【現代】こちらの傭兵2

「ああもうほんと嫌」


 傭兵ギルドギルドマスター、ローガンがうんざりだとその厳つい体と顔に見合わず項垂れた。それは会議室に集められた、傭兵裏ランキングのランカー達が原因だ。


 傭兵裏ランキング。顧客満足度、依頼率とその達成度、人格、その他全てを一切合切排除して、ただただ強さのみを基準にして選ばれるのだが、世間も一般の傭兵もその存在そのものを知らなかった。


 それはなぜか。至極単純な理由があった。


「あ? やんのかコラ?」


 赤い短髪でひたすら人相が悪い男剣士。今まで出会った傭兵全てに喧嘩を売った伝説の持ち主、裏ランキング9位"狂犬"バーク。


 直近の活躍、1人で精兵100人に匹敵すると謳われた、キーギースーン王国"聖星隊"と交戦。これを退ける。


「あーやだやだねー。弱いってのはカリカリしていけないのさー」


 その狂犬に喧嘩を売られながら、へらへらと笑う女暗殺者。南方の国家の貴族に尻を触られ、死にはしない程度にぶん殴り、現在その国家で指名手配中。裏ランキング8位"黒巻く渦潮"シア。


 直近の活躍、サン王国北部に潜伏していた構成員200名を超える犯罪組織、"蜥蜴"を単独で壊滅させる。


「やれやれ。僕に相応しい場じゃないね。ところで気に入らないのが一人いるねえ」


 腰まで流れる白銀の髪の持ち主である美男子。故郷で王の娘を口説いて国外追放処分された裏ランキング7位"夕暮れ時"カルサイ。


 直近の活躍、"底なしの湖"に潜む邪悪な大蛇を討伐。討伐後の調査で、小国危険クラスの怪物と認定。


「死んでろお前ら」


 腕を組みながら、煩い会議場で心底面倒だと悪態をつくスキンヘッドの大男。戦闘中の数えきれない建造物破壊で、複数の国家から要注意人物に認定。裏ランキング6位"破壊の兆し"トルクトン。


 直近の活躍、トー地方周辺国家戦争において、精鋭騎馬隊60人を撲殺。


「とっとと始めろ親父!」


「うっせえぞレイチェル!」


 ここからは栄光ある裏傭兵ランキング5位。完全に別の生物として扱いされる異常者達。


 亜麻色の短い髪をした、誰もが振り返るほどの美貌。と、それを全部台無しにする目つきと態度と言葉使い。椅子に片足を上げて年の離れた実父、傭兵ギルドギルドマスター、ローガンを睨みつける裏ランキング5位"申し子"レイチェル。もしくは"顔と性別だけ違う若い頃のローガン"


 直近の活躍、太陽王国へ"夜の領域"から侵攻を仕掛けて来た公爵級吸血鬼の惨殺。


「がっはっはっはっは! 負けは負けだと認めるんだなカルサイ!」


 つい先日戦場でカルサイを退け、それを根に持たれて彼から殺気を送られがながら、何が面白いのか豪快に笑う、若い者達が多い中で年嵩な男、裏ランキング4位"満ち引き"ヴァン。


 直近の活躍、"夕暮れ時"カルサイ率いる傭兵団を単独で撃退。


「ぐう……」


 へらへらと笑うシア、豪快に笑うヴァンも含め、この場にいる裏ランキング最上位であるため、全員から目障りな奴と殺気を送られながら、いつもと全く変わらず机に突っ伏して本当に眠りこけている青年。"起こしてはならない"ネラファ。


 直近の活躍、生前から戦闘力は落ちるものの、大国でも国家非常事態と判断されるドラゴンゾンビの単独討伐。なお彼はその時の作戦会議でも寝ていた。


 もうこれだけで、裏ランキングが一般的に公表されていない理由が分かるだろう。裏ランキングが実装された当初から、強さだけを基準に選びに選び抜いた結果、人格破綻者しか選出されなかったのだ。


