考えてもその状況だろうが! こっから今まで出来たことが出来なくなって、元仲間が落ちぶれて俺に帰って来てくれってパターン以外考えられるかボケ!』
『残念お前はそもそも仲間じゃありませーん! 戦場で拾ったがきんちょの馬鹿野郎でーす!』
『あーっ!? もう決まった! もうこれは団解散から散り散りになって、過去の悪行がばれてからの投獄ルート確定!』
『いいから出てけ! おしゃぶりしてた頃から剣握ってた頭のおかしい馬鹿野郎は、うちにはいらねえんだよ!』
『分かったよ分かりました! 追放されてやるよ!』
『当分顔見せるんじゃねえぞ! 万が一見たら隣の大陸に船へ詰め込んで、いや、木箱に詰めて海へ叩き込んでやるからな!』
『うっせえ! 団のより一層のご活躍をお祈り申し上げます、だ!』
『そりゃ俺らが送る方だこの馬鹿野郎!』
『あばよ馬鹿親父! そんでもってまあ、拾ってくれてありがとよ! じゃあな!』
『…………ふん。行ってこい馬鹿息子』
◆
いつもは夜でも人で賑わうバンベルト王国の王都を、兵士が血走った目で駆けまわる。何かを探していた。いや、誰かを……
◆
「うーん金がねえ……」
夜の街道に普通は誰もいない。モンスター、ゴブリンやオークの異種族、野盗。そんなものが蔓延る世界で、夜一人で野宿するなど、考えられない事なのだ。
しかし、焚火の傍で座りながら、自分の所持金を確認している男は、確かに一人だった。
男の名はグレン。
「あの中年ハゲ、普通俺を追い出すかね? なーにがガキの頃からずっと傭兵一辺倒じゃいかん。もう一人で生きていけるんだから世界を見てこい、あ、近くにいるんじゃねえぞ、俺らの稼ぎが少なくなるからな、行くなら隣の大陸に行け、だ。俺こっちじゃ完全に無名で仕事受けられねえんだけど。これがまさにおとぎ話の追放だよ追放。俺を追放したことで、このまま坂道転げちまえ」
一人でいれば独り言が長くなるというが、まさに的を得ているのだろう。グレンは一人でぶつくさと文句を言っていた。
「ヒヒーン!」
「あん?」
グレンがぶつぶつ言っている最中、夜の闇の中から馬の嘶き声が聞こえて来た。
「こんな夜更けに荷馬車?」
グレンが目を凝らしてみると、それは藁を満載した荷馬車であったが、妙な事が多かった。
まずこの時間に馬車を走らせることなんてありえない。そして馬も疲労困憊の様子であったが、何よりおかしいのが
「なんでがきんちょが乗ってんだ?」
そう、荷馬車に乗り馬をコントロールしていたのは、まだ少女と言っていい子供だったのだ。
「プリン、もう少し頑張ってくれ。そうか、無理か……」
馬がグレンの近くにへたり込んだ。体から大汗をかき鼻息荒く、もうこれ以上動けそうにないのは誰が見ても明らかで、少女はガックリと頭を下げている。
「チャーンス。契約書契約書、あった」
それを見たグレンは一体何を閃いたのか、足元のズタ袋から何かを探していた。
「姫様、今日はこれ以上……」
「そうか、分かった」
「今日は休みましょう……」
「なんか増えたし」
グレンが手元で袋を漁っていると、荷馬車の藁の中から少女が二人出て来た。いずれも粗末な服を着ていたが……
「大チャーンス。どう見たって訳ありの貴族のがきんちょが困ってるぞ」
その気品を全く隠しきれておらず、だれがどう見ても訳ありの貴族としか思えないだろう。
「嬢ちゃん達、契約書書ける歳?」
「なに者!?」
「おおっと、怪しい者じゃありません。私、隣の大陸で名を上げたグレンという傭兵でして、お困りではないかと思って契約書を持って参った次第です」
「傭兵? お前本当によ、傭兵? 兵なのか? 剣はどうした、何だそのステッキは?」
「かーっ、物を知らない小娘だこと。傭兵も知らないのか? お前ら何とか言ってやれ」
「いや、私も知らない」
「同じく」
「お、お兄さん倒れそう……」
折角自己紹介したというのに、まさかの傭兵という言葉すら知らない上流階級の小娘共に、グレンは倒れそうだった。しかも、少女達は警戒しきった目で見ている。どうやら何かに集中し過ぎて、グレンの存在に今まで気が付かなかったようだ。
「んで嬢ちゃん達はどこのどなた?」
「名乗る名なんぞない」
「さ、最近のガキは生意気だと思っていたけど、ここまでか……」
名前を聞いたのにあっさりと断られたグレンは顔を引き攣らせる。
「ま、まあとりあえず、傭兵ってのは契約を結んで仕事をする何でも屋みたいなもんだ。それで契約書はこれね。する? というかして? 俺金ないんだよ。というか法的に契約書書ける年齢?」
「結構」
「こ、こいつ……」
長々と説明してあげたというのに、即座にぶった切られたグレンの血管も切れそうである。
