第6話 僕の努力と成果をご覧あれ……

 匣織の家に帰って、すぐにリストを作り直した。条件を追加して人数を絞った。

 ――裏社会に既に浸っている。もしくは、桜刃組への道を示すことで気が楽になる可能性がある。

 その条件で篩にかけても人数は殆ど変わらなかった。清美君を含めた、リストから削除することになった僅かな人達の情報は封印することにした。桜刃組の人数不足による問題が片付けば、完全に処分する予定だった。

 その後、リストに残った人達に接触していった。と言っても、在さん達の言い分を分かりきった状態では熱心には取り組めなかった。

 裏社会の人間に対しては、情報屋としての自分を売り込むことをメインにした。僕の主な取引相手が桜刃組だと話す程度に留まるのが殆どだった。

 表社会の人間に対しては、その人の親族の話を皮切りにした。良いことも悪いことも満遍なく、あっさりと話した。桜刃組のことはそれで紹介するだけにした。

 ただ、それだと僕が現れた動機を薄く思って訝しむ人もいた。僕自身が自分の血筋を知ることで精神的な自立ができた実体験をできるだけ軽く話して、妙なお節介を焼きたくなる性分だと認識してもらうことにした。

 鹿むら大和やまとさんなんか割と僕自身の話を根掘り葉掘り聞くものだから――男嫌いの彼に興味を持ってもらえるのはとてもラッキーではあった――、結構詳細に話すことになった。薬師神子の家が新興宗教の開祖で百年以上前まで長らく続けてきたこと、僕の生まれの家の榊が長らく信奉していたこと、そもそも僕が榊の愛妾の子であること、僕が桜刃組に関わる大きな理由が在さんへの憧憬であること、その他諸々の表社会に生きる人間には嫌悪感を抱く事柄を省いて話したから、大分薄味だった。大和さんが追求しなかったのが不思議だ。彼の隣で時間を使って話すという行為自体が重要だったのかな。そう言えば、大和さんには焔の事も聞かれた。焔が在さんにひっついていた頃に会ったらしい。大和さんは男でもあまり男らしくしていない人なら気に入るのかな。今度聞いてみよう。

 話がずれちゃった。親族の話が終わったら、何かあった時に頼ってもらえるような関係を築くように努めた。僕には人を構い倒したくなる癖があるので、なるべくあっさりとするようにした。連絡は新年の挨拶のメールくらいにした。自発的に会いに行くのは偶然近くに行った時くらいにした。あと、人の地雷を踏み抜いちゃう癖もあるので、話す時は深掘りしないよう気を付けた。

 その結果、オルゴールを直したり、コスプレ衣装をつくることになったり、電話越しによく眠れる絵本を朗読したり、就職活動の為の自己分析の手伝いをして面接の練習もしたり、音痴を直すために指導したり、罵り言葉の語彙を持ち合わせない俺様系イケメンを電話越しで演じてダイエットの管理をしたり、巻き舌を習得させたり、泊まり込みで中国語の小説を翻訳しながら朗読したり、同時通訳したり、漫画に出てきた料理をつくりに行ったり、外国の物々しい保存食品を一緒に食べたり、オオグソクムシを調達して料理したり、髪を切ったり染めたり、ピアス空けたり、特殊な人間を紹介したり、バイであることをインタビューされたり、知り合いのYouTuberに送る為と頼まれて作曲したり、ホラー映画を一緒に見て怖い展開が来る少し前に警告したりした。

 並べると、あまりにも雑多で不思議な気持ちになっちゃうな。まあ、この多様さが、「困った時には安藤へ」という考えが相手の中にあるということを教えてくれている気がする。良いことだ。

 情報屋としてもそれを目指していることがあるから、ただ単に僕の好みが表れているだけのような気もしなくもなくもない。ちょっと偏った選択だったのかな。

 結局寿観二十九年――つまり今年になっても成果はなかったし、不安になっちゃうよ。

 それに、今年の三月にちょっとやる気が削がれる出来事が起きてしまった。

 在さんが焔の従弟の奏君をスカウトして来たのだ。しかも、わざわざイタリアから。その上、入る条件の一つが、在さんが創ちゃんと別れることだったみたい。いくら奏君がイタリアで評判の良い情報屋だったとしても、だいたいの点においても優秀な天才君だとしても、そこまで身を切ってまで引き入れなくてもいいんじゃないの。

 もやもやしてた時に時也さんがせせら笑いながら言った。

「安心安全の三ツ矢製って訳だ」

 あまりにも胸にすとんと落ちる言葉だった。三ツ矢ってだけで在さんの人間不信が無くなるのだ。勢いづいているうちに焔の従弟の要君と楮さんでも強引に誘ったら良かったのかもしれない。まあ、焔が許さないよね。上手くいかないなあ、世の中。

 こうなると、僕がやって来たことが桜刃組に対して何の結果ももたらさなかったことが気に障ってきた。無駄という言葉が浮かんだ。どうしたら良かったんだろう。どうすれば良いんだろう。もう少し積極性を増すべきだけれど、相手に無理させたくない。ちょうど良い加減が上手く想像できなかった。

 考えているうちに悶々としてしまった。そんな頭の靄が晴れ切らない六月、またも頭を掻き乱すことが起きた。

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