第42話 瑪瑙御坂金時さんの舞台が始まちゃった……

「薬師神子在。お前と話がしたい」

 在さんは金時さんの言葉に反応らしい反応を見せなかった。緊張も弛緩も表さない結ばれた唇と硝子玉のように平静な瞳が冷たい美しさをただ漂わせていた。

 静寂に迎え入れられたことが気に食わなかったのか、金時さんは一歩彼に近付いた。奏君がその足元をねめつけた。金時さんは一度睨み返し、在さんに向けて滑らかに手を回転させて掌を向けた。

「薬師神子在。お前は俺と同じように若くして組を継ぐ決意をした人間だ」

 芝居がかった調子を外すように、在さんはいつも通り素っ気なく応えた。

「君とは違う。僕はなりたかったんじゃないの」

「でもお前の代で桜刃組は前の代から様変わりしただろう?」

 めげずに芝居がかった声が在さんを絡めとろうとした。まあ、無駄な熱意だ。

「維持できるものが少なかったから」

「武器屋と化したのはお前の意思だろう」

「ええ。でも、周囲の意思や適性の方が大きな理由よ」

「桜刃組の長として誇らしくないのか?」

「貴方は一個人の感情の話をしようとしているの?」

 金時さんは唇を歪めてから、一度目を閉じた。息を吐いてから、再び鋭い眼光を在さんに浴びせた。

「ああ、そうだ。その地位を手にしたお前の感情を聞きたい」

「君が聞きたいものではないよ」

「何だよ」

 金時さんが首を回した。その間に在さんが坦々と言葉を並べていく。

「君と僕は共通している点が少ないの。だから、君が今から話そうとしている事柄に僕個人の話はそぐわない。段取りを変えた方が良い」

 台本にケチをつけられた金時さんは唇を尖らせた。そうかよ、と呟き、清美君を見た。いや、僕もばっちり見られちゃってた。観客のままでいさせて欲しいなあ。僕のそんな小さな願いは無視されて、舞台は進行した。進行っていうか侵攻って感じだ。

「橘清美。安藤巳幸から聞いていると思うが、白金会の跡目争いは奇妙だと思わないか」

 清美君がカッパ口で苦笑いを浮かべた。僕も真似してみた。金時さんはその反応で満足だったらしく、というか多分自分の都合よく僕達に都合悪く誤解して尊大さを増して語り出した。

「次期会長の座を争うに十分な地位を築き上げた奴らは、瑪瑙御坂の女どもが娶ってる。あいつらは女の癖に白金会が欲しいんだぜ」

 優翡さんが、うちは別に、と顔を赤くして喋り始めた。が、金時さんは無視して言葉を続けた。

「翠子なんか色気が無いから、自分が会長になろうとしている。身の程知らずにも程がある。そんな狂った状況、おかしいだろう。俺が、瑪瑙御坂の唯一の男が会長になるのが真っ当な道だろ。……お前だってそう思うだろ?」

 金時さんが清美君の肩を掴んだ。清美君は両手で壁をつくった。

「何とも言えない立場の人間に聞かないでくださいよ」

「天下のアンゴルモアが怖気づくなよ」

 金時さんは清美君に顔を近づけた。すると、在さんが二人に歩み出し、奏君が続いた。金時さんはそれでも清美君を見つめ続けた。

 清美君は一旦唇をへの字に曲げてから口を開いた。

「ヤクザって必ずしも世襲制じゃないんですよね。貴方自身のことはまだよくわかりませんし、結局何とも言えやしませんよ」

 金時さんは数度瞬いてから、目を見開いて打ち付けるような笑い声を上げた。

「じゃあこれから知っていけばいい。俺が白金会に新時代を齎すに相応しい人間だとさ」

 金時さんが清美君に右手を差し出すと、彼は躊躇も無く握手した。握られた手が三回上下動を繰り返して離れた。ついでとばかりに金時さんの手は僕に差し出された。

 ――本音を言っちゃうと、僕は彼とはよろしくしたくない。残酷なことも言っちゃうと、金時さんは面倒臭い人達の傀儡だ。白金会の現状が気に入らないけれども覆す地位のない老獪な人々に担ぎ上げられ、過激な思想を吹き込まれている。その状態だけでも口の中が酸っぱくなっちゃうが、更に嫌なことがある。傀儡師達は、桜刃組を白金会の下部団体だとみなしている。しかも、白金会の支配を企んでいると判断しているらしい。

 僕に理性や建前が無ければ、この手を振り払っちゃっているだろう。でも残念、もしくは当然、僕は考えを悟らせないように素早く握手するのだった。愛想笑いのサービス付きだ。

「お前もよろしくな。寝るのは御免だが」

 必要以上に点を減らしていく言動に、金時さんの今後が心配になった……なんて嘘だよ。ちょっと嫌いになっちゃっただけだよ。年下で自分より背が低くてクール気取る俺様タイプという自分の好みから大きく離れている相手が嫌になっても、調子は崩さない。僕は大人だからね。

「勿論、情報屋としてよろしくお願いしますね」

 頑張って猫撫で声で応えた。萌黄さんが申し訳なさそうに上目遣いを向けてきたのは気にしないでおこう。コーギーが舌を出して眉根を圧縮しながら見上げてきたのも同様だ。

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