第13話 奏君スペシャルだよ

 清美君がむっと唇を尖らせた。

「秘密です! 言いたくありません」

「どうしてそんな意地悪言うのかなあ」

 一旦手を放して、清美君と同じ段に立った。隣に立つと、より大きく感じた。

「クイズにする? 当ててあげよっか」

「終わったことにしたいんですが」

 むくれる清美君の前で奏君がぴょんと跳ねた。大輪が咲くようにポニーテールが広がった。

「第一問。宗助さんが清美さんと一緒に来た際、べらべらと喋って清美さんがドン引きました。何を話したでしょうか?」

「宗助さんが原因なのか。じゃあ、初代のこと……ではないか。今まで散々聞いているよね、多分」

 何で分かるんですか、と清美君が驚いた。驚くほどのことかなあ。

「何かなあ。時也さん……一ノ宮時也さんの心中かな」

 清美君が更に驚いて目を見開いた。

「心中⁉」

 繰り返した後、清美君はさあと青ざめた。不正解だったのか。不穏な情報を与えただけになっちゃった。慣れてない時期に申し訳ない。

 奏君がまた跳ねた。

「ほぼ正解です」

「正解なの?」

「完全な正解は、一ノ宮さんの死でした」

 奏君がすっと息を吸い、声色を変えた。

「あいつは二代目の狂信者じゃけん、おらん方がすっきりしますやろ。漸く本格的に三代目の時代が来た感じしますわ。再出発には少しでも人手が多い方がええでしょう。どうか清美をこき使ってやって下さい」

 宗助さんの声真似のようだ。僕相手には敬語なんて使わないから、新鮮だ。正直似ているのかは判断つきかねた。清美君を見ればますます青ざめていた。可哀想になって来たので、肩を撫でた。

