【現代】パーティー?

「かんぱーい!」


「わはははははは!」


「飲め飲めー!」


「がははははははは!」


 夜のバンベルト王国。傭兵達が馴染みの酒場のあちこちで、オークとオーガたちに勝利した祝杯を挙げる。


 それは味より量を公言する潔い酒場、赤き血潮という少々物騒な名前の店も例外ではない。


 様々な人種や風貌の客、傭兵が入り混じっている赤き血潮は、小さな傭兵団やこじゃれた店が嫌いな傭兵が贔屓にしているそこそこ大きな店だ。


「おう生きてたか!」


「おめえこそな!」


「いやあ見せてやりたかったぜ。俺がオーガの首をぶった切ったところをよお」


「そのオーガちゃんと生きてたんだろうな?」


「当たり前だ!」


 そのためあちこちのテーブルでは、この酒場でしか付き合いがない者達が酒を飲み交わしたり、己の武勇伝を自慢し合っていた。


「親父ー! 酒が足んねえぞー!」


「こっちもだー!」


「分かっとるから待ってろ!」


「禿げ親父が怒ったぞー!」


「わはは!」


 酒場の名物親父である店主サイラスが、50歳を超えているにしては逞しい腕に酒を注ぎ続けながら怒鳴る。だがこの男、禿げあがった頭部だけではなく全身にいくつもの切り傷があり、馬鹿にしているような言葉を叫ぶ傭兵達から敬意を向けられていた。


 なにせ彼はかつて最高と名高かったローガン率いる傭兵団出身の男であり、そこらの傭兵なら裸足で逃げ出す武勇伝と経歴の持ち主であった。


「おい禿げ親父こっちもだー!」


「待ってつってんだろうが!」


 だが今のサイラスは酒場の愛すべき親父であり、傭兵らしく遠慮のない客に向かって怒鳴りながら仕事をしていた。


「邪魔すんぞー」


 騒がしい赤き血潮に新たな客が入ってくる。若干猫背気味で顔には皴があり、くたびれ果てたような中年男性であった。


「ちまちまじゃねえか!」


「おめえ戦場にいたかあ?」


「俺は見てねえぞー!」


 男、ちまちまというあだ名を持つグレンが入店すると、彼を知っている一部の傭兵が囃し立てる。


「ちゃんといたわ! 安くてうまい酒よろしく!」


 グレンは戦場にいたことを主張しながらカウンター席にどっかりと座り、サイラスに雑な注文を放り投げた。


「うちの酒はどれも安くてうまいだろうが!」


「安いってのは同意するよ。安いってのはな」


「ぎゃははは! ちまちまと初めて同じ意見になった!」


「確かに!」


 怒鳴って反論するサイラスにグレンは現実を告げると、それを聞いていた傭兵達が騒がしく笑った。


「ほらよ!」


「あんがとよ!」


 グレンは雑に返事をしながらどんと置かれた酒を引っ掴むと、口に流し込んだ。


 態々グレンが馬鹿にされると分かっていてもこの酒場に来たのは、陰謀を暴くためでも危険因子を排除するためでもない。


(戦う、稼ぐ、飲む。これが傭兵だよな)


 皴が出始めかつての張りがない頬を僅かに緩ませたグレンは、単に昔懐かしい喧騒に魅かれてやって来ただけであり、大それた目的は全くなかった。


「よーし歌うぞー!」


「おー!」


「お前らのきたねえ歌とか勘弁しろ!」


「ははははは!」


 そんなグレンなどお構いなしに酒場は騒がしく、王都全体でどんちゃん騒ぎが起こっていた。


 ◆


 閉店間近の赤き血潮のカウンターでグレンがぐったりとしていた。


「おーいちまちま! 身包み剥がされても知らねえぞ! がはははははは!」


「くたばってんじゃねえか!?」


「家に帰れるといいな!」


 酔っぱらって声量が大きくなっている傭兵たちも、グレンの惨状を笑いながら退店していく。


 そして少々の間があり。


「……久しぶりの戦場だったろ」


 サイラスがそうぽつりと漏らした。


「ふふ。ああ、そうだな。お前さんもローガンも上手く折り合いをつけたよ。俺くらいダラダラやってる奴はそういないだろ。おっと、レースを引き合いに出すなよ。ありゃ変人中の変人だ」


 グレンは突っ伏したままほろ苦く笑う。


 ローガン傭兵団に所属していたサイラスは、傭兵ちまちまではなく千万死満グレンであることも、彼が久しぶりに戦場へ出陣したことも知っていた。


「俺らにはお前っていう壁があった別の道を模索したんだ」


「ああ、なるほどな……それはあんまり考えなかったな」


「頂点には頂点の悩み、か。ぶつかる壁がないから横道に行けない」


「不器用で別の生き方ができないだけさ」


「どうだか」


 サイラスはグレンが口だけではなく、恐らく本心でも不器用で傭兵の生き方しかできないと言っているのは分かっている。しかし、自分の考え方も間違ってはいないと思った。


 哀愁を纏う傭兵千万死満とは最強の代名詞であり、人生に存在する強さという誰もが諦める壁が存在しないのだ。そのせいでサイラスのように限界を感じて、もしくは大怪我をして傭兵を諦めるという状況に陥らない。他の選択肢を真剣に模索する必要性を感じないことを意味する。


 だから昔懐かしさで傭兵の仕事をもう一度行おうと考え、しかも通用するどころか未だに最強であるため傭兵から完全に離れることができない。


「ごっそうさん。また機会があったら寄るわ」


「おう。金は置いて行けよ」


「当たり前……ちょっと待て。ほっ。あったあった」


「もう少しで皿洗いだったな」


 金を置いて帰ろうとしたグレンだが、自分の財布の中身はそういやどうなってたと一瞬焦り、ちゃんと金があることにほっとした。


「そんじゃな」


「おう」


 最近復帰した傭兵と元傭兵らしく、短い別れの言葉と共にグレンは去る。


 バンベルト王国の祝勝会も控えているのだから。

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