第41話 コーギーの名前は何だろうね?

 清美君はといえば、しゃがみこんでコーギーに大興奮していた。立派な尻尾を褒めた後、お座りお手おかわりをリクエストした。コーギーは百点満点の行動をして、ご褒美に撫でまわされている。清美君の手付きは相当気持ち良いらしく、コーギーは今ご満悦で尻尾を振り回して腹を見せて寝転がっている。その姿に清美君は更に魅了され、撫でる手を止めなかった。彼とコーギーの間に喜びのサイクルができていた。

 僕は悲鳴を上げる程ではないが、動物はあまり好きではない。コーギーよりも、隣にしゃがみこんだことで感じる清美君のスケール感とかはしゃぐ声の可愛らしさの方が気になる。でも、清美君のスーツにつく毛の方が気になる。

 そのスーツは、テーラーのとらせんさんが仕立てたものだった。千里さんは桜刃組にいて、宗助さんのリンチにも参加しちゃった人だ。桜刃組を抜けた後、桜刃組が初代の頃から贔屓にしている店に弟子入りした経緯を持つ。その腕前はかなりのもので、清美君もしっくりくると喜んでいた。僕に煽てられてその場でくるくる舞ってみせた程に。そのスーツに犬の毛がついている。神経にぴりっと来ちゃうね。千里さんは返り血を浴びてもかっこいいスーツが理想だそうだから、これくらい気にならないかも。きっとそうだよね。

 コーギーに集中してちょっと気分転換しよう。そう意気込んだ時に、清美君の隣にある男と女がしゃがみこんだ。思わず清美君の左腕に腕を絡ませた。次から次へとストレスが増えていく。今日は厄日だよ。

 男は金髪だった。ただし、インナーカラーを青紫色にしている。白地に金糸のスーツを着ており、覗く白一色のネクタイと黒一色のシャツが控えめに思える程ド派手だ。

 隣の女の子はミッション系学園の制服を着ていた。水色のワンピースに白いシャツ。清楚なデザインだ。黄色のリボンでくくったツーサイドアップにも似合っている。この場所には似つかわしくない。

 こんな尖った特徴の二人だから、僕は一瞬で誰か分かった。同時に深く後悔した。

 僕の役割の一つは清美君に十分な情報を提示することだ。だから、勿論彼らのことは昨日話した。だから、清美君は二人のことを知っているのだ。問題は、名前と家系図と状況しか知らないってこと。隣の二人がその二人だと判断できないってことだ。

 清美君は人懐っこそうな笑みを二人に向けた。一定の困惑は口角がやけに上がっていることから分かった。

 男はにやにやしながら、コーギーを撫でた。

「こいつ、警戒心強いのに凄いなあ」

 コーギーがはっと目をむいて、起き上がった。それから逃げるようにして女の子に膝に体当たりした。彼女がコーギーを抱えながら清美君を見つめた。

「ニケと遊んでくれてありがとうございます」

 男が即座に訂正する。

「ニッケル基超合金だ」

 清美君は唖然とする僕と違ってすぐ反応した。

「ごっつい名前ですねえ。由来何ですか?」

「俺は元々、超合金にしたかったんだ。格好いいだろ。でも、こいつがさ、可愛く呼べるのが良いって言うからさ、折衷案だよ」

 女の子が頬を膨らませて、ぺちぺちと男の肩を叩いた。

「あたしは納得してないからね。ニケはニケだよ」

「ニッケル基超合金だ」

「犬の名前としておかしいよ。ニケ!」

「ニッケル基超合金だ!」

「ニーケー!」

「ニッケル基超合金!」

 兄妹喧嘩が始まったと思ったら、男は清美君の腕を掴んだ。

「愛媛のアンゴルモアなら分かってくれるだろ? ニッケル基超合金の方が良いってさ」

 女の子が膝を床につけて、上半身を清美君に近付けた。

「清美さんなら分かってくれますよね? 可愛い方が良いって」

「……ニケも可愛くはなくないですか? 勝利の女神でしょ。それなりにごついですよ」

「愛媛のアンゴルモアさんの意地悪!」

「清美って呼んでくださいよ!」

「ニケがごつい名前なら、橘清美は愛媛のアンゴルモアなんです!」

「変なリンク止めてもらえませんかあ⁉」

 男が清美君の腕を擦った。

「お前だって男なら、橘清美より愛媛のアンゴルモアの方が良いだろ? 正直になれよ」

「良くないです。どうしてその呼び方だけ広まってるんですか?」

「そりゃあ鈴木のせいだな」

「どなたですか?」

「何だあ、お前、鈴木覚えてねえの。可哀想だなあ鈴木」

 清美君が僕を見た。

「まあ、僕も鈴木さんから聞いたね。愛媛のアンゴルモアというのはね」

「誰よ?」

「白金会系列の組の人間だよ。君が高校生の時に喧嘩したことがある。当時は彼も高校生だったけれど、東京からわざわざ君に会いに行ったんだよ」

「……分からん。三人ぐらいに絞れるけど」

「三人もいたの?」

 男が、まあまあと言いながら、スマホを取り出した。金色のカバー付きだ。

「写真あるから見ろよ」

 ありがたいです、と清美君が懐から眼鏡を取り出した。男が噴き出す。

「おじいちゃんかよ。敬語止めろよお。どうせ同い年だし」

「この世界では先輩ですから、止めませんー」

 危機回避能力あるんだ。いや、この状況に陥っている時点で回避できてない気もする。

 清美君は見せられた写真の人物が分かったらしく、嬉しそうに声を上げた。

「この人かあ。俺も覚えてますよ」

 そして、硬直した。僕を見て、二人を見た。それから、漸く大事な疑問を口にした。

「……貴方たちもどなたですか?」

 男が鼻で笑って立ち上がった。女の子も立ち上がる。自然と僕達も立ち上がった。男は清美君を見て、その奥の人物――在さんを見た。

「俺は金時。瑪瑙御坂金時。会長の唯一の息子にして、次の会長になる男だ」

 優翡さんが舌打ちをした。あほいうなや、と喋り出した途端、女の子がひらひらと左手を奥から手前へと振った。

「私はもえ。瑪瑙御坂萌黄です。金時お兄ちゃんや優翡姉さまの妹です」

 事態を把握した清美君が口元に手をやり、目を白黒とさせた。写真付き家系図つくれば良かったね。そんな僕の反省を飛び越えて清美君は動いた。ということは、と声を震わせて、名称不確定のコーギーを見た。

「瑪瑙御坂ニッケル基超合金か、瑪瑙御坂ニケってことですよね。名字の時点でごついじゃないですか!」

 コーギーが嬉しそうに吠えた。萌黄さんがむうと頬を膨らませた。

「だーかーらー、絶対ニケが良いんです! せめて名前は可愛くしたいんです!」

 金時さんがコーギーをキレよく指さした。左手は腰にやっていた。格好つけなんだろうね。

「ニッケル基超合金の方が名字とつり合いがとれて、格好いいだろが。……なんて茶番は終わりだ」

 金時さんはコーギーから指をそらせ、パチンと鳴らした。それから、在さんを鋭く指さした。清美君の目がすわったのは僕しか気付いてないかもしれない。

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