【現代】オークとオーガ軍。それと“王神帝”

「オークとオーガ共の足が遅くて助かった」


「まさに」


 戦場となるサリーン帝国の騎士達が話し合っている、


 オークとオーガの混成軍が人類生存圏の外側から、大国サリーン帝国に大移動を開始したものの、その速度はとてつもなく遅い。


 なにせほぼ獣といっていい存在であり、軍全体があっちへふらふら、こっちへふらふらと歪に動き、しかも自分勝手に休憩しようとするものだから、行軍などとは口が裂けても表現できない遅さだ。


「大きな声で言えないが、あのモンスター共が兵站をあまり気にしないでいいのは、ある意味羨ましいよ」


「言えている。こっちは兵糧の確保だけでも死ぬほど忙しい」


 これで大食で飢えている割に数週間は飲まず食わずでも活動可能なことと、呆れる程に雑食で雑草すら食べることが出来る特性がなければ、彼らは勝手に自滅していただろう。


 だが自滅は免れようと、人間達はその遅さを最大限に利用した。


 元々各国はオークやオーガを含め、モンスターと呼ばれる存在に即応するため、いつでもある程度の軍が動けるように準備されている。その即応できる軍を直ちにサリーン帝国に派遣したが、更なる素早さで行動できた集団がいる。


「傭兵と冒険者達は?」


「続々とやって来てる」


「名誉と騎士道を重んじる我々と相性が悪いが、こういう時は頼もしい」


 それが冒険者と傭兵だ。


 最大手と謳われる傭兵団ランキングの上位でも人員が千名を超えることはまずなく、冒険者に至っては数名のパーティーで行動しているため、軍に比べて圧倒的にフットワークが軽い。それ故に最も早くサリーン帝国に援軍として到着したのは彼らだった。


 余談だがこの両者、大雑把に纏めると人間の領域内で戦うのが傭兵、未開の場所に踏み込むのが冒険者と言えるが、仕事内容が被ることもあるため、少々ライバル意識を持っている。


「傭兵の方は一位もだ」


「なに!? レースが!?」


 話を戻す。フットワークの軽い傭兵の中で特に軽いのが、傭兵にあるまじきことに誰とも組まず、単独で活動している表の傭兵ランキング一位“王神帝”レースである。


 竜や巨人、果ては堕落した悪神まで落とした大陸最強の代名詞の一人なのだから、もっと騎士達は喜んでもいい筈だが、その表情は苦いものだ。


 それも当然。騎士や聖職者達は、レースのことを決して“王神帝”の名で呼ばない。実際に国王、神、帝王に仕える立場の彼らが、傭兵如きの癖に不遜にも王、神、帝の名を二つ名にしている者を快く思う筈がなかった。


「あいつは理解不能だ。これで立ち位置が人類側じゃなければ、教会勢力が全力で殺しにかかるぞ」


「全くだ」


 “王神帝”レースの立ち位置だが、多くの者は人類の剣であり盾だと認識している。彼は古いタイプの傭兵らしく、戦場の相手は殺すよりは捕まえて身代金を求めており、決して享楽のために殺しをするタイプではなかった。その上で、人類の天敵ともいえる強力な吸血鬼などが出現すれば、暇つぶしと称して積極的に討伐契約をするので、行いだけ見れば英雄とも言えるだろう。


 そのレースが、サリーン帝国の本陣に呼ばれていた。


「単刀直入に聞く。オークとオーガの十万と、いる筈の支配主を殺せるか?」


 居並ぶサリーン帝国や周辺国の諸将と、教会勢力のトップの一つ、“燃え盛る海”教の枢機卿すらいる場で、レースは柔和な笑みを絶やさない。レース以外の全員、その二つ名が気に食わないが、それを感じていませんと言わんばかりだ。


 しかもその質問ときたら、たった一人に人間を容易く超えるオークとオーガの軍を打ち破り、それを率いているであろう支配主を殺せるかという馬鹿げたものだ。


「そうですねえ。休憩を挟みながら、二カ月くらいもらえたらできるかもしれません。極端な話、一対一を十万回行えばいいだけですから。とは言え流石に十万対一は経験したことがないので、見積もりはかなり甘いですが」


