第8章 6月28日、白金会会長の邸宅に行ったよっ
第33話 白金会と桜刃組について説明するね
この日、僕たちは白金会会長の邸宅に行った。
凄い。この事実だけで頭痛がしてくる。和らげる為にイチから話すよ。
白金会というのは、全国に下部団体を持つ巨大組織だ。裏社会だろうと表社会だろうと知らない人間はおらず、泣く子どころか大人も黙る。そこまで会を超成長させ、今もなお会長の座に君臨し続けるのが瑪瑙御坂
これから、個人的感情を重視して話をするね。在さんが清美君にそうして説明している場面に遭遇して、分かりやすさに舌を巻いたんだよね。
瑪瑙御坂煌壱朗さんは会長になる前から桜刃組初代組長の薬師神子純郎と親交があった。勿論、組織同士の付き合いではあった。けれども、彼は純郎さん個人に一人の人間として惚れ込んでいた。純郎さんの死後もその思いは褪せることは無かった。桜刃組二代目組長の死後、残された純郎さんの孫と崩れつつあった桜刃組をなりふり構わず支援する程には。そう言い切りたいが、此処に事情がもう一つ加わる。
この時、白金会は既に現在と同じくらいの規模に膨れ上がっていた。下部組織は増えに増え、一個人が全てを把握しきれない状況にこの時点でなっていた。会長が幹部達に伝える意思は下に伝わるにつれて歪んでいった。誰もが上の立場の人間の顔と隙を伺って、言葉の裏をかいくぐって利益を求めた。
具体的な例をあげよう。白金会は薬物取引を行わないと宣言しているが、五次団体にあたる花崗組は薬物取引で利益を得ている。その一部を白金会に納めている。
そういうことが全国的に起きている。会長は受け入れつつも、納得はしていなかった。綺麗事だけではやっていけないと理解していたが、押し通したいという気持ちも無くせなかったらしい。白金会内部で後者の願いを尊重しているのが、翠子さんの派閥だ。武瑠さんもそこに所属している。でも、彼らだけでは白金会の浄化は難しく、会長の気は晴れなかった。
だから、桜刃組で気晴らしをしているらしい。在さんが言うには。
桜刃組は――三代目組長の時代だけに限定すれば――ご存じの通り少人数で、下部組織も持たない。複雑なカーストを形成しようも無く、隙を見つけようと見つけまいとできることが少ない。おまけに、在さんの好悪の判断と会長の理想は合致している。
会長の気晴らしには最高の環境だ。横から適当にアドバイスという形で大事な綺麗事を言って、自分が嫌な要素を持たないままに育つのを眺めた。言葉にすると、何だかアクアリウムでもしているみたいだ。在さんから見れば似たようなものなのかな。
勿論、桜刃組は白金会の下部組織ではない。支援を受けたこともあるし、一番の取引相手ではある。白金会と敵対する意思のある相手とは関わりを持たないように意識もしている。でも、会長の意思はそのまま反映することは少ない。
「あの人のやり方は桜刃組に適さないもの。あの人自身も分かっていて言うの。受け入れられないのを楽しんでいるのよ」
在さんがふんわりと言うと、清美君は目を眇めた。在さんがその反応を見て、ゆっくり瞬いた。前日の夕方のことだ。
「桜刃組のことは全て楽しむ気でいるの。その為に、あの人は心が最大限に広い時にしか僕達に会わないようにしてる。だから、貴方は気を張らなくていいの」
清美君は唸って、自分の頬を捏ねた。隣にいた僕の頬まで捏ねた。四秒程遊んだ後、清美君は在さんに向き直った。
「いやあ、張ってしまいますわ……」
そう、と在さんは小さく相槌を打った。困っちゃってた。助け舟を出してあげたんだよ。
「清美君、適度な緊張で良いんだよ。多分、好々爺の態度で来るから、祖父だとでも思えばいいんじゃないかな」
肩を擦ると、清美君が僕の手に手を重ねた。そして、真剣な眼差しと共に、無理じゃろ、と告げられた。
「安藤もできんじゃろ。ガッチガチになるじゃろ」
八年前に実際起きたことだったので、ちょっとむっとしちゃった。
「僕は会わないから良いの!」
