【現代】こちらの傭兵1
今まで存在していなかった傭兵ギルド本部に、名実共になりつつあるバンベルト王国傭兵ギルドは、現在パニックになっていた。
「4位の"激震"ボッスグと、9位になったばかりの"永遠炎"マックスだけじゃねえのか!?」
「まさか7位の"巨大山脈"!?」
「ありゃあ3位の"寒空の剣"だ!」
「あっちは傭兵団ランキング2位の"龍の爪"の団長だ!」
ギルドに訪れる訪れる面々がただ事ではないのだ。傭兵ランキング、並びに傭兵団ランキングに置いて、シングルと呼ばれる一桁代の猛者達で、まさに傭兵達にとって自分達の顔ともいえる様な者達ばかりが、大会議室へと向かっていく。
「あ」
そんなパニックの中、一人の傭兵が気が付いた。
「い、1位だ」
その呟きに騒めいていた傭兵達が、ピタリと口を閉ざして入り口を見る。
「ありゃ、随分人がいっぱいだ」
現れたのはそれほど背がそれほど高くない優男で、顔には柔和な笑みを浮かべている。
「お、"王神帝"……」
陳腐な二つ名であったがその名はあってはならなかった。絶対的な身分社会のこの世界において、高々傭兵如きが王を、神を、帝をその名に頂いているのだ。そのためこれらの字を二つ名に充てられている存在はいない。そんな事をすれば、衛兵や聖職者がすぐさまそいつを捕らえるだろう。唯一彼を除いて。しかもこの名は自然と広まったのではない。この優男が自分で付けた、まさに身の程知らずの二つ名。
ではない。
「竜殺し……」
「巨人殺し……」
「吸血鬼王殺し……」
「1000人殺し……」
「悪神殺し……」
再び騒めいた傭兵達がその"王神帝"の偉業を、いや、異業を呟く。竜を殺し巨人を殺し吸血鬼の王を殺し1000人を殺し悪神を殺したその異業を。
王も神も帝も許されている、どころではないのだ。誰もそれに異議を唱えられない。王族や聖職者が苦々しく思っていても、黙認するしかない。それがこの大陸に置いて最強の代名詞の一つ、自分から全ての存在に対して喧嘩を売っているのが"王神帝"
「レース……」
レースという男であった。
「ローガンさんに呼ばれたんだけど」
「は、はい! こちらになります!」
受付嬢に要件を告げるレースだが、受付嬢はびくびくとしながら案内する。傭兵ランキング1位となるとその稼ぎも莫大なものとなり、結婚相手として熾烈な競争になる筈だが、ことこの男に対しては例外だ。柔和な外見で女性受けもよさそうだが、傭兵ギルドに嫌でも勤めていると聞こえてくるのだ。その出鱈目さが。
先程の一言でもそうだ。総ギルドマスターであるローガンを単にローガンさんと呼ぶ。そんな事は"不敗"と呼ばれた生きる伝説に対して行えるものではない。
しかし無礼どころの話ではなく、このまだ20歳代にしか思えない様な優男は、実は40歳を超えるローガン達の1世代下の傭兵で、現役時代の脂の乗り切ったローガンと彼が率いる傭兵団に戦場で切り掛かり、その時の感想を、いやあ、あれは楽しかった。僕が誰も殺せないとか初めてだったよ。で済ませたのだ。
つまりそれは、当時の個人ランキング1位"不敗"と、彼が率いる傭兵団ランキング1位に単身挑みながら
生きているどころか渡り合ったのだ。
「おっかねえ……」
そのため優男のレースを侮る傭兵達など一人もいない。そんな者は既に戦場で死ぬか、彼に直接殺されているのだから。
◆
「よく集まってくれた」
堂々とした体躯の傭兵ギルド総ギルドマスター、ローガンが集まった錚々たる面々に礼を述べる。
その全員が傭兵ギルド個人ランキング、傭兵団ランキングの一桁代、シングルナンバーと呼ばれる者達で、全員が合わされば冗談でもなく列強と呼ばれる大国とも渡り合えるだろう。
バンベルト王国だけを除いてだが。
「早速本題に入る、サリーン帝国の未開平原から、オークとオーガが大侵攻を掛けて来る予兆を掴んだ。規模は歴史上最大規模と予想され、これに伴い帝国と教会は我々傭兵ギルドと冒険者ギルドに、生存圏危険事態に則る大契約を申し出たためこれを受託した」
生存圏危険事態。それが発令されたのは歴史上僅か数回。そのどれもが恐るべき事態で、最も最近起こったのはたった20年前。複数の竜による縄張り争いで、危うく国家の一つが滅びかけた事例だ。そのためこれが教会の名で宣言されると、人間種は一致団結してこれに当たる事となっている。一応表だけは取り繕えという事だ。
そして今回は竜よりずっと劣るオークとオーガによる侵攻だったが、数が問題だった。
「総数は不明だが、10万を超える可能性があると斥候が伝えて来た」
人間を遥かに超える膂力、タフネスを誇る者達が、10万を超える大軍勢で侵略を開始したのだ。例えそれが列強と呼ばれる大国でも、判断を誤れば亡国を道をひた走るだろう。
バンベルト王国だけを除いてだが。
「報酬は完全に歩合制だが、これは人種の義務だ。金の方は周辺各国が折半で出すから、やればやるだけ金が入ると思って稼いで来い!」
『応!』
ローガンの活の声に、強者達が頼もしい声で応える。その声だけで雑多な存在は震えあがるだろう。
「契約書類を受付で書くのを忘れるな!」
『おーう』
契約書に煩いローガンのいつもの言葉だが、最後の締めの順番逆だろと、気合の抜けた返事で傭兵達は戦場に向かうのであった。
◆
◆
◆
「表のランカーはこれでいいんだが……」
「問題は裏ですね」
傭兵達が去った後、ローガンはそれはもう心底面倒そうにぼやき、その隣の出来る秘書と言った女性が頷いている。
「あーめんどくせえ。オークとオーガをぶっ殺す前に、絶対ランカー同士で殺し合い始まるって。大体無理があるんだよ。裏ランキングの連中全員が、自分より上にいる奴を許せねえってタイプなんだからよお。もう若いの止める元気なんかないんだよおじさん」
ローガンがぼやいている原因は、一般の傭兵達には公表されていない裏ランキングの者達だ。この裏ランキング、契約達成率や顧客の満足度を完全に無視して、単純に強さのみを指標としているのだが、その選定基準からして既に欠陥があるため、選ばれる者達はどいつもこいつも問題児ばかりなのだ。下手をすれば集めただけでランカー同士の殺し合いが始まってしまうほどに。
「そもそもの問題ですけど集まるんですか?」
「絶対集まる。上の奴は見下したいから参加するし、下の奴はそいつらをぶっ殺したいから、そりゃ招集したら集まるとも」
「なるほど」
招集を掛けたら集まる理由も碌でもないのが、裏ランキングのランカー達のとんでもなさを一つ表しているだろう。
「なあ、裏ランキングとか廃止して、全員とっ捕まえよう。そうすりゃ俺はめんどくさくない。世間もイカレ野郎がいなくなって平和になる。ほら、皆ハッピーだろ?」
「馬鹿な事言ってないで仕事してください」
半分以上本気で言っているローガンだが、秘書は取り合わず仕事をしろと促す。
「それに1位とか誰がどうやって捕まえるんですか。ギルドマスターが普段仰ってることが本当なら、裏ランキング全員でも無理でしょ」
「あ! それだ!」
「はい?」
秘書が単に思い付きで言った事だが、それにローガンは手を叩いて何かを思いついたらしい。
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