 その中の3位、ネラファはまさに人類最強の一角。熟睡しているのも、他のランカー達が一斉に襲い掛かって来ても、逃げるだけなら特に問題ないからという凄まじさ。


 しかし、その彼が机に突っ伏したままだが目を覚ました。起きていないと対処出来ない存在が、彼の制圧圏に侵入したのだ。


「ご、ご到着されました」


 会議室の外にいる係員が震える声でその存在の到着を告げ、ネラファ以外の全てが扉に視線を集中させる。


「遅れてすいません。表のランキングの会議が終わった後にお昼食べてたんですけど、会計の時に財布持ってなくて色々慌ててました。いやあ、表の出席だけで済むと思ってたもんで、なんにも持たずに来ちゃったのがいけませんでした。あははは」


 ドアから現れたのは、目を細めて自分の失敗を照れ臭そうに笑う柔和な優男とは。

 これほどの猛者達の前でなんの得物も持たず丸腰で現れ、まるで問題ないかのように振る舞うその男とは。


 直近の活躍は、レイチェルが活躍した公爵級吸血鬼との戦争で退屈になったと宣い、ぶらりと単身吸血鬼達が支配する"夜の領域"に侵入、いや、たった一人で逆侵攻を開始して、その戦争の背後にいた怪物、夜の世界では竜と巨人すら凌ぐ無敵とまで謳われ、かつての裏傭兵ランキング4位を一瞬で殺害した"吸血王クラサルカン"を、首だけにして持って帰って来た。


 無傷で。しかもその時の彼の言葉は、まあ遊び相手にはなったかな。であった。


 そしてランカー達は、その男に殺気を叩きつけるもそれ以上は出来ない。もうとっくに格付けは終わっているのだ。ランカー達は戦場で命のやり取りをしていると思っていたのに、その彼には遊ぶには物足りないと相手にもされず、ボコボコにされながらも見逃されるという形で。


「よく来たレース」


 余りにもその不遜な二つ名。王、神、帝。その三文字を自らに付け、誰もが彼に意見することが出来ないアンタッチャブル。

 ちょっと遊びに行くと向かった隣の大陸ですら、最初は彼の二つ名を笑いながら、結局は全てを黙らせて帰って来た超越者。


 ローガンが告げたその名前こそ、表の傭兵個人ランキング1位。

 "王神帝"レースであった。


「用件は表ランキングの会議で言ってた、オークとオーガの大侵攻ですか?」


「お前だけが俺の味方だよレース……」


 ローガンの前に空いた二つの席の内の一つに座りながら要件を尋ねるレース。その落ち着いた様子に心底助かったと、ローガンは安堵していたのだが……。


「あはははは。あ、それはそうと遊びませんか?」


「俺の気持ちを裏切ってくれてありがとよ。歳食ったら遊ぶのはしんどいんだって」


 早速裏切られてしまった。


 しゅっしゅっと軽く拳を突きだすレースだが、この柔和な優男はとんでもない悪癖があった。本質的には9位の狂犬と同じで遊びと称する喧嘩が大好きなのだ。しかし、狂犬と違うのはそのターゲットが上澄みの上澄みに対してだけであり、それ以下にはこれぽっちも興味がない事だろう。この悪癖は隣の大陸でも大いに発揮され、彼に喧嘩を売られてボコられた上澄み達は、とっとと元の大陸に帰れと大合唱でレースを追い返し、現地の傭兵ギルドから遺憾の意が届けられたほどだ。


「またまたあ。ちっとも衰えてないじゃないですか。昔から思ってたんですけど、どうして裏ランキング入り断ってたんです? 今でも3位なら余裕で入れるじゃないですか」


「俺がお前と違って常識人だからだ。後ナチュラルに見下してくれてありがとよ。とにかくお前の相手は嫌だ」


「あはは。ローガンさんが常識人って」


「あれ、俺って喧嘩売られてる?」


「勿論売ってます」


「くたばれ」


 ローガンが引退してそれなりの年月が経っていたが、その実力にちっとも陰りがない事をレースは見抜き、その遊びとやらに誘うのだが、ローガンとしては何が楽しくてこんな所で化け物と喧嘩をせにゃならんのだと、断固拒否の構えを崩さない。この男、何十年も無敗という非常識を打ち立てておきながら、自分は常識人だと自認していた。周りからは否定されていたが。