真っ先に反応したのは清美君ではなく、在さんだった。詰まったような声を小さくあげたのだった。
僕と清美君は彼に注目した。清美君はぐりんと音でもしそうな首の曲げようだった。僕はと言えばこの先の言葉への恐れで震えていたと思う。手がぴりぴりしてきてたし。
「その反応は、まさかあ!」
清美君が煽ると、在さんはぎこちなく頷いた。それから、黒目がちな双眸が僕を捉えた。
「明日の十六時、僕達と一緒に安藤にも来て欲しいそうよ」
僕はどういう顔をしてしまったんだろう。在さんは申し訳なさそうに一度目を伏せてから、言葉を続けた。
「行けないのなら、僕から伝えておくね。あの人だって、急な話だから通るとは思ってない筈」
思考より先に、や、と声が飛び出していた。やややっや、と清美君が追随した。それで勢いづいちゃった。
「断れませんよおー! 天下の白金会の会長相手に!」
在さんは僕らのハイテンションに引っ張られず、独自のゆったりとしたリズムで首を傾げた。
「断っても良いんじゃないの? 今回は言い訳できるもの。君、苦手でしょう?」
八年前のことがフラッシュバックした。ねちっこい声。苛立ちを生むためにスポイルされ並べ立てられる僕の経歴。薄っぺらい故意的な偏見。薄い唇から言葉と共に吐き出されこちらに絡みついて来る紫煙。舐めるような視線。太い指。点火しそうな勢いで灰皿に叩きつけられる銀色の短い煙管。やけに乾く喉。味のしない煎茶。指どころか全身が震えて軋んでいた。唇が強張って動かせなくなり、在さんが背中を擦りながら僕の代わりに話してくれた。
目の前の在さんが悪魔に見えてきた。
厳つい角とか似合いそうだ。複雑な曲線であれば猶更。マーコールの角とかが良いだろうか。頭が重くなっちゃうから、本人は嫌がるかな。トレードマークだった長い髪を切ったのも重さの問題だと聞くし。節分用のお面みたいな角だったら受け入れてくれるかなあ。
なんて思考を意識的に逸らしてから、正気に戻った。
「駄目ですよ! 立場的に逃げるなんてできません」
在さんは答えなかった。心配そうな視線が突き刺さってきたくるだけだった。頼りなく見えちゃったのかな。清美君の腕を掴んだ。
「今回のターゲットは清美君でしょうし!」
清美君の肩が跳ねた。ターゲットと繰り返し、僕と在さんを素早く見比べた。四往復した後、視線は在さんに縋りついて固定された。
「攻撃されてしまうんですかあ?」
音程の定まらない軟化した声に在さんは一旦眉根を押さえた。何というか、という言葉と共に手が離れた。
「相手を知る為に意地悪して試す癖があるの。それだけのこと」
「奏先輩は三日三晩食事が喉を通らず、奈央子先輩は心臓が痛み、安藤が引き攣ることが、それだけのことで済むんですか。済ませて良いんですか!」
「奏は嘘を吐いているの。別れた直後に空腹を訴えたくらいよ」
「百八十度違うじゃないですか!」
「そうね。だから、あてにしないの」
「奈央子先輩と安藤ー!」
話に途中参加した僕は此処で漸く清美君の状態を把握した。なおかつ二人に同情した。在さんは継続して困りながら、言葉を重ねた。
「二人は……繊細だから」
「俺も繊細ですよ! 一緒! 同類! 仲間! 感じますっ、シンパシーをば!」
「種類は違うでしょう? 耐久性の点で。貴方なら大丈夫よ。僕はそう予想できるの」
清美君は瞬き、両目を硬く閉じて唸った。それから、うわん、と消え入るような声で呟いた。
可哀想になってきた。せめて情報という鎧を与えておこうと、あれこれ話してみた。が、僕のメンタルが壊れていき、清美君の腕を擦りながら明日への恐怖を繰り返すことになっちゃった。清美君も僕の手を擦りながら怖がっていた。途中からごっこ遊びの様相を呈してきたので、深く考えられなかった。ベッドに入る段階で漸く反省できた。おかげで浅くしか眠れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます