【過去】あちらの傭兵
「そろそろ宿屋街?」
外見上のんびりと移動している荷馬車だが、その積み荷は高貴な少女達3人を乗せている。その上更に、かなりとんでもない物も。
「はい。地図にはその印が付いています」
(地図まで持ってるかあ。やっぱ王族とその側近の生まれだな)
テッサが見ているそのとんでもない物とは、国家の最重要機密であるバンベルト王国内の地図だ。この時代地図は、敵方にすれば事前の情報収集と侵略ルートの作成に直接役立ち、領地を持つ国内の貴族は貴族で、自分の財布に手を突っ込まれることに等しく、測量自体なんとか断ろうとする代物だ。
そんな物を持っているという事は、当然それを入手できる立場という事になり、いよいよこの少女達が並の貴族の生まれでない事を表していた。
「ああ、あそこかな?」
「……なにがあそこですか?」
「宿屋街さ」
グレンが宿屋街を見つけたと言うが、隠し空間の隙間から外を覗いたテッサには、単なる草原が広がっているだけにしか見えない。
「うん? ひょっとして目が悪いか?」
「いえ、そんなつもりはないです」
「どれ、妾が見てやろう」
「あ、ルーナ様!? それなら私が!」
テッサの言葉にグレンが首を傾げていると、隠し空間にいて暇を持て余していたルーナとテッサが騒ぎ出した。
「むむむ……確かに何かぽつんと見えておるな」
「あ、自分も見えました」
「……ひょっとして私、本当に目が悪い?」
覗き穴から交代で外を見る2人には、小さな点のような何かが見えるだけだったが、テッサだけはそれも見えず、自分の視力が低下しているのかと悩み始めた。
「必要になったらメガネ買ってやるよ」
「それなら私はお小遣いを上げます」
「なら俺はそのお小遣いで生活するわ。けけけ」
ああ迂闊。
後年この言葉通りになるとは、グレンは夢にも思っていなかった。
◆
◆
「隣の大陸とはどんなところなのだ?」
宿屋街の少し外れで馬車を止めた一行は、夜という事もあって火を囲んでいた。そんな時、ルーナが思い出したかのようにグレンに問う。
「こっちとそう変わらんさ。人間同士の戦乱だったり、オークやゴブリン共が攻めて来たり、たまーにドラゴンが山から迷い出てきたりさ」
「もっとこう、あるだろう」
「文化とかです」
「腕が鳴るな!」
初っ端でいきなり血生臭い発言をするグレンに、やっぱりなと呆れているルーナとテッサだが、ハンスだけはふんすと鼻息を吐いていた。
「文化かあ。そう、こっちと違うのは傭兵の扱い! 向こうは二つ名だったり異名だったり結構派手でな、それなり傭兵の地位も高いんだ。爵位貰った奴もいるし、木っ端だけど貴族の娘さんと結婚したのもいるな。あ、それにメイス! なんでこっちはメイスが流行ってないんだよ!」
「お前の頭には傭兵とメイスの事しか頭にないのか?」
「言うと思ってました」
「えー、剣の方がカッコいいぞ」
そうだ! とグレンが勢いよく話し始めたのは傭兵とメイスについてであり、その答えはある意味で少女達の予想通りだった。ハンスは、まあ個人の感想を述べているが、こちらの大陸にいるほぼ全ての戦う者達の総意でもあったが。
「やれやれ。お子ちゃま達にはまだ早かったか」
「誰がお子ちゃまだ!」
「不敬です」
「むきー!」
肩を竦めながら首を横に振るグレンに少女達は一気に騒ぎ始め、そうしているうちに夜も更けるのだった。
◆
◆
「ちっ。金の半分以上が後払いだと? 全額寄越せってんだ。なあ?」
「へい親分」
夜の闇の中にある一行がいた。その数20人。皆が槍、または剣で武装しており、革の胸当てをしている者や、どこかで拾ったのか錆びた金属製の鎧の一部を腕に付けている者など、その姿に統一性はまるでない。
彼らは戦争の臭いを嗅ぎつけてこの領地にやって来た傭兵団なのだが、傭兵ギルドに提示された契約が、その殆どの報酬が後払いだったことに腹を立てて街を去った。当然だろう。忠誠心に期待できない傭兵に全額前払いなど、どうぞ金を持ち逃げしてくださいと言っているようなものだ。
しかし彼らは金に困っていた。
だから、即金を手に入れる事にした。
「ようしやるぞ!」
「へい!」
小さな宿屋街を襲って。
タイミングが完璧だった。宰相側の軍勢がこの領地に向かっている事が確実となり、領内の兵は殆ど全て動員され、宿屋街の警備などされていなかった。
「止まれ。傭兵100ヵ条に則って一度だけ警告する。武器を捨てて投降しろ」
「ああ!?」
そしてタイミングが最悪だった。
宿屋街に今から攻め込むと気炎を上げている傭兵団の前に、ゆらりと黒い影が現われて彼らに警告を発した。
「なにが傭兵100ヵ条だ! やっちまえ!」
意味の分からぬ警告に、既にやると決めていた傭兵団は従わなかった。
もう少しだけ、もう少しだけ真剣に考えるべきだった。たった1人で現れた男に何が出来ると団長は部下たちを嗾けたが
「傭兵100ヵ条、第1条、お前は傭兵である。ガキの頃は、なんでいきなり最初がこんなの文なんだとは思ったが、歳を取るごとに分かってくるな」
数は1対20。絶望的な戦力差である。
そう、たった20人で挑むなど、隣の大陸では鼻で笑われるだろう。もう100倍は連れて来い。それでも俺はお前らに雇われないけどな。と。
『あん? 傭兵団"竜の口"のあいつについてだあ? それを調べるために態々隣の大陸からこっちに来たのか? 大分前に海を渡ったことは知ってるけど、そっちでもやってる事なんて変わらないだろ。傭兵以外やってる想像が出来ねえからな。っつうかいつも通りやってるから調べに来る羽目になったんだろ? ああやっぱりな。うん? いや、別に俺ら傭兵のタブーって訳じゃねえよ。そんなのはとっくの昔に上を飛び越えてるからな』
「ぎゅけ」
まず槍を持った先頭の男の頭蓋骨が弾けた。
「ぐ」
「ぱ」
次にそのすぐ横にいた2人の頭部が拉げた。
『なんでってそりゃ、心底ビビるのを通り越したら、もう別のものとしか思えなくなるんだよ。王級の吸血鬼を血祭りにしてぶっ殺した"伏せ狼"とか、幼年期とはいえ竜を無傷で殺した"銀蠅"でも、あいつが相手側に雇われたら逃げ支度し始めるんだぜ? いんや、広範囲を魔法で吹っ飛ばしたりなんかはしない。じゃあなんでそんなに恐れられてるかだって?』
「きゃ」
「あ」
「き」
「あ」
続いて順番に4人の頭が砕け散った。
『そりゃおめえ、1対1で最強だからだよ。千人切りの"死闘舞踏"も、1人で殿を務めた事もある"蝸牛"も、なんならあいつのちょっと前に最強って言われてた"栄光"までドタマカチ割られてるんだ』
「え?」
呆然としている間にもう4人の頭から脳みそが溢れ出した
『それでも1人だろって? ああそうだな。本当の意味で疲れたことがないって言ってのける1人だな。いいやホラなんかじゃない。オーク共が侵攻してきた時に、あいつは6日中最前線で戦いっぱなしだった。そんでその時の決着は、奴がオークキングを殺して終了さ』
「ひ」
怯えた声を出す前に、8人の頭が半分になっていた。
『お分かり? 1対1で俺は最強なんだから、それを1万回やったら軍相手でも勝てるって、本気で言っちゃうバケモンなんだよ。それを実際見たら、もう一度言うけどビビるを通り越すんだ。あ、別物だって』
「なに」
最後の言葉を言い終わる前に団長の、いや、傭兵と名乗っていた者達全てが死に絶える。
『とにかくまあいろいろ言ったけど、早い話が最強なのさ』
「傭兵を名乗る賊の抹殺仕事、じゃねえな。義務完了」
『"千万死満"、グレンって男は』
いつも通りのようにメイスで自分の肩を叩くグレンだが、その得物には血の一滴すら付着していなかった。
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