【過去】行軍
「うーん今日もいい天気だ」
カッポカッポと蹄の音を鳴らすプリンが、からりと晴れた街道を進んでいく。その天気のよさにグレンはのんびりとしており、つい昼寝でもしそうな雰囲気だ。とてもではないが、深夜に大勢の傭兵、いや、野盗を殺し尽くした男とは思えない。しかも面倒ごとは御免だと、死体を放置して慌てて宿屋街から逃げ出していたため、近隣住人は大いに困惑していた。
「まだ暫くここの領地が続くか」
「はいルーナ様。その分安全ではありますが……」
「目的地はまだまだ……」
そんな気楽なグレンに変わってその後ろの隠し空間では、少女達が地図とにらめっこしていた。
未だ宰相と敵対している者の領地なため、直接刺客に襲われる危険は少なかったが、彼女達が目指している隣国はまだまだ遠く、山超え谷超え川越えしなければならなかった。
「嬢ちゃん達、遠くに軍勢が見えたから大声出さないようにな」
「なに……?」
そんな難しい顔をしていた少女達だが、グレンの言葉に慌てて覗き穴に群がる。
「こっちに来ているな……妾達のいた街に向かっているのか?」
「多分な」
ルーナが自分達の方へ向かってくる人の群れを見てぼそりと呟き、グレンもそれに同意した。
「道の脇に止めるぞ」
「またプリンが徴収されないか?」
「大丈夫だ。見たところ、それほど権限が大きそうな部隊じゃない。馬鹿がいたら分からんが」
グレンがプリンを手綱で制御して街道の脇に荷馬車を止めるが、ハンスは自分達が寄った街で危うくプリンを徴収されそうになったことを思い出して懸念する。しかし、グレンはその軍勢を見てまずそんな事は起こらんだろうと思っていた。
「ふざけんなよ……」
「どうして俺が……」
「けっ」
その軍勢を果たしてそのまま軍勢と言っていいのか。200人ほどの男達がぶつぶつと文句を言いながら歩き、肩に乗せた槍はみすぼらしく所々裂け、鎧なんてものは誰も身に付けず、先頭を歩いている者達だってそれに比べたら比較的マシといった感じで、とてもではないが軍と呼ぶには値しないような集団だった。
それをグレンは、下民らしく地に伏せながらやり過ごすと、再び御者として席に座りプリンに歩を進めるよう促した。
「今のは……兵なのか?」
「それにしては……」
「兵ではないです!」
その様子を少女達も見ていたルーナとテッサは首を傾げ、ハンスはあれは兵ではないと断言していた。
「立派な兵だとも。嬢ちゃん達が見たことあるのは上澄みだろうな。ほら、近衛とか貴族お抱えの精鋭とかだ」
「そう、なのか?」
「ふむ……そういえば確かに……」
「いやだが、それにしてもだろう!?」
グレンの断言だが実際その通りだ。困惑しているルーナの周りにかつていた者達は選りすぐりの兵だったし、納得しているテッサの両親の周りもお抱えの精兵達がいた。そして一番大きな声を出しているハンスに至っては武門の名家出身であり、使用人すらその心得がある者が多い程だ。あんな練度のれの字もない様な者達が兵だとは夢にも思っていなかった。
「元はどっかの農民だろうけど、御上に徴兵されてお前は兵って言われた瞬間からそいつは兵なのさ」
「……役に立つのか?」
「そりゃ勿論。前で槍構えて突っ立ってりゃいいだけなんだ。後は突撃しろって言われたら前へ走るだけ。簡単だろ?」
ルーナの問いに大真面目に返答するグレンだが、その際に発生する被害だの、農民1人1人に人生なんだのは言わなかった。彼女達の立場と身分で必要以上に、そして変に同情すれば、それ以上のものが奪われてしまうからだ。何度も言うがそういう時代ではない。
「それ以上を求めるんなら金掛けて兵を鍛えるんだな。大真面目に言うけど、農兵はそこで戦えか前に進めしか理解できないぞ。勝手に退く事はするけどな」
「いや、流石にそれはないだろ」
「ふ、ハンスは戦場に夢を見過ぎだな。騎士にとっちゃ一番槍は誉れでも、農兵にとっちゃ冗談じゃないんだ。前進だって誰かが行かなきゃ行かんぞ。マジで。まあ、だから指揮官階級が先頭で率いるから、そのまま捕虜にしての身代金が楽で美味しいんだけど」
ハンスが自分の知っている領民兵を思い出しながら否定するが、グレンの言う通り戦場での農兵はストレスで思考が麻痺している上、死にたくないという集団的無意識に支配されており、本当に単純な命令しか従わない。いや、従えない。
「それと長距離の行軍も気を付けろよ。気が付けば皆いなくなってるから。それが嫌なら頑張ってちゃんとした兵を鍛えましょう」
「そんな金はない」
「けけけ。俺にお小遣くれるんじゃなかったのか?」
「今に見ているがいい……!」
「不敬です」
「自分からお小遣い下さいって言わせてやる!」
「けけけけ」
きっぱりと金がないと自慢できない事を言い切るルーナに、厭味ったらしく笑うグレンだが、またしても墓穴を掘っていた。将来その墓穴でどうなるかも知らず。
「あ、もっと安く上がる方法があるぞ」
「どうせ傭兵だろう」
「傭兵でしょう」
「傭兵よりもちゃんとした兵だ!」
「よくお分かりで」
グレンがここぞとばかりに傭兵の素晴らしさを語ろうとしたが、段々と彼の取り扱い方が分かって来た少女達がその答えを先に当てる。
「ま、嬢ちゃん達が正式な雇用契約書を書ける歳まで辛抱してやるよ。けけけ」
またしても、それはもう深ーく、深ーーーーーく墓穴を掘るグレン。まさにその歳まで待った結果、人生の終身雇用契約を書かされるとは、まだ夢にも思っていなかった頃の話。
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