【現代】帰還

 家に帰るまでが遠出と同じように、国元に帰るまでが戦争である。勝利の高揚を残しているバンベルト王国軍も例外ではなく、今は帰路の途中で野営をしていた。


 その中央、最も位の高いジャクソン将軍の天幕では、重要な会議が行われている。千万死満とジャクソン将軍という二大巨頭の話題は、国元に帰ると行われる祝勝パーティーについてだ。


「俺、やっぱ祝勝パーティー参加しないといけないかな?」


「そりゃあ将軍として軍を率いてる訳だし。来てくれないと儂等の肩身も狭くなる」


「やっぱそうだよなあ……でも明らかに浮くのは目に見えてるって。これだぜこれ。黒い布ぐるぐる巻き」


「そりゃあ……まあ……」


 グレンが懐から、千万死満の顔に巻かれている黒い布を取り出してヒラヒラ振ると、ジャクソンは頷きながら苦笑した。


「昔の連中も慣れる前はそうだったし、今は俺を知らない若い連中が不審者だと思うに違いない。ってか俺なら衛兵呼ぶね」


「前から思ってたんだけど、どうして布を巻いてんの?」


「……若気の至りで巻いた……と言うには頻繁に舐められまくってたからなあ。この業界じゃ向こうの大陸にいた頃から、若造と思われるより得体のしれない不審者の方がまだ扱いがよかった。それでずるずると続けているうちに辞め時を見失っちまって今じゃ痛い奴……」


「なんか、ごめん……」


「いやいいよ……」


 どんよりとしたグレンにジャクソンは掛ける言葉が見つからない。


 グレンに自覚があるように千万死満は顔に布を巻きつけた不審者であり、バンベルト王国が内乱期だった頃の貴族からもそう思われていた。そして現在、当時の世代は慣れているものの、もう千万死満は優に十年を超えて活動していないため、貴族の中にも彼を直接見ていない者が出てくる。戦場でもそうだが、社交界でも彼の名は薄れつつあったのだ。


 そして、そういった者達が集まる戦勝パーティーに出向けば、どうなるかは火を見るよりも明らかである。


(俺も分かってるんだよ……妙な姿になっていいのは若い奴だけだってことくらい……)


 歳を重ねるのは残酷である。若き日のグレンは世間から向けられる奇異の目も気にしなかったが、もういい歳になればそうも言っていられない。彼は若き日に投げたメイスが今更頭に直撃していた。


(まあ仕方ないか。なるようになれだ)


 結局グレンは、過去から頭に直撃したメイスを天高く放り投げて、どうにでもなれと思考を放棄した。


 ◆


「兵士達よ! よくぞ勝利と共に帰ってきた! ささやかだが宴の準備をして待っていたぞ!」


 バンベルト王国に帰国した兵士達は、人類という種のために化け物達と戦い勝利したことに熱狂する市民と、敬愛するルナーリア女王に出迎えられた。そして、出陣した時と同じ広大な演習場に集結した兵士達は、宴を楽しんで英気を養った。


 一方、ジャクソンやグレンのような高位の指揮官にはまだまだ仕事が山積みだ。


「女王陛下、此度の戦の勝利をご報告させていただきます」


「うむ。よくぞやってくれた」


 王城の玉座の間で跪いたジャクソンが、随分機嫌がよさそうに目を細めている女王ルナーリアに勝利を報告する。


 尤も見る人が見れば、その細められた目は獲物を狙う蛇だと例えただろうが。


(いやあ、看板はジャクソンだったからこういう時は楽だなあ)


 その獲物は呑気にしていた。


「お前達が休んだ後日に、祝勝会を行うので出席するように」


「はっ。ありがたき幸せ」


(やっぱ出席しなきゃダメか……)


 女王直々に祝勝会を告げられ、ジャクソンと共に頭を下げるグレンだが内心の頭はぐったりと傾いていた。


「下がってよいぞ」


「はっ!」


 玉座の間から退出を許された二人だが、グレンの方はここからが本番だった。


 ◆


 それから少し後、親衛隊隊長ハンナに連れられて、千万死満がルナーリア女王の執務室に向かっている姿を数人の使用人が目撃した。


 これに若手の使用人達は、伝説の傭兵とは女王の執務室に訪れることができるのかと感心したが……。


「えー。ただいまお仕事から戻りました」


 その内容は長期出張から帰ってきた亭主が、妻達に帰りを報告しているだけである。


「うむ。まあ、心配はしておらんかったが、無事で帰ってきたようでなによりだ」


「戦勝おめでとうございます」


「お疲れ様です」


 ルナーリア、ハンナ、テレサがグレンを労わる。実は自分の子供達に見透かされていたようにグレンがいなくて寂しく思っていたが、それを素直に表す若さはなく普段通りのやり取りになっている。


「中々活躍したそうだからな。今月の小遣いは期待しているといい」


「え!? マジで!?」


「うむ。昔の様に五十メートルのメイスを作ろうとしたら蹴飛ばすがな」


「あれはロヴォゴンのおっさんに奉納しようと思ったんだって!」


「そのロヴォゴン神から直接、旦那を止めろと言われた時は顔から火が出ると思ったわ!」


「あれは本当に恥ずかしかった……!」


「実行前に止められてよかったです」


 尤も気が置けない関係なのは変わりがない。ルナーリア、ハンナ、テレサは、帰ってきたグレンといつも通り騒ぐのであった。















 


「さて、どうしてくれようか」


「出陣前のやり取り、忘れたとは言いませんよね?」


「滋養強壮薬を確保していることは調べが付いています」


「ぬあああああああ!?」





後書き

とりあえず第一章が終わりました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る