傭兵楽隠居ー楽隠居にはまだ早い! 妾達にしたことの責任はきっちりとってもらうぞこの宿六!ー
福朗
楽隠居にはまだ早い! 妾達にしたことの責任はきっちりとってもらうぞこの宿六!
前書き
たまには王道的な物を書きたくなりました。
◆
「女王陛下、大森林のオーク共が攻勢を仕掛けてくる兆候を掴みました」
世界の列強国家の一つであるバンベルト王国。その至高の玉座の間で跪き、緊急の案件を報告する大臣。
その内容は、王国と隣接する大森林と呼ばれる地帯から、亜人であるオーク達が攻撃を仕掛けて来たというものであった。人間を凌駕するパワーとタフネスを持ち合わせたオーク達が、王国に戦を仕掛ける兆候を掴んだとあっては、単に地方の問題では済まされず、王国の玉体にまで報告が上がるのは自然な事であった。
「そうか」
頷く玉体はまさに美であった。清廉な美ではない。妖しい、艶やかな美。
深紅の艶ある唇に、それよりもさらに赤い赤い深紅の瞳。腰まで流れる金の髪。シミなど何処にも無い白い肌。そして全ての男なら理性を失いかねない体つき。
齢30はとうに過ぎているにもかかわらず、王族故の高い魔力で体の老いと衰えは止まり、この王国の民全てが跪く者こそ、バンベルト王国女王ルナーリアであった。
「ならば直ちに軍を編成して出陣せよ」
「ははっ!」
女王は即断した。まだ女王が少女だった頃、宰相が起こした反乱が原因で、王国は戦火に包まれてしまい、その時代を潜り抜けた彼女は、一瞬の躊躇いが命取りとなることを知っていたのだ。
特に軍の出陣は急に出来る事ではない。指揮官、兵站、兵、武器。ありとあらゆる準備が必要なのだ。そのため長く悩むことは、そのまま国の衰退に繋がりかねなかった。
しかし、それをある程度省略する手段が幾つかあった。
その一つが
傭兵である。
◆
「おらてめえら仕事だ!」
戦乱渦巻くこの世界で、傭兵の仕事は無くなることがない。そして列強のバンベルト王国王都に居を構える傭兵ギルドとなると、その建物の大きさは下手をすれば、そこらの貴族の屋敷よりも立派なものであった。
そんな巨大な建物の中で、傭兵ギルドのギルドマスターが発した大声が響き渡り、それと共に貼りだされた依頼は当然、大森林からオークが攻勢に出た時の対処だ。
「基本給にプラスで歩合制か……」
「ちっ。基本給低いじゃねえか」
「あの女王様になってから誤魔化しがばれた時の罰がひどくなっちまった」
だが当然、傭兵なんぞは国家に対する帰属意識も責任感も持ってはいないため、信頼なんてされるはずもなく、国家が依頼を出す際、大抵の場合は歩合制であった。勿論戦果の確認やなんやらで余計な手間が掛かるのだが、こうでもしないと傭兵というのは戦おうとしないのだから、ある意味現代の傭兵は、過去の傭兵のツケを払わされていると言っていいだろう。
尤も現代の傭兵も、戦果を確認するために開発された専用の魔法がなければ、例えば国家間の戦争で相手が傭兵なら、お互い戦っているふりをしているだろうから、いつの時代も傭兵のやる事は変わらない。
◆
「おい国からの依頼だぞ!」
そして依頼は何も王都だけに出ている訳ではない。王国の大きな町には必ず傭兵ギルドが存在しており、その依頼を受注した者達は、一度王都に赴いてから軍として編成され出陣するのだ。あるいは、大森林に近い街で受注したならば、そのまま現地に向かう者達もいた。
「おい、あれが"龍の鱗団"か?」
「傭兵団ランキング9位のシングルナンバーだぜ」
「本当に竜を狩ったのかな?」
「団長のボッスグが傭兵個人ランキング4位だからな。竜くらいいけるだろ」
世界中に存在する傭兵ギルドとなると、名だたる大物と呼ばれる存在も在籍している。そして傭兵ギルド側もそれを宣伝するために、ギルド内で傭兵ランキングというものを設定していた。
これは傭兵団と傭兵個人のランキングに分かれており、それぞれが戦闘力と依頼達成数、そして顧客満足度で評価されており、単に強さだけではなく、ちゃんと依頼を達成てきているか、契約者との間でトラブルが起きていないかを評価して、大々的に表彰していた。まあ、殆ど野盗に近い底辺の傭兵を少しでもお行儀よくさせようと、また、対外的にもまともに見えるようにしようとする、傭兵ギルドの涙ぐましい活動といった面もあるが……
