【過去】オーガ
ある王国の人里近くで、オーガが目撃された。
オーガ。平均身長は二メートルを超え、赤黒い体色は筋骨隆々。生半可な武器では傷つかない強靭な外皮。異常な持久力を持つこの怪物は、その肉弾戦に特化した力を持つゆえに、人間に恐れられているが、なにより人間を捕食対象として積極的に襲うことが知られている。
そのためオーガが発見されたら、即座に怪物退治を専門にしている傭兵や、もしくは騎士が派遣される。そうしなければ、村一つ程度は一夜にしてオーガに食いつくされるだろう。
だが屈強な傭兵や騎士でも、オーガに一対一で挑むのは単なる蛮勇である。
その膂力で、重装した騎士の腕を鎧ごと引きぬいたり、上半身と下半身が分かれた凄惨極まる死を人間に齎す怪物なのだから……。
「はい落とし穴に引っかかった」
「火を放て!」
「グオオオオオオオオオオオオオ!?」
人間の騎士達にカモにされていた。
深い深い落とし穴の底に落ちたオーガは、油と共に火を落とされて、奈落で業火と共に踊り狂う。
力が強さならば、知恵も力なのだ。
「こいつらホント馬鹿だよな」
「確かに」
肉が焦げる臭いに騎士達が顔を顰めるが、声音はオーガを嘲っている。
悪辣さでは、この世で右に出るものがいない人間と、力だけの馬鹿であるオーガでは話にならない。なにせオーガは、囮の人間を見つけるやいなや突進して、そのまま落とし穴に落ちたのだから救いようがない。
そして火もまた人類が手にした力だ。他に火を扱える生物は、ドラゴンや特殊な能力を持つ一部の存在だけであり、特権的な力と言っていい。
なにせ有機生命体で火が効かないのは、これまた一部の存在だけで、呼吸器や眼球まで燃焼することを考えると、まさに破壊のための力と言えるだろう。
だが……いかに悪辣さが力でも……そんなものを不純で無価値と断じられるものこそが……力そのものだ。
「オオオオオオオオ!」
「もう一匹来たぞ!」
「逃げろ!」
同胞の悲鳴を聞きつけたオーガが、森から怒りの形相で飛び出してくる。
どれだけ嘲笑しようと、真正面からオーガと戦うことがどれだけ危険か分かっている騎士達は背を向けて逃げ出し。
「グオオオ!?」
「ほんと馬鹿。こいつらの脳みそどうなってんだ?」
「だよなあ」
別の落とし穴に引っかかったオーガを心底嗤う。
今更専門家の人間が、予想外のことが起こったからと不覚を取る筈がない。
今更落とし穴が浅かったから、オーガが出てくるなんてことはない。オーガが出てこれない落とし穴の深さなんて、とっくの昔に分かっている。
今更オーガの息の根が止まっていないのに、油断するなんてことはない。オーガの生命力が強靭で、死んだと思っていたら生きていたなんてことは昔から聞くことだ。
「人間を舐めるなよ。お前らのことなんて紙に幾らでも書いてるぞ」
まさしく騎士の言う通り。
膨大なトライアンドエラーの繰り返しと経験の蓄積を共有することもまた人類の武器であり、種族としての特性だ。
彼らは、人は弱い訳がない。だからこそ、この生存競争の厳しい世界で勝ちぬいているのだから。
◆
「あら? オーガじゃん。ははあん、だからオークが森から追い出されて、街道に出て来たのか」
グレンはオークの頭蓋骨を粉砕して、さて出発しようかと思っていたが、森から出てきたオーガに気が付く。
オークは本能的に身を隠す物が多い森を好むが、時たま自分よりも上位の存在に生きる場を追われることがある。今回もまさにそれで、オークは自分よりも強力なオーガを避けて森を出てしまい、グレンのメイスを脳天に受けることになった。
「お、おい! オーガは罠か精鋭の騎士が複数いないと無理だ!」
ハンスが血相を変えて叫ぶ。彼女は父達からオーガの恐ろしさと弱点を聞かされて育ったため、その危険性を嫌というほど知っていた。
「まあお兄さんに任せな。けけけ」
「お、おい!」
だがグレンは、年上であるとマウントを取りながら、引き留めようとするハンスやルーナを無視してオーガに向かって駆ける。
(こいつらしつこいからな)
隣の大陸でオーガとも交戦したことがあるグレンは、自分達をはっきり見たオーガが、諦めず追いかけてくると確信していた。
ならばやるべきことは一つである。
「オオオオオオギャ!?」
腕を振りかぶったオーガから悲鳴が漏れる。
重装鎧を粉砕する。結構。人間をバラバラにする。結構。だがそれは当たればの話だ。掴めばの話だ。なにより行動できたらの話だ。
オーガが腕を振り下ろすより早く、右膝が砕けて逆方向に折れ曲がっていた。
オーガは、グレンが間合いに入る直前、一気に上げた速度についていけず、なぜ自分の膝が折れ曲がっているのか理解できなかった。
ゴシャ。
そしてオーガは地面に倒れる直前、頭に振り下ろされたメイスを知覚できず、その頭蓋は粉砕されて永遠なる闇が訪れた。
「あーもったいねえ。マジでもったいねえ。オークよりもずっと報酬高いのに」
倒れ伏して痙攣するオーガを見下ろすグレンの瞳に変化はない。彼にしてみれば単なる作業であり、逃避行故に報酬をほったらかして、急いで先へ行かなければならないこと以上の感慨はなかった。
「お前……本当にすごいんだな」
「契約金は後払いでも構いませんか?」
「我が家の百人組手に参加できるぞ!」
オークに続いて、オーガまであっという間に片づけたグレンに、ルーナは目を見開き、テッサはついに契約を決断。ハンスはよく分からない家の行事に招待しようとする。
「だっはっはっはっ! そうだろう凄いだろう! 基本は前払いだし、なにより契約できる年齢じゃないな! そんなの参加しねえよ!」
グレンは三人娘に矢継ぎ早に答える。まだ無料の生涯契約を結ぶ前であり、百人組手に強制参加させられる前の話だ。
◆
……いかに悪辣さが力でも……そんなものを不純で無価値と断じられるものこそが……力そのものだ。そして数。
「流石に壮観だな」
黒い布を顔に巻きつけた怪人“千万死満”が戦場を見渡す。
時は変わって現代。
かき集められた人間達の連合軍20万と、オーク、オーガ混成軍10万が激突しようとしていた。オーガを避けるはずのオークが共に行動している。意味することは、帝や王の名を冠するに相応しい支配主の存在である。
だが10万を全て飲み込む罠を準備できるはずがない。
必要なのは。
「さてやろうかね」
悪辣さを不純物であり無価値と断じる力を粉砕する、更なる力だった。
◆
後書き
お久しぶりです。大変申し訳ありませんでした(小声)
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