【過去】戦いの教え

 グレンが傭兵流戦闘訓練と称して、野営の準備が終わった後に設けている時間がある。これはその名称通りで、剣なんてものを碌に握ったことがないルーナやテッサに、グレンが生きるための戦い方を教えようとしたことが発端である。


 ただ、武器を扱えるハンスも少々問題を抱えていた。


「よーしハンス、かかってこーい!」


「我が名は」


 グレンが作った雑な木剣を手にしたハンスは、なんと名乗りを上げようとしたのだ。


「はい隙あり! ハンス討ち取ったり!」


「ぐえ!?」


 それをみすみす見逃すグレンではない。彼に頭を叩かれたハンスは女の子らしくない呻き声を漏らしてしまった。


「な、名乗りを上げてる者に攻撃するなんて、末代まで恥になるんだぞ!?」


「そりゃ困る。末代は知らんけど、息子と娘に嫌われたくないからな。けけけ」


 若干涙目になっているハンスは頭を押さえながら抗議したが、グレンはどこ吹く風だ。


「まあちょっと真面目な話もしようか。お前さんにそう教えた奴は、武門の生き方としてならどこまでも正しい。冗談抜きに武門の家ってのは面子と武力、体面で飯食って、戦争で守らないといけない最後の理性を守ってる砦だ。卑怯なことはしない。名乗りはちゃんとする。戦場の掟は厳守するってな感じでな。代々武門の家がなくなったら、そこらじゅうで毒矢が飛び交うだろうさ」


「そうだろう!」


「だけどハンス、俺と初めて会った時の話だが、お前さん達を追ってた連中にも名乗ったか?」


「いや、それは……裏切って最初っから私達を殺そうとしてた連中に名乗っても意味ないし……」


「んだ。名乗ったところで問答無用な連中と状況ってのは、生きてたらどっかで遭遇する。そんで俺が教えられるのは、生きるための戦い方で、礼儀作法とは無縁のものだ」


 珍しく真面目な顔をしたグレンは、ハンスだけではなくルーナとテッサにも聞こえるように武を尊ぶ家の重要性と、それから外れた生き方もまた確かにあることを伝える。


 戦場がなんでもありではなく、ある種のルールが存在するのは、武門の貴族達が伝統と言う名の下に不文律を守っているからだ。


 それを考えるとハンスの名乗りと言う形式は、伝統を守るための第一歩であり必要なことである。しかし、暗殺者や反逆者は既に伝統の外にいる存在であり、お行儀よくしていたら身を守ることができないのもまた事実であった。


 なおハンス達は身分を隠している体だが今更だ。


「そんで前にも言ったけど、相手が鎧を付けてないなら股間を狙え。剣で刺されたら俺でも死ぬか動けなくなる。それ以外なら逃げた方が無難だ。本当ならメイスを振るえば全部解決するんだが、極めるにはまだ筋肉が足りんよ筋肉が」


 容赦ないグレンの教えに目を見合わせるルーナ達だが、結局メイスの話題に収束して言うと思ったと呆れていた。


「粉砕する槌教がこっちにもあったら訓練の場を借りられるんだがな」


「なんだそれは?」


「隣の大陸で流行ってる、戦神ロヴォゴンが主神の宗派さ。俺はそこそこ顔が利くから、神殿にある訓練場くらいは借りられてたんだ。尤も政治的なごたごたには不干渉の立場だから、直接力を貸してくれることはないだろうが」


 グレンが口にした粉砕する槌教は、この時代ではルーナが知らない通り、こちらの大陸ではほぼ無名の存在である。


「その粉砕する槌教の信徒なのですか?」


「いんや。ただ、ロヴォゴン神の武器はメイスでな。俺くらいメイスを信仰してる奴はそういないから、そのうちロヴォゴン神に直接会えるかもしれん」


「まあ、その……なるほど」


 疑問に思ったテッサがグレンに問うと、またメイスについて熱く語り始めたので、彼女は何とも言えない表情になる。


 現代で神と直接会える者は稀も稀であり、それこそ奇跡に等しい。しかし、グレンのメイスに対する信仰心を考えると、その奇跡が起こり得ると思ってしまったのである。


 なお、テッサだけではなくルーナとハンスも、将来そのロヴォゴン神からのお言葉を賜るのだが、内容は以前にも述べた通り、お前達の旦那が作ろうとしている五十メートル越えのメイスを止めてくれというものだった。


「それは置いておいて、生き汚く。しぶとく。それが傭兵流の戦い方だ。損はさせんから覚えてくれ。そんじゃルーナとテッサはまず短剣の握り方からだな」


 逸れていた話を修正したグレンが、傭兵としての教えを続けようとする。


「あ、そうだ。お嬢様方に子供が生まれた時、お行儀がいいだけじゃだめだと思ったら、俺が教えに行ってやるよ。けけけ」


 最後に墓穴をしっかりと掘ることを忘れない墓穴堀りの鑑と称賛されるべきだろう。


 そのお嬢様方の子供に教えに行くどころか、未来で自分とお嬢様方との間に生まれた子供に、傭兵流戦闘術とやらを教えることになる男の、ある意味遺言であった。もし墓碑に遺言を刻むと、塔のような物が出来上がるかもしれない。


 そして墓穴掘りが墓穴に埋まった時代……その子供達は全員が見事なまでにグレンの血が影響して、戦うことの才能に溢れていた。

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傭兵楽隠居ー楽隠居にはまだ早い! 妾達にしたことの責任はきっちりとってもらうぞこの宿六!ー 福朗 @fukuiti

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