【過去】オーク

「えー、明日はオークが目撃されたらしい森の傍を通ります」


「は?」


 時刻は夜。焚火を囲いながらグレンは、三人娘にとんでもない爆弾発言をした。


「いやな、宿屋街で世間話をしたら、この先にある森でオークが出たって噂を聞いたんだよ」


 どこどこで戦争が起こりそうだ、野盗が出た、モンスターが出たといった情報は、傭兵にとってまさに飯のタネとなる。そのためグレンは、常日頃から人の集まる場所では、なにか面白いことはないかと聞きまわる習慣があった。この範囲は中々広く、酒場は勿論主婦による井戸端会議も盗み聞きしていた程で、そこでこれから向かう街道でオークが出たという話を聞いたのだ。


 余談だがこの習慣は後々も続いたのだが、現在のグレンが気のいい好青年として話を聞いていたのに比べ、未来の彼は酒場で草臥れた中年に混ざって話を聞きながら、すっかりそれに馴染んでいた。歳をとるとは残酷である。尤も未来の彼の妻は、ある程度の年齢になるとそこからずっと美しいままだったが。


「はいハンス君。オークの特徴を言ってくれたまえ」


「えーっと、大人の頭二つ分くらい大きいから頭を斬りにくい。肥満に見えて実は筋肉質だから、剣を突きさしにくくて抜けにくい。怪力だけど足が短いから動きは遅い。意外と頭が良くて罠にもかからない。どうだ!」


「はい満点。ご褒美の飴ちゃんです」


「わーい!」


 グレンに問いかけられたハンスは、武門の家として教えられた人間の敵対種族について思い出しながら答え、正解したご褒美として貰えた飴に喜んでいた。ルーナとテッサからは、子供かと思われていたが……。


「ハンスの言った通り、オークってのはそりゃ面倒なんだ。タフで馬鹿力だから、農民じゃ10人集まっても無理。勿論ベテランの傭兵なら楽勝だけどね」


「ということは超一流のお前なら大丈夫だな」


「だっはっはっはっは! 当然だとも当然!」


 腕を大袈裟に上げて、こんなにデカいんだぞ、恐ろしいんだぞと表現するグレンだが、ルーナの言葉にそれはもう気をよくして胸を張りながら笑う。勿論だが単にルーナがあしらってるだけだ。


「オークはお金になりますか?」


 一方で、何処までも現実的なテッサが、オークの価値について尋ねた。この世界では有用なモンスターの素材は高値で取引され、傭兵と違い冒険者は、それによって生計を立てている者も多かった。


「肝臓に色々栄養を溜めててな。それがいい滋養強壮の薬とかになるみたいで、男が三日四日食えるだけの値段になる」


「そうですか」


 ふむふむと頷くテッサは、この旅の中でどんどん金銭感覚が磨かれていた。そしてこれまた余談だが、このオークの滋養強壮薬、後にグレンは三人娘に一服盛られ、更に後には、こ、これがないと夜が……と呻く羽目になる。何故かは分からないが。


「いやあ、昔に万を超えたオークの大群とやり合ったことがあるけど、中々稼ぎになったな。オーク自体が歩合で殺したら金になるし、肝臓も売っぱらって金になると来た」


「値崩れを起こさないのですか?」


「戦場じゃ綺麗な死体ってのはそうそうないからな」


 戦場で内臓が無事なオークの死体など滅多にない。炭化していたり臓物が飛び出たりはいい方で、中には魔法攻撃によって、体の半分以上が消し飛んでいたりする。


 それともう一つ値崩れしない原因が……


「それに男の面子が掛かってるから、薬の需要は常にあるのさ。けけけ」


「はん?」

「はい?」

「飴美味しい」


 グレンの言葉に少女達は、何を言ってるんだこいつは、と首を傾げていたが、これも後々詳しくなる。


「おっと。ちんちくりん達には早かったな。勿論俺にも、いやそもそも必要ねえわ。けけけけ」


 そしてもう一度言うが、これが後年その薬の世話になる男のセリフ、いや遺言だった。まあ未来の彼の言葉を借りるなら、三人同時は無理だから! らめえええ! である。


「そんじゃそろそろ寝るか」


「ああ」


 そんな墓穴掘りが少女達に就寝を促すと、彼女達も大人しく眠りにつくのであった。


 ◆


 ◆


 ◆


「おーっとプリン止まってくれ」


「どうした?」


 次の日も、相変わらずプリンののんびりとしたパカ、パカ、という足音を聞きながら逃避行をしていた一行だが、グレンがプリンの手綱を引きその足を止めた。


「うん?……あれか?」


「あれだな。本当に出るとは思わなかった」


 不審に思ったルーナが、荷馬車の覗き窓から外を窺うと、進路の街道のすぐ脇にそれはいた。


 高さは平均的な男性の身長はあるグレンの頭三つほど上で、横幅を測ろうとすれば彼の腕三つでは足りない太さ、肌は肌色というにはあまりにも汚らしく、頭は上から押さえつけられて潰れた豚の様だった。


 尤もオークについて注意喚起したグレンだったが、噂話は話半分で聞いていた上、もしいたとしても自分達がタイミングよく出くわす可能性は低いと考えていた。


「しゃあない。プリンを食おうと襲ってくるだろうし害獣だからな。始末するか」


「あ、おい」

「気軽に言いましたね」

「プ、プリンを食べるのか!?」


 グレンは三人娘の戸惑いの声を聞きながら、腰に提げていたメイスをくるりと回転させて掴み、オークに向かって風の様に駆け出した。


『グブ!?』


「はい一丁上がり」


 オークにグレンの言葉は聞こえなかった。


 食べようとしたウサギが逃げ込んだ、地面の巣穴に集中していたオークは、最後の最後まで自分の頭部が拉げた事に気が付かず絶命した。それはつまり、人間よりもずっとタフで骨が固いオークを、一撃で絶命せしめたという事だ。


「あーあ勿体ねえ。街が近くなら頭と肝臓を取ってくんだけどな」


 人間を積極的に襲うオークは、その頭部を街へ持って行けば、報酬金が支払われることが多く、また肝臓もいい値段で売れるのだが、それを腐らせずに持って行く手段がなく、三人娘もオークの生首と旅するのは御免だろうと、グレンは肩を竦めながら馬車へと戻っていく。


「……お前、やっぱり凄いな」

「……ちなみにあなたを雇うとしたらいくらです?」

「うちの家臣に加えてやるぞ!」


「だーっはっはっは! そりゃもう高額だともテッサ。それと家臣は嫌だね! だっはっはっは!」


 三人娘の称賛? に気をよくして笑うグレン。まさか将来、その高額な契約金とやらはタダに、家臣ではなく夫になるとは夢にも思っていなかった頃の話。

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