だがまあ、若干商売仇で末端が似たような冒険者ギルドも真似をしてランキングを作っている辺り、なんだかんだ機能しているのだろう。冒険者ギルドとしては藁に縋ったのかもしれないが、実際二つ名で呼ばれたり、シングルナンバーと呼ばれるランキング一桁の傭兵、もしくは傭兵団は、国家に直接依頼をされるほどの実績を積んでおり、こうなると余所からの扱いは一段も二段も違う。
例えば傭兵団ランキング9位の"龍の鱗団"は、若年期だったとはいえ小国に現れた竜を討伐しており、その報酬金は……
そう、報酬金。実は傭兵ランキングには報酬金も査定項目の一つであり、しかも一般に開示されているため、ランキングに乗っている様な者達の、目を疑うほどの報酬金に目が眩んだ無頼漢達が傭兵ギルドの門をたたく一因となっていた。
「おい、"ちまちま"だぜ」
だが殆どの傭兵はランキングの端にもひっからない存在であり、中には不名誉な仇名を付けられている存在もいた。
「商家に隣町への遠出は護衛の契約をしてないから、契約し直せって言ったら、もう結んでた契約ごと蹴られたみたいだぜ」
「うん? 下っ端貴族にいつもの調子でやってたら、気が利かないって言われたのはいつだった?」
「そりゃ先月と先々月の話だ。今月は歩合の報酬金で御上と揉めて出禁だよ」
"ちまちま"と呼ばれた男は貧相であった。黒い髪はちゃんと切り髭も剃っているのだが、目は疲れ切ったように伏目気味で、背も若干猫背、そして何より顔に覇気が全くなかった。
「よう"ちまちま"! 飯は食ってるか?」
「当たり前だ」
ぼそりと"ちまちま"が返答する。
「本当かよ!」
「がははは!」
その貧相さに合うというべきか。"ちまちま"の報酬金の公開査定はずっと底辺で、顧客満足度や契約達成数も下の下となると、傭兵達の嘲笑の的となるのは当然であった。
「おい"ちまちま"。お前も参加するか?」
「この前御上の役所から出禁食らったの知ってるだろう」
そんな"ちまちま"に声を掛ける傭兵ギルドの支部長だが、この"ちまちま"はつい最近王国の役所と揉めており、王国からの依頼を受けられる状況ではなかった。
「報酬も手続きも軍だから問題ない」
「本当かよ」
「ああ。これが契約書だ」
「粗探しするんじゃねえぞ"ちまちま"!」
「はっはっはっは!」
"ちまちま"がありとあらゆるところで揉める原因の一つが、契約書であることを知っていた傭兵達が囃し立てる。
「っておまっ!?」
「いいな。行け」
「だっはっは! ついに支部長からも蹴飛ばされてるぜ!」
その契約書を見た"ちまちま"は驚いた表情を浮かべるが、支部長の顔は鬼気迫ると言った表現がぴったりで、それを他の者達は、"ちまちま"が普段なら飲めない様な契約書を突きつけたのだと判断した。
「分かったよ。はあ……」
「じゃあな"ちまちま"!」
「オークはどんぶり勘定だから気が合わないだろうけどよ!」
「ははははは!」
その契約を持ってとぼとぼとギルドを出て行く"ちまちま"に、傭兵達は笑い声で送り出すのであった。
◆
◆
◆
ルナーリアの私室には、彼女のほかに、メガネをかけた黒い髪の女性がいた。
「テレサ、軍の編成はどうなっておる?」
「女王陛下、将軍達から報告を受けたばかりかと」
バンバルト王国王都、その王城であるルナーリア女王の私室は、極々限られた者のみが入室することを許されており、重要人物でも男である王国の宰相なども入る事を許されていない、男子禁制の間でもあった。
そして女王と同年代ながら幼い頃より仕えている女中、テレサはそんな限られた者の内の一人だ。黒い髪を纏め普段は眼鏡の奥に鋭い切れ長な目を持つ彼女は、困ったような表情を浮かべながらティーカップにお茶を注いでいた。
「表の事は将軍達の報告で済むが、裏の事は分からんであろう」
そんなテレサにはもう一つ裏の顔があった。それは王国諜報機関の長であり、裏から王国を支えている重鎮でもあったのだ。
「今のところ問題となる様な報告は上がっておりません」
「そうか」
誰が敵か味方か分からない混乱した時代を生き抜いた女王は、今でも厳しく貴族達を監視しており、それは軍の将軍達も例外ではない。彼女にとって心から信頼出来るのはほんの数人なのだ。
「女王陛下、ハンナでございます」
「うむ。入るがいい」
そんな数人の内の一人、ルナーリアが幼い頃よりともに過ごし、そして彼女の身を守って来た親衛隊隊長のハンナが入室してきた。彼女は短い金の髪と青い目を持ち、鎧を纏っていなかったら、どこかの令嬢だと思われる様な気品を放っていた。
「荷物をお持ちしました」
「おおようやっときたか」
そのハンナは魔法を用いて、大きな木箱を浮かしながら入室し、木箱を最上級の絨毯が敷き詰められた床にゆっくりと下ろした。
