第2章 おじさま達と中華料理を食べたよ

第7話 宗助さん達に出会ったんだ

 ――橘清美君が桜刃組に入ることになった。


 もうね、訳が分からないね。

 僕がそれを知ったのは、六月二日だった。

 運が良いことに、偶然にその日の昼に宗助さん達を見かけたのが切っ掛けだった。

 宗助さんは優作さんと武瑠さんと一緒に歩いていた。

 この並びにまず不自然さを覚えたよね。優作さんは宗助さんと長らく――宗助さんが桜刃組を抜けた頃から――親交はなかったと僕は聞いていたんだよ。それが嘘みたいに馴染んでいた。ひっそり連絡してたのかなあ……なんて思ってたら、違ったよ。この件が終わった後、優作さんが話してくれたんだ。宗助さんはリンチが無かったかのような態度で接して来たんだって。マシンガントーク付きでね。優作さんには複雑な思いがあったけど、宗助さんの勢いに飲まれた挙句に話題自体に愕然として結局言えなかったんだって。凄いね。呆気にとれるね。話してくれた時、優作さんは苦々しい笑顔を浮かべていたよ。嬉しくはあったのかな。難しいなあ。

 僕が三人を見かけた場所は料理屋が立ち並ぶ一角だった。彼らが向かっていた方向と重々しい空気から、行き先が中華料理店の通天籠だと分かった。そこは完全個室だし、シリアスな話をするのにはここらでは一番適している。そして、この三人で話すことと言えば、桜刃組に少なからず関わることだろう。だったら、僕が役立つことはある筈だ。話しかけない手はない。

 僕が話しかけると、あっさりと優作さんと武瑠さんは受け入れてくれた。というか、安堵さえしていた。反対に宗助さんは警戒してきた。その警戒を解こうと、なるべく柔らかく挨拶した。

「初めまして。安藤巳幸です。安藤と呼んでください。今日はどうかしましたか。お手伝いしますよ」

 宗助さんは間髪入れずに睨みながら返事した。

「巳幸君に頼むことなんかないけんの、どっか行きいや」

 あからさまに好感度の低さを表に出されて、心が折れかけちゃった。宗助さんは思っていた以上に僕のことを調べ、なおかつ信頼できそうにない要素を重視してしまっていたらしい。まあ、調べたということは僕に興味があったということだ。実質プラスからのスタートだ……と思うことにした。

 拒絶されても兎に角付き纏ってどうにか通天籠まで一緒に行くことができた。辛辣な言葉も浴びせられたが、優作さんと武瑠さんが不安になる程協力的だったおかけで精神的なダメージは少なかった。

 隣に座っても、一緒の料理を食べても宗助さんは心を開いてくれなかった。冷たい言葉を吐くか、無視するかの二択だった。優作さんが気を遣って初代組長の話をするけどすぐ終わらせられた。武瑠さんが在さんの話をすると、後に回された。僕が桜刃組にいた頃の宗助さんの恋人の話をすると、無視された。中津留さんの話は舌打ちされた。優作さんの父の話をすると、煩いとクレームが入った。あと、優作さんが暗い顔をした。それを向かいの宗助さんがなじった。わあ、地獄。

 急いで話題を変えようと、ぱっと思いついた清美君の名前を出した。

 瞬間、殺気が返ってきた。僕から二十センチ以上低い所にある大きな双眸がねっとりと視線を刺して来た。きつく結ばれた唇が周囲の酸素を奪ったかのような重圧を生じさせた。二十年以上表で生きてきた人間とは思えなかった。