「ひどいねえ」

 僕の感想に奏君が、ややっ、と声を上げた。大袈裟に驚いた振りもついていた。顔の筋肉はついてきれていなかった。わざとなのか、どうなのか。

「似てませんか? 宗助さんは特徴が尖っているので、やりやすいと思ったのですが。安藤さんで低評価なら、実の息子にとっては失笑ものでしょうか」

 奏君が清美君の顔を覗き込んだ。清美君は短く呻いてから、舌を出した。

「似てますよ。何故そんな凄い特技をこんなにも悪趣味に披露したのか分かりませんが」

「特技はここぞという時に使うものです。次は宗助さんに反応した清美さんの真似をしますよ」

 うええ、と抗議の声を上げる清美君を無視して、奏君が演じた。両手で拳を作ってわなわなと震える動き付きだ。

「何よそれ! 聞いとらんよ。人が亡くなっとんのに、そんな言い方しちゃいかんじゃろが」

 声の太さが足りないけれど、宗助さんよりかは似ていた。サンプル数の問題だろうか。

 奏君が軽やかにターンした。階段の上とは思えないね。バランス感覚への多大なる自信を感じたよ。

「聞いてなかったの……?」

 在さんの声真似だった。本物よりもさっぱりしていた。

 奏君は上から覗くような動きをしてから、またターンした。

「聞いてませんでしたよ」と清美君の真似の後にターン。

「そう……」と在さんの真似。

 また清美君の真似をするかなと思っていたら、舞うように僕に手を向けた。

「ここで第二問です。この後、宗助さんが帰った後、薬師神子さんは清美さんに何をしでかしたでしょうか?」

 割かし簡単な問題だった。

「意思の確かめでしょ」

 奏君と清美君が同時に呻いた。

「まあ……正解としてよろしいですよね、清美さん」

「完全に正解でしょう……って言ったら、再現やめてくれます?」

「します。何が何でもします。宗助さんが完全にいなくなった後、呆然としている清美さんに薬師神子さんが話しかけました」

 またターン。何回目だろう。目が回らないのかな。

「聞いていた話と大分違うようだけれど、大丈夫なの?」と在さんの真似。一呼吸おいて、誇張していると分かる程にねっとりと在さんの真似が続いた。

「やらなくても良いのよ。こちらはどうにかなるから」

 そういう方向行くんだ、と言ったけど、奏君の遊びは止まらなかった。

 ここで奈央子さんの真似、と奏君がДみたいな口をして目を見開いた。次に、猪沢さんの真似、と酸っぱそうな顔で手をわたわたさせた。更に、猪沢さんの胃の真似、と言ってから黒板をひっかいたような音を出した。それから、清美さんの真似、と言って、むっとして口を開きかけてターンした。奏君はまたねっとりと在さんを真似た。

「何処か遠い所にでも逃げなよ。父親には話を合わせてあげてもいい」

 額面通りの意味では無さそうに聞こえた。せめてそうであってほしいという願望が補正したのもある。在さんの拗らせ具合に心臓が痛くなった。武瑠さんもそこまで考えてなかっただろう。

 奏君はまたターンして、次は清美君の真似をし出した。

「自分の意思で来たんです! 入らせてください」

 半分怒ったような声だった。隣を見ると、清美君の目が死んでいた。

 奏君がぴょんと跳ねた。

「奏は思いました。橘清美という人は感情的になって勢いで道を踏み外してきたに違いない、と」

 清美君がぎょっとした。まあ、僕も引いた。

「そんな酷なこと思っていたんですかあ⁉」

「高校時代の荒れていた経歴はそうやってできたものでは? 奏は確信しています」

 清美君は唇をを歪めて黙った。ああ、図星なのか。頭を撫でてあげた。されるがままだった。本当に拒まないなあ。

 まあということで、と奏君が仕切り直した。

「退路を自ら断たせた、というのが百点の正解でした」

 はっきり言葉にされると可笑しささえ覚えて、声を上げて笑ってしまった。清美君が縋るように僕を見た。左頬を撫でるとそっち側の目だけ閉じた。二重がはっきりしていることが目についた。箍がぐらついちゃった。

 清美君がしょぼんとした声を出した。

「俺の経緯だと不安になるもんなんですかねえ」

「誰に対しても同じようなことしてたんじゃないかなあ。気にしちゃ駄目だよ」

 僕の言葉に奏君が加勢した。

「奏に対しても似たような事しましたよ」

 初耳だった。

「詳しく聞きたいなあ! さっきみたいに真似してやってみてよ」

 僕の提案に清美君が同意した。

「俺も見たいです。やってみてくださいよ」

 奏君がむっとして腕を組んだ。

「貴方方には話す気になりませんね」

 ちょっとカチンと来ちゃった。

「僕ねえ、さっきの二問、一応は全問正解したんだよ? ご褒美に教えてくれてもいいでしょ」

「賞品は清美さんの大腿骨です。どうぞお抜きになって下さい」

「どうしても駄目なの? ちゃんと秘密にしてあげるよ?」

「信用できません。清美さんのことお気に入りなんですから、遠慮せずに大腿骨抜いてください」

 意固地だった。刺青に囲まれた青い目が威圧的に僕を睨みつけた。おっかないんだよなあ。あまり踏み込ませてくれない。出会った頃、つまりは今年の三月から好感度はそんなに変わっていない気がした。

 諦めて清美君を見た。目が合って彼は口角を上げた。いちいち好感度が上がるようなことをしちゃう子だなあ。

「あげませんよ、大腿骨」

「獲らないよう。グロテスクなのは好きじゃないもん」

 奏君と喋るよりも楽な感じがした。清美君は清美君で警戒心が無いというか、マイナスいってる気がした。

「でも、ご褒美は何か欲しいね。そうだねえ」

 どうします、と清美君が楽しそうに聞いてきた。人懐っこい瞳に何処までも受け入れてもらえそうな予感がしちゃった。

「ぎゅーってしていい?」

 完全に箍が外れちゃった。お預けされていたし仕方ないよね。

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