最終章 桜刃組事務所への帰り道!

第45話 敬語問題発生だよ……

 車に乗って、瑪瑙御坂邸が見えなくなると一気に気が抜けた。僕以外も同じだったらしく、助手席の奏君が気の抜けた声をあげた。

「しっかし、まあ疲れましたねえ」

「沢山人がいたものね」

 在さんの言葉に奏君がブーイングをあげた。手を後ろに向けて横に振った。

「桜刃組の狭い立場が思い知らされたのが、です!」

 在さんが隣の僕を見た。

「あんなものよね、外から見ても」

「まあ、そうですね。奏君も知ってたでしょ。入ってから三か月も経つし、今更でしょ」

 シャアーと威嚇された。人間を止めないで欲しい。

「ある程度は分かっていましたよ。でも、今まで此処までとは思っていませんでした。薬師神子さんは飄々としていたので騙されました。ギリギリのギリじゃないですかっ。詐欺です。清美さんも被害者ですよね」

「騙された覚えはありませんよ」

「憐れですね。すっかり騙しきられているんですよ」

 清美君は短く唸った。

「そう言えば、会長と何話してたんですか。ねえ、安藤と在さん」

「露骨な話題転換止めてください」

「先輩は気にならないんですか?」

「どうせ人増やせですよ。人増やして初代っぽくなれですよ」

 そうねと在さんが肯定すると、奏君が拍手した。

「大正解ですよ」

「先輩凄いですね」

「詐欺の話に戻りましょう」

 清美君が潰れた声をあげた。僕も同じ気持ちだ。助け舟を出してあげよう。

「内容はそうだったけどさあ、怖いこともあったんだよ」

「安藤さんは会長の前にいるだけで怖かったんでしょう。奏はちゃんと分かってますよ。安藤さんが小心者だということを」

 むかついちゃったけど、否定できない。悔しいから態度には出してあげない。怪談を語るように、わざと大袈裟に声を震わせる。

「会長がねえ、コンッと舌を鳴らした途端にねえ……在さんがなんとタメ口になったんだよおう」

 ひゃーと清美君が景気よく悲鳴をあげてくれた。肝心の奏君はクエスチョンマークを氾濫させていた。洋菓子店のマスコット人形のように首を左右に振ると、真後ろに座る在さんの方に振り返った。

「生意気な真似してるんですね」

「彼が望んだことよ」

「成程……。そうですよね。心遣いは相手の為にすることですから、結局は相手が喜ぶことをするのが一番ですよね。相手が嫌がる心遣いなど、只の自己満足の暴走ですよね」

 在さんが首を傾げた。奏君が捻じ切れそうな勢いで清美君に顔を向けた。

「奏に敬語使うの、止めてくれませんか? 嫌なんですよね。貴方の自己満足の暴走に付き合わされたくないんですよ」

 清美君は土砂降りの下り坂の急カーブに合わせてハンドルを切っているところだった。しかも、彼はペーパードライバーだ。ハードモードにも程がある。怒り声で返すのも当然だ。

「何を言うとるんですか! 先輩は先輩でしょうが。いい加減自覚もって下さいよ!」

「人生の先輩は清美さんじゃないですか!」

「裏社会の人間としての人生の先輩は奏先輩ですよ! イタリアで評判良い情報屋だった経歴を誇って下さいよ! 先輩の経験値の方がえぐいですからね!」

「真っ当に四年多く生きている方が経験値は高くなりますよ」

「真っ当になんか生きてませんー!」

 清美君の元気な後ろ向き発言でカーブは終わった。奏君が返事をする気配がなくなったので、微妙な沈黙が訪れた。清美君は気まずかったらしく、真剣そうな声で言った。

「敬いたいんですよね、先輩を。桜刃組の中での先輩として」

 奏君はそれに応えず、薬師神子さん、と呼び掛けた。在さんが、どうしたの、と返した。

「最初は白金会会長に敬語を使っていたんですよね」

「今日の話?」

「過去全体です」

「最初から、組長になる前から敬語だったよ」

「何故敬語を止めたんですか」

「望まれたから」

「貴方のような自分で縛りをつくったら簡単に変えられない不器用で面倒な人間がその程度のことで態度を変えられるとは思えませんが。詳しくお聞かせ願いたいものです」

 敬語なのに敬意を一ミリも感じない。でも、在さん本人は何とも思ってないようだった。隣で僕はこんなにやきもきしているのに。

 在さんは一旦清美君に視線をやって俯いた。それから、弱気な声で答えた。

「とても大切な話の時に話してもらえなくなったの。……正確には、敬語を止めないと返事をしない、としか繰り返してくれなくなったの」

 想像するだけで頭痛がしてきた。清美君が頭を掻いた。奏君が嬉しそうな相槌を返した。在さんの声が苦みを帯びながら言葉を継いだ。

「君が同じことをするのは、許せない」

「勿論、分かっていますよ。奏は意思の疎通を止めるような真似はしませんよ。ねえ、清美さん」

「ありがたいことですねえ、本当であれば」

「信頼してくれませんか? ついでに敬語を止めてくれませんか?」

「そう来ますかあ。でも、意思の疎通は滞りますよね」

「滞っても結果的には通りますでしょう? 十分ですよ。勿論、貴方が敬語を止めさえすればこんな無駄な真似をする必要はなくなりますが」

「じゃあ、我慢勝負ですね。俺は頑固ですよ。絶対折れませんよ」

「貴方が父親相手に容易く折れていたのを奏は知っていますよ。良いんですよ。今まで通り、素直に柔軟に流されてください。敬語も止めて下さい」

 挑発にしてはきつすぎる。清美君の頭もぎりと震えた。多分歯を噛み締めたんだと思う。挙句、震えと熱を含んだ声が出てきた。

「……絶対に止めてやらんですわあ!」

 無理でしょ、これは。可哀想になって口を挟んだ。

「奏君さあ、末っ子気質もう止めなよ。もうすぐ二十歳でしょ。大人の余裕を持ちなよ」

 振り向きざまに睨みつけられちゃった。でもその視線は僕を斬りつけるように通り過ぎて、在さんへと向けられた。

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