 まあ、でも、優作さんと武瑠さんは僕に味方してくれているから、余程の事はできないだろう。怖がる必要はないと自分に言い聞かせて、地雷原を走ることにした。

「かっこいいですよね、清美君。桜刃組にいればいいのになあ、って思っちゃいます。というか、思ってました。性格もスペックもバックボーンも何もかもが最適ですし」

 宗助さんはぽかんとした。空気が一気に弛緩した。武瑠さんが苦笑いしながら宗助さんの肩に手を置いた。

「丁度良かったやないか。お前、桜刃に入れる気で来たんだろ」

 今度は僕が驚く番だった。

「清美君が望んだんですか? 大学生活楽しそうだったのに……何があったのかな」

 何が起きても自棄になって裏社会に踏み出すようには見えなかったから、不思議で仕方がなかった。

 優作さんががっくりと肩を落とした。

「これから説得しに行くそうだ。あの子は知りもしないよ。……可哀想に」

 宗助さんがむっとし、優作さんを睨んで噛みつくように話した。

「舐めた考えしやがって。お前、それでも若頭かよ」

「在さんも同じ考えです。桜刃組自体が無理矢理に来ることを良しとはしません」

 僕がそう口を挟むも、宗助さんは優作さんに言葉を投げ続けた。

「なあに、ふざけたことを言わせとるんじゃ。道を外れたら戻すんがお前の役割だろ。ただ立っとるだけで務まる思てんのか、ああ?」

 優作さんは唇を噛んで俯いた。彼の胃の悲鳴が聞こえた気がした。でも、気のせいだったみたい。優作さんはすぐに宗助さんに向き直った。

「僕も同じ考えなんです。今の居場所を……今の幸福をわざわざ捨てさせるなんてしてはいけません」

「桜刃組のが大事じゃ」

「清美君自身はそうじゃないでしょう?」

「儂はてめえらよりもあいつを理解しとる」

 優作さんが返事しようとすると、宗助さんが言葉を重ねた。優作さんの言葉は正しく聞こえたから、その時までは彼の力になろうとしていた。宗助さんの言葉が僕に突き刺さるまでは。

「今よりも幸せになると分かりきっとる」

 優作さんが溜息を吐いた。武瑠さんが呆れた顔で酢豚を口にした。僕だってそうしたかった。初代組長を狂信する宗助さんの戯言だと聞き流してしまいたかった。

 けれど、脳があの日捨てた幻想を拾い上げてしまった。――清美君が楽しそうに喋っていて、隣で在さんが機嫌良さそうに聞いている。――想像が勝手に膨らんでいった。――在さんの隣には焔がいて、斜め上のことを言う。奏君が焔に乗っかって、さらに逸れたことを言う。奈央子ちゃんが元気いっぱいに笑っていた。優作さんは柔らかな表情を浮かべている。僕だって楽しくならずにはいられなかった。

 清美君が幸福だと保証されるなら、その夢は叶っていいんじゃないのだろうか。

 僕の身勝手な疑問を見抜いたかのように宗助さんが僕を見た。心臓が跳ねた。

「安藤が言った通り、清美は桜刃に適しとるんじゃ。自分をめいっぱい発揮できることこそが幸福ちゃうんか?」

 都合のいい考えだと思った。でも、それを表明する元気が湧かなかった。それどころか、宗助さんに同調していってしまっていた。

 宗助さんが優作さんに再び目を向けた。優作さんの調子は変わっていなかった。

「清美を気遣う振りをする前に桜刃のことを考えろや」

 優作さんが間を置かず言い返す。珍しく躍起になっていた。傲慢だとか情がないだとかそういう文句を並びたてていた。

 優作さんは桜刃組ではなく、清美君に寄り添い続けた。その姿勢こそが今の桜刃組自体の選択だ。それは理解できるが、僕は段々と薄っぺらく感じていっちゃってた。

 頭の端にあるやけに冷めた部分が、優作さんを見た。そして、僕自身の夢を正当化するために、その像を歪めた。

 ――優作さんが擁護したいのは清美君ではなく、在さんでもなく、桜刃組でもない。ただ、自身の父に対して抱き続ける劣等感に突き動かされているだけじゃないのかな。

 その見方がいやにしっくりときてしまったので、僕は宗助さんの味方をすることに決めた。隣に座る彼の右手に自分の左手を重ねた。

「清美君に来てもらいましょう」

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