【現代】死が満ちる
全ての前線で人類側とオーク・オーガ混成軍が激突したが、ここでも距離の暴力は作用する。
「突けええええええええ!」
野戦陣地から突き出した長槍が、隙間のないという言葉通りの槍衾を形成して、オーク達を迎え撃つ。本当に言葉通りだ。20万の軍勢なのだから、槍を持って前衛に立つ兵だけでも途方もない数であり、それが5メートル程度の長槍を一斉に振るう光景は壮観としか言いようがない。
「やれえええええ!」
「ぶっ殺せええええええ!」
「息を合わせろ!」
そこに末端の兵も、冒険者も、傭兵も関係ない。まるで針鼠の怪物のような槍の群れが、怪物達を矛先で叩き、突く。
一本の槍程度ではオークもオーガも止まらない。だが、鋭い刃は2本、3本、5本と重なり、しなる槍はその分重さを増している。
「ブギャアア!?」
オーク達が悲鳴を上げる。
そして人間達は小高い野戦陣地から、高低差を生かして一方的に攻撃しているのだから、長槍の5メートルすら埋められないオーク達は一方的に血を流す。
「グオオオオオオアアアア!」
だがそれでも、血まみれになったオーガが無理矢理槍衾を突破して、小癪な人間に掴みかかろうとした。
「化け物め!」
「ゴガアア!?」
そのオークを、煌びやかな鎧を纏った騎士が迎え撃つ。
兵卒と違い恵まれた環境で育てられた騎士達は装備もさることながら、血統による才能も合わさって、戦闘力がそこらの人間とは比較にならない。
「おお!」
「オオオオオ!」
更には単純な魔法で肉体を強化することによって、振るった長剣はオーガの腕を半ばまで断つことに成功する。そして、一瞬の時間があれば十分だった。
「今だやれ!」
「突け! 突け!」
「ゴギャ!?」
僅かに綻んだ槍衾を埋めるために、騎士の後ろの兵士達が槍を突き出して、懐に入りかけていたオーガを外へ押し戻した。
これもオークとオーガにはできない芸当だ。彼らは若干の仲間意識はあるものの、組織だった行動という概念はない。ただ群れて前進するだけだ。
しかし……その群れて前進するだけの10万の怪物達を、最も受ける形の中央軍は堪ったものではない。筈だった。
「初心を思い出すなあ。まだ子供の頃、傭兵はオークとオーガを一人で倒せて一人前だ。そう言われたことがあった。ここ数年オークなんかと戦ってなかったから、そんな言葉すっかり忘れてた」
野戦陣地に襲い掛かる怪物達だが、その前に立ちはだかる王神帝レースの剣の間合いに入った者は、尽く首と胴が両断されて地面に倒れ伏す。だがレースは息を乱すどころか、昔を懐かしむ余裕があるほどだ。
そして、彼だけにいい思いはさせないと、選ばれた傭兵や冒険者達が最前線に足を踏み入れる。
「駆け出しのころは剣なんか買うお金がなかったから、武器屋で雑に積まれてたメイスを買って、戦場へ行ったんだった」
「おいこらレース! あのクソおっさんが、戦場で昔を懐かしむ奴は絶対死ぬとか言ってたぞ!」
「僕の経験則でもそうだね」
選ばれし者の一人はレイチェルだ。彼女は身の丈に匹敵するほどの巨大な大剣で、オークの頭蓋から首元までを断ちながら、独り言を呟くレースにツッコミも入れる。
余談だが、レースの最初の武器であるメイスはとっくの昔に壊れているが、両手に持つ黒と白の長剣を手に入れる前は、時たまメイスを使っていた。そのため彼はメイス愛好会から外部顧問という役職を与えられていた。
そして選ばれし者達は彼女だけではない。
「金だあああ!」
「歩合制。なんて素晴らしい言葉の響きなんだ」
「あーあーもったいねえ。オークの肝臓は金になるのに……」
「行くぞ野郎ども! ぶっ殺してやれ!」
「お仕事お仕事」
「もうだるい……」
「ええい! これだから冒険者と傭兵は! 騎士道とまでは言わんから、もう少し品性ある言動をできんのか!」
選抜された最精鋭の騎士達、冒険者ギルドのランキング上位勢、そして傭兵ギルドの表と裏のランカー達が怪物の軍勢に襲い掛かる。
「くたばりやがれ!」
裏ランキング9位"狂犬"バークが、オーガの拳を躱しながら首筋に剣を突き立てる。
「ちょうど大きな買い物をしたばかりだから助かるのさー」
裏ランキング8位"黒巻く渦潮"シアが、にやけた笑みを浮かべながら短剣を突き刺す。
「全く。品性のない顔なんか見たくないんだけど」
裏ランキング7位"夕暮れ時"カルサイが、装飾過多なレイピアでオーガの心臓を串刺しにする。
「死ね」
裏ランキング6位"破壊の兆し"トルクトンが、相対するオーガにも劣らぬ巨体に相応しい腕で首を捩じる。
「おらあ! こんなもんかよ!」