「うん? なんかいっぱい来てるけど保護者? これは契約書を書いてもらえるチャンスか?」
「なに!?」
「しまった姫様!」
「お逃げ下さい!」
グレンが忍耐力を試されていると、またしても夜の闇から何かが接近していた。
「見つけたぞ」
「ちいっ!?」
黒い男達であった。服が黒ければ、顔を隠した布も、靴まで黒かった。
「あのすいません。どちら様でしょうか?」
「その小娘共を渡せ」
グレンの背に隠れて逃げる隙を伺う少女達を見ながら、男の中のリーダーらしき者がそう言う。
「いやあ、傭兵ってば契約しないと仕事しないんすわ。契約用紙持ってる? このがきんちょ達を渡すって契約書にサインして貰わないと」
腰に下げていたステッキで肩をトントンと叩きながら、グレンは傭兵の心構えを黒尽くめの男達に言ってのける。
「あ、例外もありますよ?」
「死ね」
無益な話に付き合わないと、黒い男達がグレン達に殺到する。
「くっ!」
「姫様!」
「や、やらせん!」
殺到する刺客達を気丈にも睨みつける最も高貴な少女と、そんな彼女を何としても守るとその前に立ち塞がる二人。
だが無駄だった。
刺客達が。
「契約書に署名しても意味のない、一定以下の歳のお子ちゃま達に対しては、傭兵個人の自由意思で仕事していいんですよ」
「は?」
誰もよく分からなかった。ルナーリア達に接近した腕利きの刺客が6人、何故か倒れているのだ。
「でも、余計な仕事とタダ働きは、傭兵のする事じゃないんで、出来たらお帰り願いませんかね?」
「全員で掛かれ!」
馬鹿な事に、命のやり取りでは無く一方的な殺害だと思っていた刺客達は、最初からそうすればよかったのに、全員がその毒が塗られた短剣をグレンに突き刺すため駆け頭をカチ割られた。
「ああもうなんでタダ働きしてんだ! 今からでもいいから、ちゃんと契約書を書ける知り合い連れて来てくれねえか!? 歩合制でいいからさ!」
「ば、馬鹿ぎゃ!?」
全く場違いな叫びをあげるグレンに、唯一生き残った刺客の長は、驚愕の叫びを上げながら頭をカチ割られた。
高貴な少女は、グレンに対して剣を持っていない、持っているものはステッキと称したが、ステッキではない。戦場で貴族や身分あるものと対峙する時、彼らは全身鎧を身に付けている場合が多く、剣では対応できない。だがそもそも傭兵が貴族と対峙することは稀だが、もし目にすればそれこそ目の色を変えるだろう。
なにせ身代金という大金が歩いているようなものなのだ。ならば、殺してしまう可能性が高い、剣ではなおの事都合が悪い。だからこそグレンが使っているのは、
「おっと、訂正するの忘れてた。これステッキじゃなくて、メイスって言うんだ。賢くなったな。ああでも、体動かした分赤字だ。せめて何か金目の物は持ってないのか?」
そしてそれはつまり、戦場で高度な魔法を使える貴族を相手にする可能性があると、しかも殺さないで生け捕りにすると、真剣に考える必要がある強者という意味だ。
「な、な、な!?」
しっかりと相手を睨みつけ、その全てを見ていた最も高貴な少女が声に詰まる。
ほんの一瞬まで目の前にいたはずのグレンが急に消えたと思ったら、少し遠くにいた刺客達の長の服を漁っているではないか。
「かーっしけてやがる! なんにも持ってねえじゃん! しかも毒の付いた短剣なんか、危なくて換金できねえよ!」
しかも悪態まで付いて、少女達に近づいてくる。
「そんで結局名前なんての?」
「ル、ルーナだ」
「テ、テッサ」
「ハ、ハンスだ!」
「どう考えても今思い付いた偽名ありがとさん。ハンスとか男の名前だし。まあ男っぽくはあるけど」
得体のしれない男が近づきながら、再度名前を問うてくるのだ。その不気味さに、今度は知らないと言えなかった少女達は、とっさに思い付いた偽名を口にするが、肩を竦めるグレンに、ハンスはついしまったと言わんばかりの表情を浮かべてしまう。
「んで結局行く当てあんの?」
ニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべるグレンと、それを生意気にも睨みつける三人の少女達。
全てはここから始まった
後の名を
バンベルト王国女王ルナーリア
諜報組織長テレサ
近衛隊長ハンナ
そして、"千万死満"グレン
三人と一人の長い付き合いが。
「この宿六! 昨日はどこで泊っておった!」
「まさか余所の女ではありませんよね? あれ、ハンナ? どうして黙って?」
「…………」
「ま、まず尋問受けるための契約書を、はい、すみません……」
そう、長い長い付き合いの。
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