【現代】行軍
前書き
こちらの作品でも新年明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!
◆
『聞け兵達よ! 現在サリーン帝国にオークとオーガ達がその悪しき手を伸ばそうとしている! これは明確に我々人間種の危機だ!』
バンベルト王国王都の郊外。そこで集結した軍勢に向かって、ルナーリア女王が特設された櫓の上から演説をしていた。
『これを我が国は静観しない!』
魔法によって拡散された声は軍の隅々まで行き渡り、兵達はその鍛え抜かれた屈強な体と精神で、敬愛する女王に無言で応え続けている。
『お前達は人間という種族全ての為にその剣を振るう!』
常に外敵を打ち払って来た王国の兵は精強無比で知られ、その鈍く輝く鎧の光はまさに彼らの栄光の証であった。
『なあに、妾は寛大だ。お前達が捧げた剣を、妾ではなく人類の為に振るう事を許すとも』
『ははははは!』
時には王国最強の盾黒騎士に、時には王国最強の矛"千万死満"に、そして時には女王自らに率いられた彼らは、その覇気から一転して親し気になったルナーリアの言葉に笑う。
『だからこそ帰って再び妾の、そして王国の為に剣を振るえ! よいな!』
『ははあっ!』
ルナーリアが与えたその命令に、兵達は裂帛の気合で応えるのであった。
かくしてバンベルト王国が誇る兵士達は行軍を開始する。
目指すは人類を脅かす外敵共に侵されようとするサリーン帝国。
◆
◆
◆
「必要な事だが全く持って気が進まん」
「……」
「まあ、その……」
兵達を激励し終わったルナーリアが王城の執務室へと戻ると、自らの右腕であるハンナ、左腕であるテレサに不満を漏らしながらどっかりと豪奢な椅子に座り込んだが、ハンナとテレサはお互いを困ったように見るだけだ。
「オークとオーガ共め。損しか生まんではないか」
これこそがまさに、人類の危機に立ち向かうための軍を派遣する事となった、周辺国家全ての共通認識だ。
オークとオーガと戦うなど、自国の領地が増える訳でも、なんらかの金銭が発生する訳でもなく、人命と物資を消耗させてマイナスが起こらない様にするだけなのだ。そのためバンベルト王国の頂点であるルナーリアもまた、大いに不満を持っている内の一人となっていた。しかし、一応これは人類を守るための名誉なこととされており、テレサとハンナはルナーリアの言葉に素直に頷くことも出来ず、困った顔をするしかなかった。
いや、ひょっとしたらルナーリアの眉を顰めた顔が、この赤字どうするんだよと紙を凝視している自分達の亭主とそっくりだったからかもしれない。
「それに、いやなんでもない」
そしてもう一つルナーリアが不満に思っている事があったが、それについて彼女は首を振りながら言葉を濁した。しかしハンナもテレサもそれがなにか分かっている。なんなら二人とも同じ思いを抱いていた。
「俺仕事行ってくるからー」
そう、その原因は呑気な声でこれから一仕事してくると言いながら、執務室にやって来た彼女達の亭主であるグレンだ。
実は軍の派遣が決まったとき、誰が率いるかという話も当然しなければならなかった。だがバンベルト王国は国内や隣国への進軍の経験は豊富であったが、国境を幾つも超えての遠征は殆どしたことがなかったため当初は人選に苦労していた。
"千万死満"が現役に復帰するまで。
動乱期のバンベルト王国において、ルナーリア女王側の実質的な総指揮官であった"千万死満"は、傭兵ながら人材の不足故に軍を率いて数々の戦い、決戦を勝利に導いており、傭兵大将軍とまで謳われていた。そんな存在が現役復帰を果たして、傭兵としてサリーン帝国に派遣されることとなったのだ。
そこでルナーリアが待ったを掛けた。"千万死満"は傭兵として無期限の契約をルナーリア女王と結んでいるため、どうせ派遣されるならバンベルト王国軍の実質的な指揮官としてしまおうと任命したのだ。そうすれば行軍も問題ないし、傭兵なのに動乱期が終わったのはとっくの昔にも関わらず、未だ王国の軍籍に身を置いている"千万死満"なら、国家として大事な戦力を提供したとして色々と恩を売れるとルナーリアは考えたのだ。
この話を聞いた時傭兵達は、流石はかつて名高き"千万死満"だ。彼ほどになると国家と専属の契約を結び、女王から直接指名されるほどになるのかと感嘆していた。が、その契約の実態が人生の墓場的な物だと知っている傭兵ギルド総マスターや個人ランキング一位は、この件についてご愁傷さまと思っていた。
「ああ行って来い行ってこい。宿六もようやく仕事だ」
これこそがルナーリア達の不満であった。自分の亭主が軍を率いるとなれば、数か月単位で帰って来れないだろう。ルナーリアとしては絶対に口に出さないが、その間寂しいではないかと思っていた。
「ご無事でお帰り下さい」
「武運を」
それは勿論テレサとハンナも同じだ。口では彼を送り出しながら、出来れば早く帰って来て欲しいと切ない思いで願っていた。
「むぐ!?」
「あ!?」
「んむ!?」
だがそんな彼女達に、グレンが急に近づいてその唇を次々に奪っていった。
「なるべく早く帰って来るからいい子で待ってろよ」
完全に尻に敷かれているグレンだが、今でも時折見せる若い頃の様な、彼女達を手玉に取っていた余裕ある笑みを浮かべ、呆然としている自分の妻に手をひらひらと振り執務室を出て行った。
「馬鹿……」
「もう……」
「まったく……」
完全にやり込められた三人は、顔を赤くしながら自分の唇に指を当てて呟くのであった。
帰ってきたらベッドの上で覚悟しろと思いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます