【現代】オークとオーガの軍。古い者達。
集結した軍勢の軍議が行われた日の夜、天幕の中で怪人千万死満ではなくグレンと、老将軍ジャクソンが語りあっている。
「軍議の内容は予想通りだったな。手堅い陣容大いに結構」
「確かに」
グレンにジャクソン将軍が頷く。
「これでサリーン帝国が中央軍をしないとか言ったら一気に怪しくなったが、流石はプロの集団だ。やっぱ仕事は、ああいう面構えの連中とするに限る」
「我が国に侵攻してきた連合軍を打ち破った、千万死満大将軍が言うなら含蓄がありますなあ」
「利害関係が一致してるだけで合わさった他国の連合軍は、数で上回ってるから勝てると妄信するからなあ。そのせいで少し不安になっただけで一気にギスギスし始める。補給路をちょっと叩いただけで、責任を押し付け合い始めたのは笑えたよな」
「はははは」
サリーン帝国の騎士を称賛するグレンだが、揶揄うようなジャクソンの言葉に、昔のことを思い出して懐かし気だ。
そして軍の陣形だが、当然当事者であるサリーン帝国が、最も被害が発生する可能性が高い中央軍を、自主的に担当することになった。ここで押し付け合いが発生するようでは、いきなり雲行きが怪しくなるが、そういったことが起こらなかったのは、この地に集まっている者が底抜けの無能でないことを現わしている。
「今回は数で上回ったところで、勝利に直結しない連中が相手だから油断はない」
グレンが自勢力を冷静に分析する。オークとオーガは人間よりも戦闘力という点では優れており、倍の数を揃えたところで楽観できない相手だ。
「まあうちはボチボチ戦果を挙げて、無事に帰るまでがお仕事だけど」
「木っ端騎士だった儂が、そういった政治的な配慮までする立場になったとは、思えば遠くまで来たものだ」
「お前さん間違いなく戦死するな。思ってたんだよ。戦う前に自分の人生の振り返りをする奴は死ぬって」
「それだけで!?」
ジャクソンもまた昔を思い出して懐かし気だが、グレンはよく分からないことを言いながら、もう生きて見ることはないだろうと決めつける。
そして、どれほど人類の危機だろうと、彼らはあくまでバンベルト王国を優先する立場であり、必要以上の損害などまっぴらごめんだった。
「話を戻すけど、サリーン帝国も数年は大丈夫だろう。人類のために貢献したから、これで弱みに付け込む国があったら、宗教勢力全体から目の敵にされて下手すりゃ破門だ」
一方、サリーン帝国も明るい話題はある。多少国力が低下しよと、団結を訴えた宗教勢力は、サリーン帝国を全面的に支援する立場を表明しており、ちょっかいを掛ける不届き者はいないだろう。
「そういえば、“粉砕する鎚”教の教徒だっけ? ほら、チャンピオンとか呼ばれてたし」
「いんや。ロヴォゴンのおっさんは飲み友だけど、俺個人はどこかの宗教勢力に属してない。死後に天界に来ないかって誘われてるけど、墓の中でゆっくり休むさ」
「なんか大分ヤバい話聞かされたような……」
宗教勢力の話題で、ふとジャクソンが気になっていたことを思い出し、グレンの立場について尋ねた。しかし、その返答は現代において、耳を疑うような単語が混じっていた。
「失礼します将軍! 今よろしいでしょうか!」
「ああ」
「傭兵レースがご面会を申し出ております!」
「通してくれ」
「はっ!」
突然、天幕を守っていた兵士が外から呼びかけるが、馴染みの気配を感じていたグレンはその要件が分かっていた。
「お邪魔しますよジャクソン将軍」
「なんで俺には挨拶がないんだコラ。っていうかお前の名前ってデカすぎるよな。普通、傭兵に軍の将軍が会うとかおかしいのに、お前なら別に問題ないとか変だって」
堂々と入ってきたレースに、グレンは肩を竦める。常識的に考えれば、たかが傭兵が一国の将軍の天幕にやって来るのは問題だらけだ。しかし、元々レースはバンベルト王国と関りが深く、グレンも特別な許可を出していたので誰も問題視しない。
「そちらと違ってフットワークが軽いものですから」
「俺のこと年寄りって言った?」
「言ったかもしれません」
「ジャクソン、こいつのこと打ち首にしてくれ」
「そこで儂に振る!?」
「俺が殺そうと思ってもくそ面倒だからさ」
「尚更振らないでくれ!」
じゃれ合うレースとグレンに巻き込まれたジャクソンは、グレンですら殺すのが面倒だと認定している存在を、押し付けようとするなと抗議する。
余談だが現在の知名度という点では、バンベルト王国を中心に活動して、近年は行方をくらましていた千万死満より、この大陸中でいい意味でも悪い意味でも活動しているレースの方が若干上だった。
「やっぱ攻撃魔法が使えたら便利だったと思わねえか? そうすりゃ俺らだけで片付けることができたのによ」
「広範囲への攻撃手段が欲しいとは思ったことありますね。結局我々はどこまで行っても、一対一で強いという枠から抜け出せませんから」
「そうそう。と言っても、もう年取ってるから魔法の勉強しても間に合わないんだけど」
「ですね」
(これ以上強くなってどうするつもりなんだ?)
グレンの投げかけた言葉にレースも同意するが、彼らの強さを知っているジャクソンは、こいつら何を目指しているんだと慄いた。
そして魔法は、素養のある者が幼少期から訓練することが最も大事と言われており、そんなことができる環境にいなかったグレンとレースは、己の肉体で戦うしかない。尤も、その肉体が飛びぬけているのだが。
「レイチェルの奴はどうしてる?」
「おや。気にしてたんですね」
「ダチの娘で古龍退治に連れまわしたこともあるし、おままごとだって付き合ったことがある。どうしてるかくらい気にはするさ」
グレンは傭兵ギルド総ギルドマスターにして、友人であるローガンの娘、レイチェルのことをレースに尋ねる。おてんば娘でメイスに悪戯をされたりと手を焼いたものの、可愛がっている姪のような存在だから、今どうしているか気になった。
「構築された陣地の最後の確認をしてましたよ。契約外ですけどね」
「ローガンがしかめっ面になるぞ」
「こちらに来て直ぐの話ですけど、横になってたら陣地の構築を手伝ってる彼女に言われましたよ。契約の順守は分かってるけど、人類生存圏危険事態くらいは融通利かせろってね」
「若く青いな。そして耳が痛い」
「ええ全くです」
グレンとレースは、若者の言葉にほろ苦い表情になる。
グレンはかつて、別の大陸では傭兵団一の稼ぎ頭、こちらではバンべルト王国の裏の顔のようなもの。レースは今や傭兵ギルドを象徴するかのような存在で、立場があるのだ。勝手に何かをすれば、思わぬ波及をする以上、そう簡単に契約外のことをする訳にはいかない。
「まさかあのおてんばに正論を言われる日が来るとは」
「僕も同じことを言いました」
苦笑するグレンとレース。
「とは言え考えは改めねえ。警備の契約なのに木箱運ぶとか知らねえよ。その契約書持って来いってんだ。それと一緒。人類の危機だろうが契約外のことさせるなら契約書持ってこい。俺らはプロの傭兵だっての」
「ですね」
哀愁が漂っていた雰囲気はどこへやら。プロフェッショナル精神というべきか、頭が固すぎる年寄りというべきか。
そして。
◆
「さあ。久しぶりに本業の時間だ」
「暇つぶしには十分な数がいるなあ」
過去の伝説の傭兵と。
「稼ぐぞ野郎ども!」
「あれはオークとオーガじゃない! 金だ金だ!」
現代の傭兵達が共に戦場に立つ。
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