第8話 説得頑張ったよ。混乱もしたけどね!
僕の言葉に優作さんは狼狽するようにも泣きそうになっているようにも見える顔をした。
「君も彼の事が分かっているだろう」
「宗助さんよりかは分かっていませんよ、きっと」
優作さんの眉間に皺が刻まれた。それは今までよく見てきた困惑の表現ではなくて、珍しく怒りによるものだった。うわあ、煽ったつもりないのに。怖い。泣いちゃいたい。怒声浴びせられたら確実に泣いちゃう。聞きたくなくて急いで口を動かした。ついでに手も擦っておいた。
「宗助さんが言う通り、ちょっとだけでも桜刃組の事を考えましょうよ。ピンチですよね。かなり。凄く。時也さんがもういないんですよ。戦力とか色々正直足りませんよね。奏君良い感じですけど、時也さんの分も補える程じゃないでしょ。ピンチなんですよ、ピンチ。それにね、あんな亡くなり方しちゃったから、皆のメンタルズタボロです。在さんだって表面に出してないけどやばいでしょ。気分転換に来てほしいじゃないですか、清美君。キラキラしてて癒しですよ。癒し。欲しくないですか? 欲しいですよねえ。僕、欲しいです。今ね、空気がどんより重くて辛いんです。外部の人間がそう思うんだから、優作さんだってそうでしょ。いや、僕より辛いでしょ。優作さんにもメリットありあまる話ですよ、これ」
兎に角言葉を繋いだ。思考なんかできていなかった。
優作さんがぐっと拳をつくった。やばい。来る。喋らせちゃ駄目だ。
「いや、でも、優作さんの言うことも分かってますよ。勿論。分かりきってますよ。ええと、だから、僕が責任取ります。清美君が実際来たら上手くいくよう手厚くサポートしますよ。それでも万一駄目だった時はですね、ちゃんとケアしてちゃんと表で生活できるようにします。ほら、あの、僕、清美君もの凄くタイプなので、そりゃもう尽くせるというか構い倒せるというか養えるというか何というか」
気が付けば、優作さんは呆然としていた。これはまあ狙い通りだ。でも、他の二人については違った。ドン引いていた。
予想外の反応に、焔に顔を拳で殴られた時のことを思い出した。
最上級の怒りに支配された焔はトラウマになる程に怖く、一発殴られた時点で僕は必死に謝り倒した。泣いて土下座までした。涙と鼻血と痛みでぐちゃぐちゃになりながら、恥やプライドの全てを投げ捨てた。
焔は少し落ち着いて来ると、僕を正座させた。そこから、くどくどと僕の欠点を並べ立てて説教した。というか、詰った。足が痺れた後にその痺れに慣れちゃうくらいに長く続いた。
肉体的苦痛と同時に精神的苦痛も存分に与えないと気が済まないサディズム持っている癖に、何でマゾヒストの皮被ってまでサディストの巴さんと付き合い続けているんだろう。そんな疑問が湧く程度には僕が落ち着いてきた頃、焔は言ったのだった。
「お前さ、困るとバイであることを盾にするよね。その部分出したら、相手が何も言えなくなるって踏んでさ。まあ、その行動自体が惨めったらしいことは、今は横に置いといて」
こっちの集中が切れてきたことを見透かしたように焔が眼光を鋭くした。嫌悪感たっぷりの視線のサービスだ。僕にはそういう趣味はないから、全く嬉しくなかった。
「恋愛やら性欲やらに繋がるような下衆な話を、突然、脈絡なく、唐突に、聞きたくないんだよ、だいたいの人間は」
焔のような尖りまくって雲丹みたいになってる人間が多数派の顔をするのもいかがなものか。ていうか、恋愛と性欲をごっちゃにして聞く焔が珍しい方じゃないの。焔が変な方向に過敏なんじゃないの。確かに僕は思考していない時はそういう話を出しがちだけど、ちょっとしたおふざけで生々しいものではないんだけどな。焔の耳が偏ってるんだよ。
……なんて当時は思ったものだけど、この時、実感した。焔が言ってたの、これだ。焔が言っていた、「だいたいの人間」が宗助さんと武瑠さんだった訳だ。
「いや、まあ、根拠を説明した方がよろしい気がしまして。そういう理由があった方が安心しません?」
恐る恐る宗助さんに尋ねると、彼は露骨に顔を歪ませた。
「そういう人間じゃけん、俺、お前嫌いなんじゃ」
会話のキャッチボールが成り立ってなかった。返してよ。ボールを返してよ。
優作さんが酸っぱい顔をして黙っていた。怒りがぶっ飛んだのは何よりだけど、助けてほしい。
宗助さんが言葉を続けた。精神的にバットでぶっ叩かれる気がして身構えたが、そうじゃなかった。
「まあ……嫌いな要素に目瞑ったらまだ真面じゃけん、思ったよりマシじゃわ」
不意打ちの温もりに感情がぐちゃぐちゃになった。これが三人囲っていた事のある男のやり口かあ。
兎にも角にも、と武瑠さんが空気をしめた。
「優作、折れてやれや。てか、安藤があっちついたからにゃあ、もう生温いことは通らないだろ」
優作さんがぐっと身を強張らせた。武瑠さんが溜息を吐いてから言葉を続けた。
「正直、白金会としても増員してもらわないと困るで」
優作さんが僕の手から手を引きぬいて、武瑠さんを射るように睨んだ。
「ざ」
在さんが認めないだろうとでも言いたかったんだろうけど、それは叶わなかった。武瑠さんが言葉を被せたからだ。
「彼はなあ、自分の考えは口にしても、今は組の為なら妥協するだろ」
分かっているだろうにと言わんばかりの視線が優作さんを舐めた。優作さんは俯き、深く息をした。武瑠さんがそれを見てから、酢豚を口にした。さっきも食べてたよね。好きなのかな。
酢豚が気になったので、回転テーブルに手をかけた。そこで、優作さんがじっと僕を見つめた。その目が潤んでいることに驚き、そのままの姿勢で動けなくなってしまった。
「安藤君、頼むよ……」
消え入りそうな声だった。普段から柔らかな人だけど、ここまで弱気になっているのはあまり見たことが無かった。
安心させようと笑みをつくる。右手を両手で握っておく。スキンシップは大事だ。
「任せて下さいよ! 絶対、清美君も、優作さんも、在さんも幸せになるようにしますから」
僕の言葉で優作さんの表情が弛緩する。一安心して前を向いたら、酢豚は宗助さんがとっていた。宗助さんの次に取ろうとしたら、彼は酢豚を手早く武瑠さんの前にやった。意地悪!
宗助さんはにたにた笑って僕を見た。笑い猫を連想させた。
「儂からも頼むわ」
笑ったまま視線が冷たくなっていった。
「変なことしたらしばき回すけんの、ちゃんとやりよ」
信用の無さが半端ない。思わずにやついてしまった。
「親バカですね……」
「大事に育てたん台無しにされたないわ。本気で言っとるけんの。変な事すんなや」
「しませんよう」
「絶対にすんなや」
「絶対しませんよーっ」
「ならええんやがね」
そうは言ったものの、ここから別れるまでに六本は釘を刺された。度を過ぎた用心深さだ。
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