 できるのかよとは誰も言わない。竜や悪神を殺した時点で、それはもう人類の規格をはみ出しているのだから、常識が通用しないのだ。


 そしてこんなことをレースは若いころから言っているため、彼が世に出た時は“千万死満”の正体か子なのではないかと疑われたりした。


「ですがその二カ月間、向こうがバラバラにならずに、ずっと一塊になっている非現実的な話になりますね。そして、オークやオーガを相手してる最中、無視されて先に行かれると、僕には止める手段がありません。また、首尾よく支配主を倒せても、オーク達は散り散りになってしまうでしょう。国境全体に軍を張り付かせる余裕はありますか?」


「むう……」


 レースの言葉に本陣の全員が唸る。


 レースは超越者であるが、戦略的な破壊力とは無縁であり、一度に軍全体を相手取ることはできない。そして運よく支配主を倒せたとしても、今度はバラバラになったオークとオーガに悩まされることになる。


 これが未開領域に戻るならいい。しかし、散ったオークとオーガが勝手気ままにサリーン帝国の国境に侵入すれば、とてもではないが全てを追うことは出来ず、各個撃破に持ち込む以前の問題になってしまう。


 その為指揮官たちは、個と軍の力を合わせて、できるだけオークとオーガを取り逃がさない決定を下すのであった。


 ◆


「いやあ、皆頑張ってるなあ」


 敵軍の侵攻予想地点から、川を挟んで野戦陣地が構築されている傍ら、レースは小高い丘に寝っ転がってその様子を眺めていた。


「てめえレース! なにさぼってやがる!」


 その丘にも陣地を構築するための資材を持ってきて、レースに怒鳴っているのは、傭兵裏ランキング五位にして、傭兵ギルド総ギルドマスターローガンの娘、レイチェルだ。彼女は美貌が台無しな目つきの悪さを更に鋭くしている。


「これはどこだ?」


「あっちだ」


 他の兵や傭兵は、ローガンの娘とレースに目を付けられないよう、黙々と仕事を開始する。


「僕の契約内容は、オークとオーガを始末することだからね」


「くそ親父といいあのおっさんといい、古い傭兵はこれだ! そりゃあ俺だって契約の順守はくそ親父から散々聞かされて理解もしてるけどよ! 流石に人類生存圏危険事態くらいは融通利かせろ!」


「ははは。まさかレイチェルに正論を言われる日が来るとは」


「なんだと!?」


 古い傭兵らしい建前で逃れようとしたレースだが、契約の順守を優先して人類が滅んだらどうするんだという、レイチェルのこれ以上ない正論には苦笑するしかない。


「まあでも仕方ないんだよ。全盛期のローガンさん率いる傭兵団が、契約外のことをしたら危険視されるのは分かるでしょ? “千万死満”も僕もそうさ。名と実力が頂点な連中は、気を利かして余計なことをするだけでも、周りが勝手に勘違いするんだ。こういう時はタダで働いてくれるんだ程度はマシ。酷い時は護衛依頼なのに、なんでか邪魔な奴を殺してくれると勘違いされるときもあるし、そういう奴は危険だから始末しないとって、更によく分からない勘違いを生むからね」


「まあ分からないでもないけどよ……」


「だから僕は他ならぬ傭兵として、与えられた権限と責任の範囲においてのみ全力を尽くすのさ。おっと、この前一緒に現場にいた吸血鬼騒ぎは、原因の排除が契約内容だったから未開領域に逆侵攻しただけで、勝手にやったわけじゃないよ」


 レイチェルは父ローガンの影響力を知っている身として、レースの理論にも一理あると頷かざるを得なかった。影響力の高い者が下手に動けば、その波及は果てが無くなるのだ。もし最強の傭兵が好き勝手動いてしまうなら尚更である。


「まあでも、実際人類の危機だから、多少契約外のことをしてもいいとは思うよ。それに君はまだそれほどだし」


「俺に影響力が無いって言いたいんだな!?」


「はははははは」


「くそ親父もおっさんも、てめえもくたばれ!」


「はははははは」


 伝説の傭兵ローガンの娘であるが故に、“千万死満”、そして笑うレースに散々遊ばれたレイチェルは、ドスドスと足音を立ててこの場を去るのであった。


 尤も、“千万死満”がトラウマなのは、散々悪戯をした彼女の若干自業自得な面があるが。

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