【現代】勝利

 小高い丘に置かれたバンベルト王国の本陣から、馬上のジャクソン将軍が戦況を分析する。


 圧倒的優勢だった。


(完全な連携が取れないのにこれとは、一致団結した人類の軍とはこうも凄まじいものか……)


 多種多様な組織と共に戦っていることが原因で、高度な指揮をしようとしても行動に移せない環境だ。それ故、各軍の本陣はほぼ飾りと同義であり、それはジャクソンも例外ではないため考える余裕があった。


 歴史上、国を超えて20万もの軍勢が集結したことはなく力が未知数だった。そのため、指揮の混乱が敗因になるのではという意見もあったが、蓋を開けてみれば数の暴力が発揮されていた。


 未だ川を渡ろうとする化け物達の後続には矢の雨が降り注ぎ、川には清らかな水ではなく濁った血が流れている。


 そして高所を生かした隙間ない槍衾は脂肪の厚いオークも、筋骨隆々のオーガも突破することができず、怪物達は一方的に数を減らしていた。


(それにしても人の豪華絢爛さよ。こうも名高い者達が集まるとは、黄金と宝石で作られた城よりも替えが効かんぞ)


 だが最も凄まじいのは軍ではなくその中身である人だ。


 王神帝レースを筆頭とした傭兵だけではなく、冒険者も名高いチームは全て参戦しており、誰もが一度は聞いた者達ばかりだ。


 その上、各国からも恐るべき騎士達が集結しており、バンベルト王国から見て遠方の国家所属であっても、ジャクソンが知っている名高い者だらけであった。


(まあ、名を聞く指揮官は肩を竦めているだろうが)


 その中には高名な将軍や指揮官、軍師もいたが、先に述べた通り高度な指揮ができる環境にないため、いかに指揮が巧みでも飾りでしかなく手持無沙汰だった。尤も、信頼できる指揮官が上にいることは末端の者達にとって心強いことであり、飾りは飾りで効果があった。


(でもうちの飾りは……)


 そしてバンベルト王国の大将軍という、本来なら豪華な飾りの地位にいる筈の者は、最前線でメイスと言い張る獲物を片手に大暴れしていた。


 メイスを振るうと、オークとオーガの胸にぽっかりと穴が開く。ずっとそれの繰り返し。自軍の右に左に駆けまわり、ただひたすら化け物達に死を齎す化け物。


 名を千万死満。


(元々10年以上活動していなかったが、あれだけ殺してるのも久しぶりに見たな)


 ジャクソンは昔を思い出す。


 千も万も死が満ちるという名前こそ物騒だが、言葉通りの戦いをしたのはそう多くない。なにせバンベルト王国の内乱時代にそんなことをすれば、徴兵されていた農兵が激減してしまい統一後に国力が低下していたことだろう。


 そして他国との争いでも、捕虜は労働力、高位の騎士は身代金に変わるため、千万死満が全力で死を振り撒くのはそれこそ化け物達の集団か、どうしようもない腐った連中くらいのものだった。


「あれが千万死満……」


 本陣にいた若い騎士がポツリと呟いた声をジャクソンは耳にした。


 千万死満が現役を退いて10年以上、そして20年が近づいてくると、彼を直接見ていない騎士や兵が出てくる。


 そして、本来ならジャクソン達も、そうだ。あれこそが千万死満だ。そう言いたいところなのだが……。


(なんか……記憶より早くないか? 久々に見たからそう感じてるだけ? いや、それにしても違和感が……)


 本陣にいる壮年の騎士達は、過去と現在の齟齬を感じていた。


 衰えて見る影も無いとは全く逆。寧ろ記憶に刻み込まれている死神より、今現在の彼の方がより早く、より強くなっているように思えた。


(極秘作戦には参加してたけど、その上まさか知らないところで鍛えまくってた? え? いったいなに目指してんの?)


 一方、付き合いの長いジャクソンは確信していた。


 間違いなく現在の千万死満の方がかつてより強いと。


 だが、その理由がすることが他になかったから鍛えたではなく、嫁と子供ができたから夫と父として弱いのは話にならんというグレンなりの矜持で鍛えていた。家庭でのヒエラルキーは最弱だが。


「む。あれか?」


「恐らく」


 ジャクソンやバンベルト王国の騎士達だけではなく、右軍に配置されている国家と組織全体の緊張が高まる。


 当初の想定以上に、バンベルト王国などが担当している右軍に襲い来る化け物達が多い原因だが、既に人類の軍全体が理由を推測していた。それはグレンの元まで伝わり、彼もそうだろうなと思っていた。


 しかし野戦ではなく陣地を中心にした防衛戦であるため機動戦力は機能しておらず、グレンは自分が対処すると決めていた。


 その原因とは、支配者の存在だ。


 まず中央軍で叫びが上がった。


「オーガキングが来たぞおおおおおお!」


 2メートルや3メートルの化け物達の中にあってなお巨体。地獄の業火の様でもあり、血に塗れたようでもある赤い皮膚と、その巨躯でも更に異常発達した両腕は、万物尽くを粉砕するだろう。


 それこそが戦争の発端と目されていたオークとオーガの支配主、化け物達の軍勢を率いて人類の生存権への侵略を目論んだオーガキングであった。


 支配主、名持ち、もしくはエリートと呼ばれる存在は、一つの種の中から突然変異的に生まれる者達だ。ありきたりだが共通してとてつもなく強力であり、同じ種を統率する群れの主、もしくは王とも呼べる存在に至れる。


 中でもオーガキングはただでさえ戦闘特化の種族に生まれた支配主だけあり、ほぼそんな状況はあり得ないが、単独だったとしても最高位の騎士が10人単位で挑んでようやくなんとかできる存在だった。


 一方、右軍に現れたのは人間とそう変わらない随分小柄なオーガだ。それが他の化け物達をかき分けて、人類が認識できる場所に現れたが、誰も侮ることはない。


「神持ちだ!」


 右軍の前線から悲鳴のような声が上がる。


 胸に黒い歪んだ円のような文様を持つオーガは、神持ち、神加護持ちと呼ばれる存在だ。これはいい意味でも悪い意味でも使われる言葉で、善神の文様ならいい意味となるが、悪しき神を象徴するシンボルだった場合、途端に悪い意味になる。


 なにせ神に直接力を与えられた証拠であり、よき神の力ならともかく、悪神の力はどれこれも破壊と災いしか齎さない。


 悪神に詳しい秘密結社地平線は中央軍に配置されているため、このオーガの文様を見ることはできなかったが、もし見れば顔を顰めたことだろう。


 歪み切った円が象徴するのは悪神バ・マと呼ばれる存在だが、その恐るべき力を授かったオーガの能力は。


 地面の染みになることだ。


 神持ちのオーガが見た最後の光景は、己の黒き文様よりなお漆黒の人型。それが天に掲げる武器。


「あ?」


 右軍全体から、そしてオークとオーガすらもポカンとした声が漏れた。


 オーガとして小柄だった神持ちは、今日初めて上から下へ振り下ろされたメイスに頭をカチ割られただけに留まらず、そのまま胴体すらも叩き潰されて地面にこびりついた。


(復活もゾンビ化も無しか。なら次だ)


