【現代】パーティー前の下っ端料理人

 着の身着のままでパーティーという名の馬鹿騒ぎを行える傭兵たちと異なり、貴族や騎士はそういかない。単なる騎士も戦塵を洗い落とし身嗜みを整える必要があるし、指揮官や貴族は事後処理がある。そのため軍が帰ってきてすぐ祝勝会は行わず、少しの間があることになる。


 そして諸々の用事で奔走する貴族や騎士と同じように、使用人たちも祝勝パーティーの準備をするため王城で奔走していたが、普段から忙しい部署が存在していた。


「野菜は切り終わったかあ!?」


「もうちょっとですー!」


「ちょっと味が薄いか?」


 王城の厨房である。


 野菜が切られる音、肉が焼かれる音と匂い、そして料理人たちの声で騒がしい厨房は、王城にいる者達の食事を作るため日夜忙しかった。


 そんな忙しい厨房の中で、大鍋の中で煮えるシチューをかき混ぜている冴えない中年料理人がいた。


「グレン―! シチューはどうだあ!?」


「へい親方! いい感じになってます!」


 料理長にシチューの出来具合を確認されている男、グレン。バンベルト王国王城の厨房で働くうだつが上がらない下っ端料理人である。もういい年なのに下っ端なのは、王城のあちこちで便利屋として働いている雑用係のような人物であるため、専門の料理人ではないことが原因だろう。


 ただ、王城のあちこちで働けることからも分かる通り、身元の確認はかなりしっかり行われている……ことになっているため、忙しい時はよく厨房にも駆り出されていた。


「よーし! 一息ついたら賄いも任せたぞ!」


「へい親方!」


 しかも厨房で働く者達の賄い料理を作る係でもある。まさに下っ端。だがこの料理人、各地の変わった料理を知っているため、いつもの賄い料理に飽き飽きしている者達から有難がられる不思議な存在であった。


「確認だが祝勝会当日は厨房にこれないんだな?」


「ちょっとその前後で王都の外の仕事を任されまして……」


「分かった」


 そして祝勝会は別の仕事があるらしきグレン。顔は疲れ切ったような傭兵“ちまちま”グレンのものとは違い、顔の各部位が丸く同名の別人であることが分かる。


 外見上はである。下っ端料理人の正体は、変装の魔道具を被ったメイス愛好会会長グレンであった。


 そのため祝勝会の主役が厨房で賄い飯を作れるはずもなく、外に行く必要があると言ったのだ。


(よくぞまあ……背筋が寒くなるというかなんというか……)


 それを見ていた中年男性の料理人の一人、名をライリーは背筋が寒くなる。


 彼はテレサ率いる影の部門に所属する存在であり、厨房に忍び込んだ“鼠”を排除する重要な任を受けている一人だ。


(“千万死満”が厨房の下っ端って……昔の人間が知ったらひっくり返る……いや、知ってる人間は腹を抱えるかな……)


 そのため下っ端賄い係グレンの正体も知っていたので、彼がひいこら言いながら厨房で働いていると酷い違和感を覚える羽目になっていた。


 裏の部門は王族の護衛を行う都合上、戦闘技術を極めている者が多く、ライリーもその例に漏れない。だがそんなライリーを歯牙にもかけない怪物の中の怪物。二つの大陸において最強の代名詞である“千万死満”が、厨房の下っ端なのだから色々とおかしいのは間違いない。


(アルフォンス! ミナ! 父ちゃんは頑張ってるぞ!)


 一方、テレサの伝手というある意味非正規で厨房に入り込んだ“鼠”そのものであるグレンの目的は、周りで働いている者と同じ、家族のためだ。


 ただし、家のために賃金を得ている料理人や使用人とは違い、グレンの目的はもっと直接的で、ルナーリアとの息子であるアルフォンス王子とミナ王女のためだ。


 以前にも述べたが王族への料理は毒見という工程が挟まるため、冷めた料理しか出てこない。しかし、せめて偶には温かい料理を食べさせてあげたいという親心から厨房に潜り込んだグレンだが、いつの間にかすっかり板について下っ端料理人の地位を確立していたのだ。


 尤も宮廷政治ならぬ厨房政治と無関係であるため、これ以上の出世の見込みは完全になかったし、料理人を志すつもりもなかった。


(お。今日の賄いは期待できそうだぞ)


 なかったが……色々な料理を知っていることに加え、単純に腕前もそこそこ好評だった。


 メイスで叩き潰すを信条にしているが剣も一流な物騒な料理人は、自炊をしなければ話にならない元旅の傭兵であり、包丁の扱いもお手の物。更には旅の途中で拾った小娘三人と色々やっているうちに、料理の腕前を上げた経緯があった。


(契約と金銭のやりくり。炊事洗濯諸々。後輩への教育。傭兵道を極めることと家事を極めることは同義である。昔の傭兵はいいことを言った!)


 グレンは忙しく働きまわりながら馬鹿な発想に至る。


 尤も家事全般を行えて、子供達に生きる術を教え込み、妻たちに尻に敷かれながら愛し合っているのだから、家庭の人間としての適性は非常に高いのかもしれない。


 それはともかく、哀愁を漂わせようと仕事には真面目な王城の便利屋グレンは、今日も仕事を頑張るのであった。


 なおあくまで本業は傭兵である。

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