第16話 桜刃組と三ツ矢の関係について説明するね

 三ツ矢の借金の「条件」は、初代組長の純郎さんが決めたことだ。だが、原因をつくったのは若き二代目組長の淳さんだ。

 戦後、桜刃組が成った当初から、当時の三ツ矢の当主の三ツ矢伊右衛門さん――焔と奏君の曽祖父にあたる――はちょくちょくお金を借りていた。純郎さんは幼少期から三ツ矢の道場に通っていたり、戦後直後はお世話になったりして、元々かなり緩い条件で貸していた。しかも、返済の計画までかなり詳細に立ててあげていた。甘々対応だ。しかし、伊右衛門さんの金遣いの凄まじさは初代組長さんの思いやりを凌駕した。返済できる以上の金を求めたところ、昭和五十七年にまだ十代だった淳さんに目を付けられた。淳さんは純郎さんの目を欺いて伊右衛門さんでは返せない程多くの金を貸した。そして、その年に発覚して、「桜刃組の不手際のため」という名目で件の「条件」が成った。結局その後も淳さんによって密やかに三ツ矢の借金は膨れ上がった。寿観三年、伊右衛門さんが亡くなり、完全に額の増加が止められた頃には、何代かけても返しきれない額になっていた。

 この「条件」、初代と二代目の頃には殆ど使用されることは無かった。実質、無利息なだけだった。寿観二十一年一月八日、淳さんを含めた在さんの家族(在さんの恋人含む)の喪失により、在さんと桜刃組はガタガタになった。その時に漸く「条件」は使われ、焔が桜刃組に行くことになった。

 焔は最初こそ在さんのお世話しかしてなかったが、段々と桜刃組の欠かせない一員として扱われていった。焔は頑張りすぎたのだと思う。在さんがご褒美をあげたくなって、優作さんが同意する程度には。

 在さんは「条件」を見直して、「三ツ矢が力を貸す場合は、ある程度は賃金を渡す」と変更した。実際は発生した賃金の殆どは焔の手に渡らず返済にあてられた。これは創ちゃんも同じだったらしい。

 奏君は「条件」の三ツ矢としては扱われていない。が、賃金の一部は三ツ矢の借金返済にあてられている。

 この辺割と気になったので、奏君に頑張って聞いたら教えてもらえた。焔は奏君には関わってもらいたくなかったが、奏君はがんがんに三ツ矢として扱ってもらってほしかったらしい。二人がバトルした結果の折衷案だそうだ。

 以上の事情を、僕はこの日の仕事終わり、清美君に説明した。清美君は大枠を知っていたようで内容自体はすぐに呑み込んだ。驚くことに、在さんの恋人だった末森すえもりかんさんと、彼女が淳さんによる性暴力を受けた末に出来た子どものえんちゃんも把握していた。それどころか、甘夢さんが在さんの父母を殺害したことも知っていた。どうやら、宗助さんは桜刃組の話というよりも在さんの話をよくしていたようだ。清美君自身は不満げだが、僕としては都合が良いのかもしれない。選択次第では。

 話が逸れてきた。場面を戻すね。

 できるだけ三ツ矢に良くしてあげたい在さんが三ツ矢焔と奏君に元気に反発された。在さんは不服そうに二人を眺めた。

「三ツ矢側が良いのなら構わないけれど……」

 どうして損な方を選ぶの、とでも言いたげに唇が閉じられた。焔が溜息を吐き、奏君が舌打ちをした。重い空気に耐えられない。

 奏君が清美君の方へと上半身だけ倒し、舐めるように見た。

「いいですか、清美さん。このように、貴方が持っているものは容易く意味がなくなるかもしれないのです。いちいち疑問を表に出していたら身が持ちませんよ。鴉は白いと言われれば、白いと思いなさい」

 清美君は瞬いた後、一瞬、むっとした。そして、無理に笑顔を作った。

「アルビノのことですね!」

 奏君が口を窄ませて在さんを見上げた。

「こういう可愛げのない所がやりにくいんです!」

「よく分からない」

「何で分からないんですか? あのですね、言い換えるとですね、素直さが無いんですよ」

 在さんが怪訝そうに瞳を歪め、清美君を見た。

 清美君が口角を上げ、カッパ口をした。この時はまだ分からなかったが、困った時の癖だった。

「橘は素直なように思うけど。少なくとも君よりかは」

 在さんの言葉に焔が頷いた。僕も頷いておいた。奏君が口を台形に開いた。

「奏とは別の意味で言ってますよね? ……従順さが無いんって言いたいんですよ。三回回ってワンと鳴けって言われたらやりそうに無いというか」

 清美君がくるくるくると三回回って、ワンと鳴いた。ワンというか、バウッって感じだった。というか、鳴き真似の精度が高い。飼ってたのかな。

 在さんが宥めるように奏君の頭を撫でた。

「従順でしょう? 何が不満なの」

 奏君が在さんの手の下で唸った。こういう所見てると、今年八月に二十歳になるとは思えない程幼く感じるなあ。口にはしないけどさ。

「絶対負けてやらないぞという意地を感じませんか?」

「絶対負かしてやるぞという意地が君にあるから、そう思うんじゃないの」

 そういう意地を感じますと清美君が口を挟んだ。奏君がケンと鳴いた。何故雉の真似をしたんだ。在さんの手が奏君の頭から肩へと移った。

「妙に気を張らなくてもいいよ。できない部分は違う人がやればいいんだから」

 奏君が目を見開いて硬直した。それから、眉間に皺寄せた。

「奏にできないことなどありません! 今に見ていて下さいよ。奏の靴を舐める清美さんをご覧にいれます」

 うわあ、と大袈裟に引いてみせる清美君。まあ、余裕は感じれちゃうな。

 焔が眉間を押さえだした。奏君には顔面パンチ説教したことないのかな。身内には甘々だからしないのかな。えー、僕も三ツ矢に生まれたかったなあ。そしたら、在さんの警戒心が薄まる特典もゲットできるし。とことんずるいよ三ツ矢。

 在さんが困ったように眉を下げた。

「そこまで支配的でなくていいよ」

「貴方の支配力が足りないのです! もっと、こう、名前を聞いただけで泣き出すようにするぞという気概はないのですか?」

「ないね」

「清美さんだって物足りないに違いありませんよ。顔に書いてありますもの、思てたんとちゃうわいって」

 在さんが奏君から手を離し、ふらと清美君を見た。

「嫌なの?」

「まっさかあ。逆に有難いくらいですよ」

 清美君が元気よく答えた。向日葵みたいな笑顔付き。

 奏君が言う通り、上下関係に対する厳格さというのは桜刃組にはあまり無いのかもしれない。ある程度は勿論あるけれど、重視する人がいない。在さん自体が注意を払いたがらない。拘る必要はないと判断しているんだろう。同じ理由で切り捨てられたものは少なくない。

 それはそれとして。清美君の方に迂闊さというか危うさがあるのもまあ問題だろう。この後、一対一で話してより感じちゃった。

 在さんは彼の危険性を見抜いているのかいないのか、ただいつもやるような主張のない調子で相槌をした。それで会話は途切れた。

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