 そして漆黒の死であるグレンは、神持ちが完全に死んだことを確認すると、未だポカンとしている化け物達、いや、敗残兵に襲い掛かった。


 神持ちはなにもかも全てが遅すぎた。


 登場も遅ければ動きも遅く、神持ちとしての加護の発動も思考すらも遅い。


 千万死満と相対できる速さか技を持つ者はほとんど存在しない。だがその両方を持ち合わせ、この死をして殺すのがくっそ面倒だと言わせた男がオーガキングを。


 見下ろしていた。


「数だけは遊び相手になるけどねえ。オーガキング程度ではとてもとても」


 王神帝レースが、不遜にもオーガの王を名乗った首なし死体を一瞥すると、直ぐに興味をなくして敗残兵に襲い掛かった。


 こちらも一瞬の出来事だった。愚かにも初手で叫び声を上げたオーガキングは、レースの接近に碌な反応もできず、一瞬で首を刎ね飛ばされたのだ。


「グガ!?」

「ガア!?」


 そして統率者と神の加護を持った者が討ち取られた敗残者たちは、目に見えて狼狽えだす。


 それはちょうど、敗残者達の過半数が川を渡り切ったタイミングだった。


「角笛鳴らせい!」


『ブオオオオオオオオオ!』

『ブオオオオオオオオオオオオ!』


 頃合い良しと判断したサリーン帝国の大将軍が命じると角笛の音が辺りに轟き、正面突破、側面攻撃。そして、迂回して後方攻撃の専門家が馬蹄を鳴らして集結する。


 この時のために川を渡り、若干戦場から遠い場所に待機していた万を超える最精鋭の重装騎馬軍団が、敗残兵達の後方を断った。


 敗残兵が素直に退却して、未開の領域から出て来ないならまだいい。だが、バラバラになってサリーン帝国のみならず、他の周辺国家に出没するのは悪夢でしかない。それ故に退路を断って敗残兵を殲滅する必要があった。


 彼らはその為の最後の戦力である。


「ブギ!?」

「ガア!?」


 騎馬軍団が集結している間、支配者達の死は敗残兵の間でじわじわと広がり、その混乱は退路を断たれたことで頂点に達する。


「突撃いいいいいいい!」

「チャアアアアアアアジ!」

「突撃だあああああ!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


「ブギャアアアア!?」

「グガアアアアアアアア!?」


 そして、押すも引くもできなくなった敗残兵達に突撃するのは、魔法で強化されて更なる重さと速さを手に入れた重装騎馬だ。土煙を上げながら圧倒的な質量兵器は、川を渡れず取りに越されていた敗残兵達にぶち当たった。


 衝突。衝突。衝突。粉砕。粉砕。粉砕。


 まさに溶けたバターにナイフを入れるという表現がぴったりなほど、敗残者達の集団は切り裂かれ、馬蹄によって踏み砕かれる。


(勝負あったな)


 グレンは未だに死をまき散らしながら、この戦争の勝利を確信する。一度恐慌に陥った軍を立て直すのは至難であり、それが可能なのは英雄と呼ばれる一部だけだ。しかし、敗残者達にとって英雄であるオーガキングと神持ちはあっけなく死んだ。


(もう立つことしかできない)


 そしてグレンは退路を断たれた恐慌が頂点に達するとどうなるかも知っている。笑い話にもならないが、なにもできなくなるのだ。


 攻めるのか、逃げるのか、前にいる敵はどうするのか、退路を断たれたがどうするのか。それを自らで判断できない者だらけとなるが、前後左右を見ても同じ者しかいないのだ。ならばそれを真似て誰かが指示を出すことを待つ。


 結果出来上がるのは、目先の脅威にこそ反応するものの、逃げるのか戦うのかも判断できなくった案山子である。


「全面攻勢いいいいい!」

「全面攻勢! 全面攻勢!」

「行くぞおおおおおおおお!」


 ここで挟み撃ちを完璧なものとするため、人類の軍全体が全面攻勢を仕掛けた。


 守るためではなく攻めるために進む槍衾の組織力、圧倒的な個人、川を挟んだ騎馬の機動力、そして敗残兵達を包むように左右から再び現れる水の精霊や、精度の高い魔法使いによる魔法攻撃によって敗残兵達は次々と倒れていく。そこから僅かに逃れた敗残兵達も、特殊な斥侯たちによって狩りだされた。


 国を超えた組織力、個人、技術、伝統、意思疎通、それらが重なり合った団結と数の暴力。


 吸血鬼など人以外の全ての知恵ある者が慄くことになる戦いは。


「勝鬨だああああああああああああああ!」


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 人類の圧倒的勝利という形で幕を閉じたのであった。

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