「いやでも、やっぱり他の人達は詰まらないんですよ。ネラファ君はいい線行けますけど、もうちょっと経験を積まないとですし」


 ビキリと部屋の全てが軋んだ。他の人達とはつまりこの部屋にいる全員、裏ランキング3位から9位に他ならない。その3位ネラファ以外の全員がレースに殺気を送るのだが、彼はどこ吹く風とばかりに受け流す。どころか、そもそも感じてもいないのかもしれない。


「ああやっぱりこうなる……。会議しねえといけねえんだから座ってろ! って誰も聞いてねえし!」


 ローガンは極自然に裏ランカーを見下すレースと、立ち上がって今にも殴り掛かりそうなランカー達に、やっぱり娘以外の全員を一回牢にぶち込んだ方がいいと考えを強める。


「ご、ごごご、ご到着されましたああ!」


「…っ!?」


 会議室の外から上擦った声、殆ど悲鳴が発せられた。

 その瞬間、我関せずと机に突っ伏していた第3位ネラファは、会議室の窓から飛び出すために飛び起きたのだが、それにはレースの傍を通らないといけない。それはまさに彼にとって前門の虎後門の狼。彼は感じ取ったのだ。今の今まで、自分に察知されることなく扉の向こうに何かがいると。


 そして扉が開かれた。


 9位から6位までに特に反応らしい反応はなかった。しかし、5位から上、人間ではないと評される怪物達は違った。


「き、き、聞いてねえぞ糞親父いいいい!」


 5位レイチェルは自分の父ローガンに向かって、それはもう大きな声を上げて悪態をつく。その顔は真っ青だがそれもそのはず。正体も知っているがその存在は父と仲が良いため、昔から偶に自宅を訪れて酒を飲んでいたのだが、彼女が子供の頃にその人物が持っていた木の棒にこれでもかと悪戯をしたため、お仕置きとしてお尻を叩かれた嫌な記憶が蘇っていた。


「はいいっ!?」


 4位ヴァンが、その豪快崩落な性格と見た目に似合わぬ、素っ頓狂な声を上げて椅子から立ち上がる。なにせ比較的古参な彼は現役時代のその存在を戦場で直に見たこともあるし、あやかる為に自分の二つ名にその一文字を付けている程だ。


「……くっ!?」


 初めて3位ネラファから声らしい声が漏れた。その存在が一歩一歩近づいてくる度に、かつて自分をボコボコにしたレースへと追い詰められていた。どちらかを天秤にかけて、より可能性がある方に逃げざるを得なかったのだ。逃げられる方に。


 その存在こそ


 裏傭兵ランキングが実装されておよそ20年。一度たりとも頂点を譲らず、2の超越者"王神帝"レースをしてあそこは永久欠番だからとその座に付かぬ別格。


 "人間大の死"、"死神"、"傭兵大将軍"、"あちらの大陸からの招かれざる者"、"最後の切り札"、"最強"。


 仇名に忌名、二つ名は数あれど、最も轟くその名こそ


「ち、ち、ち、"千万死満"様です!」


「遅れた」


 顔に真っ黒な黒い布を巻きつけた怪人。


 二つの大陸においてかつての最強の代名詞。ここ10年ほど活動していなかった"千万死満"の姿があった。













「よく来てくれた……!」


その存在が来た理由が、なんとか裏ランキングの会議を円滑に終わらそうとしたローガンの一計により、上等な酒に釣られてなのは、彼ら二人以外誰も知らなかったが。


いや、あと三人ほどは知っているかもしれない。

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