【現代】開戦
決戦が始まろうとしている。
「サリーン帝国の勇者達よ! 我々がここにいるのは偉大なる祖国を守るためだ! 後ろにいる者達を思い出せ! 老いた父と母が! 愛する妻と子がいるだろう! ここで化け物どもを通せばどうなるか分かるな!? その全てが貪り食われるのだ! ならば我々が! 我々がここで食い止めずどうするのだ! 死んでも守って見せろ!」
「オオオオオオオオオオオオオオオ!」
(当たり前だけど気合入ってるな)
軍全体から見ると右に配置されたバンベルト王国軍だが、それを率いるグレンは、中央軍のサリーン帝国や、その周辺国の兵から発せられた轟きの声を耳にする。
万が一人類の軍が敗北した場合、この地を治めるサリーン帝国や周辺国がどうなるかは明白だ。
オークとオーガの餌である。
それ故、最大の当事者であるサリーン帝国が最も腹を括っている。しかし、流石にここより遠方のバンベルト王国兵などは、危機感を持っているものの、サリーン帝国と同じ水準の意識は持っていない。
(妻子がいる身としては身につまされる)
だが、士気では負けていない。
自分の愛する女達と子供達のことを考えている傭兵、千万死満はバンベルト王国軍の兵にとって勝利の代名詞なのだ。その上で、敬愛するルナーリア女王から、世界のために戦って来いと送り出された兵達の士気は非常に高いものだった。
「ジャクソン。後は頼んだ」
「お任せを」
とは言えバンベルト王国軍の指揮を執るのはグレンでなく老将軍ジャクソンだ。なにせ二十万の人間が犇めいているのだから、バンベルト王国軍だけ高度な指揮をしたところで周りが動けず意味がない。そのため極端なことを言えば、実績があれば誰が指揮官でも問題なかった。
その上、グレンが軍に同行したのは、バンベルト王国に複数の国を跨ぐような遠征の経験がなかったからだ。現地に到着した以上、本来の将軍であるジャクソンが指揮を執るのは正しい形だった。
「おお……! 将軍閣下が前に!」
バンベルト王国軍からどよめきが発生する。
身軽になったグレンが足を運んだのは軍の最前中央という、最も目立ち、そして最も死と隣り合わせになる場所だ。
鎧を纏った兵や煌びやかな騎士を差し置いて、急所を守っているだけの革鎧を身に着け、黒い布を顔に巻いた怪人が更に一歩前に出る。
(そろそろ見えるな。さて、若造たちに負けるつもりも、衰えたつもりはないが、ちゃんとした戦場に立つのは、流石にブランクがあるな)
オークとオーガの軍勢はまだ姿を見せないが、グレンはやって来る気配を確かに感じ取っていた。そして、懸念や不安という程ではないが、年若い兵や傭兵達を見ながら自分のことを考える。
今でも時折、バンベルト王国の極秘任務に参加しているが、王国の動乱が治まって二十年近く、大兵力がぶつかり合う戦争に身を投じる機会がなかった。そのため、自覚がない鈍りがあるのではと思っていた。
尤も、これをレースが聞けば鼻で笑うだろう。
(それにしても若さを羨む歳になったか)
顔に巻かれた黒い布の下で、グレンの顔の皴がほろ苦く崩れる。思いを馳せるのは、激戦が予想される中央軍に集っている傭兵達のことだ。
平均を大きく逸脱している、傭兵ランキングのランカー達にとって、激戦区はそのまま金の稼ぎ場所と変わりがない。レイチェルを含めた裏のランカー達も、オークとオーガという名の現金の到着を待ち望んでいた。
(俺も若い頃ならそこにいたんだがな)
それは柵がない時代のグレンも同じだっただろう。しかし、逃亡していた三人娘を助けると決めた瞬間から、彼には責任が発生していた。それは今も変わらないどころか、なんの因果か単なる傭兵が一国の将軍となり、更には妻と子供までいる立場となっていた。
(だが若い時の俺よ。夫と父ってのも悪くないぞ)
若いころのグレンが聞いたら、ぎょっとするようなことを言いながら、今現在の彼は壊れずのメイスを握る。
余談だが、一部の神学者や魔法研究者の間で壊れずのメイスは、偶々それっぽい形をしている壊れない不思議な岩であり、千万死満がメイスと言い張っているだけなのではと論争が起こったことがある。
「見えたぞおおおおおおお!」
『プオオオオオオオオオオオ!』
そしてついに、オークとオーガの混成軍十万が、川を挟んだ先の地平から姿を現し始め、人類の軍勢のあちこちからけたたましい角笛が響き渡る。
「仕事をして家に帰る。どこの家でもやってることだ。勝って帰るぞ」
「応!」
グレンの声は大きくないのに不思議と角笛の音に負けず、バンベルト王国軍の前衛に届いた。
一方のオークとオーガは飢えていた。幾ら少々の間飲まず食わずで問題ないとはいえ、本来は大食らいなのだ。それが目の前に、なんと二十万もの食べ物が現れたのだから、腹を鳴らして喜んだ。
そして本能的に知っている。人間という種が自らより大きく劣り、倍ほどの数を揃えようと無意味であることを。
だからこそ、オークとオーガは愚かなのだ。オークの方は多少の罠を見抜く程度の知能を持ち合わせているが、規格、製造、技術と教育の継承、統一された行動が力と呼べることを全く理解できない。
「グオオオ!」
「オオオオ!」
例え川があろうと興奮した怪物達は、お構いなしに駆け始めた。
射程範囲に入る。
「放てえ!」
晴天だった筈の空が曇り雨が降ろうとしている。
火に匹敵する人類が手にした武器にして概念の一つ。その始まりは石ころだった。
そして石を投げるという行為から発展した、遠距離からの攻撃という人の武器は、ある技術を持って一旦完成することになる。
その技術の名は弓術。
見上げる怪物達の頭上から、魔法使いや聖職者の手によって更に鋭くなった、万に届く矢、矢、矢。矢の雨が降り注ぐ。
いつか更なる発展をする、飛び道具の部品の名を借りよう。今まさに怪物達と、グレンやレースを生んだ人類社会という最強種の、戦いの火ぶたが切られたのであった。
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