【現代】吉報

 人類の連合軍がオークとオーガの軍勢に勝利した吉報は、一斉に世界へ広がっていったが、それはバンベルト王国も例外ではない。


(ほぼ圧勝で我が国の被害も軽微。サリーン帝国も混乱の兆しはない。大国であるサリーン帝国が混乱すると、周辺の情勢が不透明になる可能性があるからその点でも上々)


 夜のバンベルト王国王都。情報機関の長であるテレサが、自分の屋敷で報告書を確認していた。


 この報告書は正式ではないルートからのもので、ほぼ同時刻ルナーリア女王の元にもジャクソン将軍が派遣した正式な報告が届いていた。


 それによると軍の被害も少なく、サリーン帝国とその周辺国家に大きな混乱が起こる可能性は低いとのことだった。


(それにしてもグレンさん。久しぶりの戦場でも変わらないどころか磨きがかかってますか)


 その報告書の中には、千万死満がいかに活躍したかも記載されており、ちゃんとした戦場は久しぶりの夫が全く鈍っていないことが分かり、テレサは心の中で苦笑する。


「母上、レジナルドです」


「入りなさい」


 そんな彼女の執務室にやって来た青年がいる。両親譲りの黒い髪と瞳を持つ、十五歳に届かないほどのレジナルドは、母と呼ぶ彼の言葉通りテレサの息子である。


 既にテレサの身長を追い抜いているレジナルドは、柔らかい笑みを絶やさない中々の美青年で、歳に似合わないステッキを持つ姿が様になると、既に社交界の淑女たちの間で噂になっているほどだ。


 しかしながら殆どの人間が騙されており、彼も親に似て一見では判断できない力を持っていた。


「先ほど屋敷に情報部の者が忍んできましたが、さては戦場からの吉報ですか?」


「……レジナルド。そういったことは気が付かないふりをしなさい」


「普段ならそうしますが、父上が行ってますから気になって」


 頭痛を堪えるように目頭を揉むテレサに、レジナルドは珍しくばつの悪そうな表情になる。


 このレジナルド、テレサの子であると同時にグレンの最初の子供である。つまりグレンの子供の中で最年長であり、彼が子供達に行っている訓練を最も長く受けていた。


 それに加えてグレンの血もあってか、社交界で噂されている背格好の下に恐るべき戦闘力と感覚を秘めている。具体的にはグレンから、一人前の傭兵として生きていけると免許皆伝のお墨付きを与えられているほどだ。


 それ故に馴染みのある情報機関の人員が屋敷に来たことも察知しており、戦場からの情報だと思ってテレサの執務室に訪れた。


なお余談だが、レジナルドが愛用しているステッキはグレンからの贈り物で、実のところメイスとしての運用が想定されている。


「まあいいでしょう。その通りです。お父様は無傷で連合軍の圧勝。王国軍の損害も軽微。近いうちに帰ってくるでしょう」


「それはよかった。父上の無事もそうですが、母上が寂しそうだったので心配してたんですよ」


「レジナルド!」


「おっと。自分はなにも気が付かなかったのでここにはいません。お休みなさい」


「……全く、誰に似たのやら……とは言えませんね」


 父の無事を知れたレジナルドは、彼にしてみれば事実を置き土産にしてぴゅーっと部屋を出て行った。その揶揄い癖と背を向ける速さは若き日のグレンにそっくりで、テレサはなんとも言えない表情になるしかなかった。


 ◆


 一方、ルナーリア女王の執務室。


「ようやく宿六が返って来よるわ」


「はい。また忙しくなりますね」


 ルナーリアの言葉に傍に控えていたハンナが頷く。


 言葉はそっけなくともグレンが帰って来ることを喜んでいる二人だが、立場が立場であるため先のことも考える必要がある


「やはりオーク共の肝臓は鮮度が悪くなっていたようだな」


「はい。ですが数が数ですから、それなりの物もあるようです」


 具体的には金のことだ。人類の生存権を守るために必要だった戦いだが、当然費用は掛かっている。


 しかしそれを回収しようにも、薬効があるオークの肝臓は、血が流れたことによる劣化と戦場の破壊が合わさり、あまり品質のいいものではなかった。とはいえオークの数は膨大だったため、ある程度は纏まった数が回収されていた。


「少々だが値崩れして宿六の期待通りになるな。ひょっとしたら一番上等なものを確保しているかもしれん」


「は、ははは」


 ニヤリと笑うルナーリアだが、グレンがオークの肝臓で作られた滋養強壮薬を確保しなければならない原因の一人であるハンナは乾いた笑い声を出すしかない。


 それと同時に滋養強壮薬は、供給過多が懸念されて若干値崩れを起こす予兆があり、それが生命線となってるグレンは一人ほくそ笑んでいた。


「さて。それでは子らに、宿六が帰って来ると知らせねばな」


「私もそうします」


 グレンがバンベルト王国から離れ、寂しがっているのは彼女達だけではなく子供達もそうだ。早速教えてやろうと子供達の元へ向かうルナーリアとハンナだが。


「父上がご無事でよかったです! これで母上も寂しくないですね!」


 親は子に似ると言うか。レジナルドと同じようなことを言った子供達に、ルナーリアとハンナはとっさに言葉を返すことができなかったとか。

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