裏ランキング5位"申し子"レイチェルが、再び巨大な大剣でオークの頭を叩き潰す。
「がははは! 帰ったらぱーっと金を使うとするか!」
裏ランキング4位"満ち引き"ヴァンが、なんと10メートルもの長大な槍をぶん回して、オークとオーガの首を纏めて撥ね飛ばす。
「はあ……だる……」
裏ランキング3位"起こしてはならない"ネラファが、やる気のない声と共に糸を操り、怪物達を細切れに解体する。
他にも表のランカー達が化け物達を圧倒し、中央軍はそこをなんとかすり抜けた化け物達に対処することによって優勢を保っていた。
これまた人の弱みであり強みだ。同じ種でありながら個人差が大きすぎるため、強さの平均でオーク達に劣っていようと、上澄みはオーク達を全く寄せ付けない。
「ふうむ。ちょっと妙なことになってるかな?」
その彼らすら足下に及ばない表ランキング1位にして裏ランキング2位の“王神帝”レースが首を傾げながら、怪物達の首を両断する。
「何が妙だよレース!」
「思ったより右軍の方にも敵が集まってるっぽいね」
「ああ!?」
レイチェルの問いにレースは、自分が感じた違和感を説明する。中央軍程ではないが、人類側から見て右側にも怪物達が集まっており、右軍では激戦が繰り広げられている。
ことはない。
「右っつったら……確かクソおっさんがいただろ?」
「そうだね。ベテランに頑張ってもらおう。実は傭兵としてじゃなくて、バンベルト王国の将軍として来てるから、歩合制の報酬からは外されてるんだけど」
なにかを思い出したレイチェル。そしてレースは、どれだけ働いても給金が変わらない先輩に対してにやりと笑った。
◆
オークとオーガの数が多かろうと、右軍の負担は大したものではなかった。
「千万……死満……」
それどころか兵の中には、呆然と呟く暇さえあった。
そこには死が溢れていた。全ての死体は胸の部分にぽっかりと大きな穴が開き、内臓と脊椎をばらまきながら倒れ伏している。
(もうロートルの時代は終わりかけてるのかもな)
グレンが流れた時間を感じてポツリと心の中で思う。
「ゴビュ!?」
「ギ!?」
オークのオーガの胸が粉砕される。
右軍が布陣していたのは小高い丘で中央軍の状況もよく見えた。そこで活躍する一部を除いた若造達の姿もだ。
(40歳を超えて、50が近くなった奴で傭兵している奴はそういない。多分、故郷の大陸で傭兵働きしてる同期はいないだろう)
「ギャ!?」
「!?」
「ギュボ!?」
「ガ!?」
オークとオーガ達の胸が粉砕される。
力仕事であり命がけである傭兵を、40歳以上の者が続けているのは珍しいことだ。生きるにはそれしか手段がない者は、そこに至るまでに死ぬことが多いし、才能ある者も纏まった金が手に入ると引退する業界だ。
あるとすれば、引退した元傭兵が金に困って再び剣を取ったか、才能があってこの世界でしか生きられない者が、ダラダラと続けているかのどちらかだろう。
(ローガンは上手くやったよ。まだ余力のある内に現役を退いて、今じゃ総ギルドマスターときたもんだ)
オークとオーガ達の胸が粉砕される。
粉砕される粉砕される粉砕される。
(だけどまあ……楽隠居したとは言うものの、やっぱり俺は傭兵で今更生き方を変えられない。なら年寄りは年寄りらしくのさばってやるとしよう)
襲う動作の前にオークが粉砕される。威嚇する動作の前にオーガが粉砕される。
若き日の様に、態々膝を砕いてから倒れたオークの頭蓋骨を粉砕する必要はない。怪物達の胸に叩きつけるだけで、心臓が破裂するどころかぽっかりと大きな穴が開いてしまう
壊れずのメイス。壊れないと言うことはそのまま破壊力に直結するのだ。そして、壊す心配がなく思いっきり振りぬくことができる。グレンにはそれで十分過ぎた。
十が粉砕される。百が破壊される。
全てを粉砕する破壊の化身。
積み重なる死。死。死。死体の山。屍山血河。千が死ぬ。
全てが息絶える死の化身。
「これが千万死満……!」
目にも止まらぬ速さで言葉通り千の、そして万の死を満ちさせようとする死神に若き兵が慄くが、右軍全体をグレンがカバーすることは出来ず、槍衾と怪物達は戦いを繰り広げている。
だがそれでも……。
たった一人で中央軍の精鋭達に引けを取らないその出鱈目さ。
「思ったより錆びついてなかったな」
古い。頭が固い。生き方を変えられない。
その表現と同じように“最強”の枕詞は不変で固着していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます