第15話 在さん登場だよーっ
場面を戻すと、奏君がこきと首を曲げた。
「そう言えば、これって借金の条件の?」
焔が肯定すると、奏君は更に首を曲げた。奏君の目が無機質に清美君を捉えた。
「不要な事はご存じなんですね」
「必要な事は教えてくださいね」
レスポンスが早い。清美君、焔と僕への対応を見てると、奏君に対してだけ特に当たりが強い気がしてきた。まあ、それだけ虐められたということだろうけど。
焔を見ると、きょとんとしていた。僕と同じで清美君の強さが異様に見えたのだろう。奏君が子どもの頃にサディズム削ぎ落してくれたら、こんなことにはならなかったのになあ。なんて考えてると、焔が唐突に眉を顰めて焦り出した。
「兎に角、俺の用は無くなったから、帰るね。火曜日、楽しみにしてるね」
清美君が応える前に、奏君が早口で喋った。
「焔は清美さんに必要なのは何だと思う?」
焔が返しかけていた踵を戻した。射干玉みたいな瞳が清美君を下から上に舐めた。そして、腕を組んだ。ついでに首を傾げた。
「俺が関わる範囲でも未知数だな、そう言えば。喧嘩は得意なんだっけ。ええと、何だっけ」
焔が眉間に指を当てて目を閉じた。清美君が横目で僕を見てから、焔に話かけた。
「高校の時の噂ですか? 本当のことってあまりありませんよ」
「噂じゃなくて。愛媛の、……ああ、そうだ……アンゴルモアだ。何て書くんだっけ」
「びゃ⁉」
清美君が鳴いて、目を白黒させた。焔が記憶を絞り出す横で、奏君がにんまりと目を細めた。清美君が可哀想なので助け舟を出す。
「そんなのより、経験の話が大事だよ。不良相手には強かったよね」
ね、ぐらいで焔が半眼で清美君を見つめた。
「最終兵器……だっけ?」
空気を、読みなさいよ。再び鳴く清美君、噴き出す奏君。
「呼ばせてたんですか? 地面にでも書いて説明してたんですか? 最終兵器と書いてアンゴルモアと読むんじゃよーって言ってたんですか? わざわざ? 負かした相手に? いい趣味してますねえ」
「俺が名乗ったんとちゃうんですわ! 周囲が変に面白がって大喜利しとっただけです!」
動揺しすぎだ。よりにもよって、と一度呟いて、僕を見た。僕が見返すと、目を見て疑問形で再度繰り返した。申し訳ない。
「君のこと調べた時に分かったのは全部教えちゃったんだよねえ……」
「取捨選択して下さいよ!」
「なるべく僕の意思が入らないようにしたかったんだよ!」
「アンゴルモアは省いても何ら影響なくないですか⁉」
清美君が口を動かした後、新たな靴音が聞こえた。さっきの焔の焦り具合を思い出すに、在さんのものだ。焔の耳の良さは人間の範囲から逸脱してるから、こういうことはよくある。焔が焦ったように奏の腕を引っ張った。
「桜刃のことはちゃんと教えてあげなよ。もたついていると、安藤がいらないことまで話してしまう」
正論だ。奏君がじとりと見てきたので、話しちゃうぞおと両腕を上げて脅かした。清美君が、話されてしまいますーと耳に手を添えて加勢した。奏君は唇をへの字に歪めた。
焔が奏君の頭を二回撫でて下の階に繋がる階段に向かった。その時、ちょうど在さんが角を曲がってきて僕らの視界に入った。
飾り気のない白のシャツに黒のスーツに黒の革靴。シンプルな格好なのに、背が高くシャープな体格や黒目がちな狐目が目立つ綺麗な顏が絢爛に見せていた。
在さんは僕ら全体を一瞥して、そのまま焔に向かった。
「焔、どうかしたの?」
「帰る」
「何か用があったの?」
焔が観念したように視線を在さんから清美君へと移しながら、僕らの方へ戻ってきた。
「橘が道場に来ることになった。条件を使って」
「条件……?」
在さんが不可解だと言わんばかりな言い方をしたので、空気が妙に凍り付いた。焔と奏君は唖然としていたし、清美君はまた青くなっていた。在さんが一度瞬いた後、言葉を補った。
「三ツ矢の借金の利息を無くしている条件のことを言ってるんだよね? 桜刃組の有事の際には力を貸すということと、桜刃組の関係者が道場を利用する際は無償にすること。二つの条件のうちの後者のことでしょう?」
言葉が長いと、独特の甘さを持つ低めの声をよく堪能できた。もっと話してくれればいいのに。
清美君が、そうですが、と不安そうに応えた。在さんがついと視線を彼に向けた。
「父親に聞いたの?」
「……当然に利用するものだと」
「彼がいた頃はね。二十年以上は使われてないんじゃないかな」
その言葉に清美君が徐々に青くなっていった。在さんが焔と奏君に顔を向けた。
「その条件は生きているということで良いの?」
「お前いい加減にしろよ」と焔が言ったのと同時に、奏君が「良いも悪いもないだろ」と言った。
奏君が在さんと二人きりだと敬語を止めてる説を春頃に奈央子ちゃんから聞いたけど、正解かなあ。何でそこまでの仲なのかなあ。僕より事情が分からない清美君は静かに真っ青になり続けていた。
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