第43話 在さんのターンだよ

 金時さんは僕から手を放すと、ダンスを踊るかのように右足を軸にターンした。僕達に背を向けた彼の鼻先には在さんと奏君がいた。在さんは感情を表に出していなかったが、奏君は唇を硬く結んで圧を放っていた。おっかない。金時さんは空気が読めないのか、格好つけてるのか、仰々しく両手を広げた。

「桜刃組自体とも仲良くさせてもらおうじゃないか」

 二人は佇んでいた。在さんが渋々応えた。

「会長が望むなら」

 金時さんは手を自身の腰へと移動させ、右足に体重をかけた。

「つれないな。……なあ、本当なのか?」

「何が?」

「親父は薬師神子在を次期会長にしたいって話」

「……何の?」

 在さんの声には煩わしいと言わんばかりの重さがあった。金時さんは軽い調子で切り込んだ。

「白金会の、に決まっているだろう。適当に娘でも娶らせて桜刃組ごと完全にとりこみたいんだろ」

 在さんは眉を歪めてから素っ気なく返した。

「ありえない。誰から聞いたの?」

「誰だっていいだろう。祖父さんの可愛がりようを見れば誰だって考えることなんだから」

 静観していた優翡さんが苛々と咳払いをしたが、金時さんは在さん相手に飄々と言葉を続けた。

「お前は乗り気じゃないみたいだな。なあ、俺につけよ。親父も翠子も何もかも取っ払って楽になろうぜ。扱いだってあいつらよりもよくしてやるよ」

「今の待遇ですら手に余る程よ」

「つまらない建前とれよ」

 在さんが一歩金時さんに近付いた。奏君がそれに続いた。

 在さんは暫し無言かつ無表情で金時さんを見つめた。金時さんは睨み返していたが、無言が続くのが耐え切れなかったようだ。何だよ、と呟いて俯いた。赤くなった耳が見えた。初めて彼に強い共感を覚えた。在さんの綺麗な顔で見つめられたら恥ずかしくなっちゃうよね。うんうんわっかるー……みたいなことは口に出せる空気と立場がなかった。

 在さんは一度瞬いて、ゆっくり首を傾げて同じ速度で戻して金時さんの頭に視線を投げた。

「ねえ、君はどうしたいの?」

「は?」

 金時さんの声は今までよりもずっとあどけなく聞こえた。上げた顔にもきっと幼い表情が浮かんでいるんだろう。在さんの甘い大人の声が宥めるように降り注ぐ。

「君は桜刃組をどう使って、どうやって会長の座に就いて、どんなことがやりたいの?」

「桜刃組の協力でのさばる老いぼれ共や女共を蹴散らして革命して、俺ら若者の新時代をつくりたいんだ」

「新時代ってどういうもの? その時代でどうしたいの?」

「古いものに縛られず、自分のやりたいようにやるんだ」

「君は、具体的に何がしたいの?」

 金時さんは言葉を詰まらせたみたいだ。それを隠すように萌黄さんが突然喋り出した。

「まだ協力関係にない方には言えないよねっ、お兄ちゃん」

 金時さんは腑抜けた相槌を打った後、足幅を狭くして腕を組んで胸を張った。見えちゃったねえ、この兄妹の力関係。

「知りたければ俺につくことだな。どうだ?」

「……できない。ねえ、他に話したいことはあるの?」

「これ以外には無い。さあ、ちゃんと考えてみろ。俺についた方が賢明だぜ」

 在さんは警戒を露にしていた奏君の方を向いた。

「帰りましょうか」

 奏君が元気よく肯定の言葉をあげた。僕の隣の清美君がびくっとした。さては呆気に取られてたね。可愛かったので二の腕を揉んじゃった。

「何よお」

 八の字眉毛の笑みが降ってきた。僕はそれで緊張がとけた。

「帰りの運転の為のマッサージだよ」

 僕がそう言った途端、奏君が小走りして清美君に体当たりをした。と言っても、清美君が左足を後ろにずらした程度の衝撃だった。何よと言いながら清美君が奏君の華奢な肩を掴んでひっぺがした。奏君がその手を振り払い、上目遣いで上から目線で言った。

「帰りの運転の為の喝です」

「独特な入れ方ですね」

「喜珠村方式です」

「言いますねえ。焔先生に聞いちゃいますよ」

「焔もしますよ」

 まあするだろう。堅物のくせにノリはいいから。何なら家族と村民も巻き込んでするだろう。

 在さんはゆったり歩いて奏君を追いこすと、僕らに声をかけた。

「帰りましょう」

 清美君が元気よく返事をした。僕もそれにならった。

 かくして、僕らは漸くこの白金会の腹の中から出られたのである……とはならなかった。

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