【現代】パーティー
バンベルト王国に限らずこの世界の祝勝会は割と雑だ。
正式な戦勝の報告こそ畏まったものになるが、祝勝会は将軍や騎士を労わるための宴会という面が強くなる。上品な食事会とは縁遠い立食で、着飾った婦人が騎士に武勇伝を聞いて回り称え、将軍と高位貴族が当たり障りのない話で盛り上がったふりをする。
そんなある意味気楽な場だから、社交界に慣れ始めた娘たちを連れてくる者も多い。大人とも子供とも言えない微妙な年齢の少女達もまた、宮廷という戦場に慣れていくのだが、下品にならない程度に熱い視線をある人物に送っていた。
(はあ……)
(優しそうなお顔……)
少女たちが心の中でほうっと溜息を吐きながら視線を送る先。
整った顔立ちに柔和な笑みを絶やさず、しっかりとした背丈。今は持っていないが、歳に合わないステッキを持つ姿が様になると言われている年若い青年。
テレサ・サリヴァン公爵の一人息子であるレジナルド・サリヴァンであった。
ただこのレジナルド、父親がはっきりしないことと本人の気品が合わさり、別大陸から流浪した王子の子ではないかと噂されていた。
これには似たような事例があるというとんでもない背景がある。サリヴァン公爵家は代々王の側近として仕えているのだが、数百年前に逃げ込んできたとある流浪の王子をバンベルト王国が匿った際、なんと当時のサリヴァン公爵家の娘と王子が恋仲になったのだ。
しかもその王子が国元に帰れることができる情勢になった時、両者の間に子供が生まれていたため、そのまま女は王妃に、子は王族の一員として一緒に旅立ったという歴史があった。
古き良き大らかさと言うべきかは悩むが、とんでもない例だ。尤もレジナルドの場合は、流浪の王子ではなく未だに傭兵団から追放されたと言い張っている自称傭兵の子である。
そして以前にも述べたように社交界で噂になっている貴公子は、グレンから傭兵免許皆伝を言い渡されており、レースですらも年齢を考えたら十分以上。将来も有望と評価している立派な戦士でもあった。
(そろそろ始まるかな?)
そんなレジナルドがすぐ主役がやってくるだろうと判断する。
正式な爵位は持っていないが、公爵家嫡男が祝勝会の会場にやって来る順番は最後の方と決まっているため、後に残すは主役ともいえるジャクソン将軍ともう一人、そして女王であるルナーリアだ。
(ああ来た来た)
レジナルドの視線の先に、声こそなかったが場の空気がざわりと騒がしくなった原因がいた。
一人は軍の指揮官であった老将軍ジャクソン。女王ルナーリアの許可が出て正式に隠居が決まり、これが最後の仕事だと晴れやかな気持ちの老将軍は、歴戦の武人だけあって貴族として相応しい服装を着ていても体の厚みと骨格でただ者ではないことが分かる。
だが場の空気が騒がしくなった原因はもう一人の方。ジャクソンと共に会場に入ってきた怪人である。
儀礼服を纏っていようが黒い布を頭にぐるぐると巻いたその姿は誰がどう見ても不審者であり、通常ならば衛兵が即座に取り押さえるだろう。
しかし、この怪人はバンベルト王国の将軍であり、ジャクソン将軍と共に軍を率いていた祝勝会の主役なのだ。
(先に楽隠居だとぉ!? 俺の気持ちを裏切ったんだなジャクソンンンン! 一緒に死ぬまで仕事しようと誓ったじゃねえかあああ!)
底なしの馬鹿であっても。
(あれが“千万死満”……)
(話には聞いていたけど……)
年若い貴族の子女は困惑したように、あれが親から話に聞いていた怪人“千万死満”かと注視していた。
ここ十数年は活動していなかった“千万死満”は、年若い者達にとって過去の人物であり、その武勇を直接見る機会はなく、半ば伝説上の人物であった。
(なんで黒い布を巻いているの?)
(完全に不審者……)
(ぐすん……俺だって痛いことは分かってるんだ……でもやめるタイミングがなかったんだよ……)
つまり“千万死満”ことグレンが懸念した通り、外見で不審者扱いされていた。それが分かる彼は、ジャクソンへの心の文句を止めてどんよりとする。
そして最後にやって来るのが側近中の側近である、テレサとハンナを連れたルナーリアである。しかし、この世界全体で祝勝会は色々と緩いため、参加者は跪かずに頭を下げることで出迎えた。
「古来からの伝統に則り早速始めようか。さあ、勝利を祝おう」
(母上たち機嫌よさそうだなあ)
レジナルドは余分な文言もなく祝勝会の開催を宣言したルナーリアや、ハンナ、母であるテレサが、上機嫌であることを察した。
尤もそれは……。
やつれているグレンの犠牲があってこそだったが。
「ジャクソン将軍、勝利をお祝いいたしますぞ」
「騎士殿、よければ戦場でのお話をお聞かせくれませんか?」
「義兄上、ご勝利おめでとうございます」
祝勝会が始まると高位の貴族はジャクソンや指揮官格の者達に、ご婦人達は精悍な騎士達に、他にも身内同士が勝利を祝う。
そして女王ルナーリアの傍で控えている、テレサ・サリヴァン公爵の代理としてここにいるレジナルドも高位の者として将軍級の者に挨拶をしなければならない。
「ジャクソン将軍もついに隠居か。さみしくなるのう」
「ですなあ。百歳までは現役でいられるでしょうに」
「それは儂でも無理じゃ」
「さて、いけると思いますがね」
「だから無理、おお。レジナルド」
グレンはパーティー会場で完全に浮いている訳ではない。現に今も昔から付き合いがあり、七十歳を超えて現役で外交に携わっている、一部では妖怪爺呼ばわりされているウィルソン公爵と話し合っていた。
その妖怪爺がやってくるレジナルドに気が付くと、僅かに手を動かして手招きした。
「将軍、ご勝利おめでとうございます」
「ありがとう」
話に混ざる形になったレジナルドが、将軍“千万死満”の勝利を祝う。
父と子の会話としては固いが、関係性を表に出せば危険なのだ。
戦場で活躍すればするほど、因縁や憎悪といった副産物が出来上がる。ましてや二つの大陸において、表でも裏でも最強として活躍した“千万死満”だ。戦いに関することにおいてだけ抜群の記憶力を所持する彼ですら、全く身に覚えがなく、把握していない因縁で殺し合いになったのは一度や二度ではない。
そのため状況証拠でレジナルド達の父が“千万死満”の可能性があるのと、公表され確定した親子関係であるのとでは、子供達への危険性が全く違うものとなる。
(お父さんはお仕事頑張ってきました)
(お疲れ様です)
尤も心では通じ合っているようで、奇跡的に会話が成立していた。
形は少々違うが、美人お嫁さんと子供のいる状態でパーティーに参加するという、かつてグレンが放り投げたメイスは、間違いなく彼の後頭部に直撃しているのであった。
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