ルナーリア、テレサ、ハンナ。三人が共に助け合って戦乱を生き抜いてきた戦友であり、テレサとハンナも30を過ぎていたが、ルナーリアと同じく高い魔力のお陰で老化や衰えが止まっていた。
「開けてくれ」
「はい」
ルナーリアがハンナに木箱を開けるよう命令する。この木箱は親衛隊隊長であるハンナが態々一人で受け取り、ここまで持って来たのだ。並大抵のものが入っているはずがなかった。
そして取り外された木箱の中には……
土下座している貧相な男がいた。
「おうおうこの宿六。先週役所で揉めたらしいの」
「はいすいません……」
ルナーリアはそんな男を椅子から座ったまま見下ろし、テレサとハンナは困ったように眺めていた。
「契約で交わした、倒したモンスターの歩合報酬を下げられとったらそりゃあ揉めるとも。なあ?」
「はいすいません……」
「もう担当者とは話を付けとるからの。妾は出来た女であろう?」
「いやあそれは……」
「あん?」
「はい素晴らしい女性です……」
「そうであろうそうであろう」
全く顔を上げずに小声でぼそぼそ喋る男と、それをニヤニヤと嗤っているルナーリア女王だが、この部屋に男が侵入しているのははっきりと異常事態であった。
「それで久しぶりに傭兵仕事をしてどうであった?」
「いやなんか時代が違うというか、紛れ込んだ異邦人だったというか……」
「ま、そうであろうの。今の傭兵は昔と随分違って、お前の様に契約をきっちりがっちりするなんて少数派のようだ」
しかもこの男の態度、これではまるで、頭の上がらない姉さん女房に対してのようではないか。
「傭兵の状況になんでそんなに詳しいんですかね……」
「仕事環境がどうかくらい調査する。のうテレサ?」
「はい」
「気を使って頂いてありがとうございます……」
立ったままルナーリアの横に控えていたテレサが、困ったように苦笑していたが、普段の彼女を知っている諜報機関の者が見れば、暗部の者らしくなく、まさに目を疑うことになるだろう。
「それでこれからどうするのだ?」
「そ、それならいっそ隠居とか……」
「ほーん。妾達を手籠めにしておいて一人だけ楽隠居とは流石だの。恐れ入った。ほほほほほ。のうテレサ、ハンナ」
とんでもない情報がルナーリアの口から飛び出した。ルナーリアは夫を取らず、女王として長きに渡って君臨してきたが、一度も男の影がちらついたことさえなかったのだ。いや、ルナーリアは妾
「……」
「……」
「おっと、そういえばルナーリア様とお前では身分が違う。間違いが起こる前に、私で色々と解消しろと迫った猫がおったの。二匹も。これでは手籠めとは言えんか。ほほほほほ」
黙り込んだテレサとハンナを見ながら、それはもう機嫌よさそうに扇で口元を隠しながら笑うルナーリア。
「時効……! あれはもう時効! 大昔……! というかお前からじゃん! グレン、身分叶わぬ恋じゃ、せめて一晩だけとか言って!」
「しらんな。妾は処女受胎したからの。倅のアルも娘のミナも神からの贈りものじゃて。まあ、万が一農家上りが妾達を孕ませたなんて知られたら打ち首だのう。ああ可哀想に」
「へ、へえ……そう、そうなんだ……」
「うむ間違いないぞ」
「でも愛し合った結果だから後悔はしてないなーって」
「だ、黙りゃ!」
「あいてっ!? 亭主をはたく奴があるか!」
「お前が妙な事を言うからであろう! テレサ! ハンナ! この宿六を縛り上げよ!」
「ちょ、ちょっと待て!? テレサ、ハンナ助けて!?」
「お覚悟なさってください」
「私も寂しかったのですからね」
「さあ、妾達を放っておいて分、たっぷり反省して貰おうかの!」
「た、たすけてえええええ!?」
◆
◆
◆
◆
傭兵ランキングには殆どの者に知られていない、裏ランキングというものが存在する。それは、契約や顧客、組織との関係性、報酬金の額、人格とは全く関係なく、ただ、ただただ純粋な強さだけで選ばれた者達の基準………
そしてその裏ランキング一位はここ20年程全く変わっていなかった。その冠を頂いた二つ名は……
"
兄貴分として怯える三人の少女を守り続け、王国が誇った刺客と強者たちを尽く、尽く殺し尽くした死神であった。
そしてその契約書は今でも三人の、かつての少女達が保管していた。
【死んでも死ぬまで守る】
そう書かれただけの契約書を。
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