第29話 悪ノリされちゃったし、しちゃうよ!
「でも、何を話せばよろしいのか思い浮かびませんのよ。それに、私、フェチのお話はして欲しくないと言ったばかりですわ」
清美君は唐突にお嬢様モードに入った。車降りてちゃんと見たいな。地味にイントネーションがお嬢様でなく普段の方言に引っ張られているから、どんな顔でやっているのかちゃんと見たかったな。
「いったい何だいその物言いは」
「大学時代、ご学友の皆さんに同じような話を強請られて何も言えなくなった時のことを思い出しましたのよ。厳格だのカマトトぶってるだの言われた挙句、あだ名がお嬢様となりましたの。すぐに飽きられて呼ばれなくなりましたが、それなりに嫌でしたのよ」
今のように自暴自棄気味にお嬢様喋りしていたんだろうな、と安易に想像できた。それにしては精度が低くないか。雑念が湧いていると、清美君は話を続けた。
「まあ、そうは言いましても、その後、お嬢様完全失格の出来事も起りましてよ」
「お嬢様と呼ばれている期間に?」
「その期間より後ですのよ。あれは忘れもしません。二十歳になったばかりの春ですわ。先輩の……A先輩のご自宅でご学友の皆様方と共に酔っぱらっている時にB先輩がご自身のお書きになったエロ漫画を渡されましたの」
「もう既にお嬢様失格ではなくって?」
「私の行動はまだ許容できるものではなくって? B先輩の漫画はネームの段階で、推敲の為に音読するように言われましたの。私は受け入れましたわ」
「まだお嬢様失格ではなくって?」
「まだ踏みとどまっていますわよ。B先輩の漫画は、悪ノリが過ぎるというか、先鋭化された領域のものでしたの。具体的に言うと健全な頁はありませんでしたし、登場人物は淫らに実況するような長台詞を喋り続けていましたわ。水音のような音も過剰に書き込まれていました。私は主人公の女の子の役をしましたわ。複数にやられる役でしたよ。この通り、ごっこ遊びは好きですから、裏声をもってして全力でやりましてよ」
聞いてて奥歯が痛んできた。内容が酷いのに坦々とお嬢様モードやり続ける清美君に恐怖すら覚えてきた。先程示された境界線を軽く飛び越えている気がしてきたのだが、大丈夫なのだろうか。続きが気になるから、止めはしなかった。
「漫画も悪ノリですが、私達も悪ノリしていきました。全員がゲラゲラ笑いながらエロ漫画の再現をしていました。擬態語班は自分の口に指を突っ込んだり、剥き出しにした腹を叩いたりして再現を試みておりました。竿役班はできるだけ低く太い声を出してねっちこく演じておりました。特に悪ノリが酷い人は跨ったり腰を打ち付けたりして姿勢の再現もしてました」
「清美君は女役のポーズをとりながら、裏声でえっちい台詞を言っていた、ということですのね」
「抜き出されると腹が立ちますが、そうですね。所で、A先輩は実は不在でした。場が最高潮の時に帰ってきましたのよ。リビングのドアをお開けになった時、四つん這いになっていた私と目が合いましてね、呟かれましてよ」
また下手な物真似を挟んでくるだろうと思ったが、調子を崩さずに言葉は続いた。
「清美はもう汚れちまったんだな、と」
清美君は一旦首を横に曲げて目だけで視線をやったようだった。それから、ふうと息を吐いた。
「こうして掻い摘んで話すと妙に重く聞こえるけど、当時は別に何とも思わんかったんよ。変わらん調子で笑って、とあるアニメの物真似をした。「汚されちゃったよ」って言う台詞のあるやつ」
「さぞ似てないんだろねえ」
うぇ、と鳴き声があがり、んん、と咳払いの成り損ないが聞こえた。
「まあ私はそういうことをノリでする人間でございますので、エッチなお話してくれたらノれるものならノリますわよ。そういうことをお伝えしたくてよ」
「お嬢様の復権はもう無理でしょ……」
「思ったより引かれたので、お嬢様にならないと居たたまれなくってよ」
顔に出ていたか。かき消す為に笑顔をつくる。
「んじゃまあ、ガンガンするけれども」
話しながら引っ掛かった。
「……一方的に僕が話して君が聞くというのは妙だよ。さっきの話、君が真に伝えたいのは、輪姦が好きということじゃないの?」
濁点付きの「ん」が低音から高音に一気に駆け抜けた。
「どっちかと言うと、苦手じゃわ」
「出たよ、お嬢様。素直になっちゃいなよお」
「素直じゃよお。一人に対し一人の運命の赤い糸みたいな方が好みじゃよお」
「えー、君のお父さんは三股する人間だったのにい? 遺伝してないのお?」
ぱたんと反応が止んだ。ブレーカーが落ちたかのようだった。
その時、赤信号になったので、ブレーキを踏んだ。完全に静止してから、静かになった清美君を眺めた。
顔は青くなっていたし、大きな瞳は瞬きを繰り返していた。体全体が小刻みに震えていた。
肩を撫でると、顔がこちらに向いた。双眸に目をやると、じんわりと涙が滲んでいた。
「うっそじゃろ……」
声は完全に裏返っていた。
所で、今日は六月と名乗らないでほしい程の快晴だった。窓から左斜めに差し込んだ日光は清美君のジーンズの色を飛ばさんばかりに輝いていた。日陰にいる顔は対比的に暗く見えた。色素が薄めの黒髪なんか影の中に解けて同化してしまいそうだ。何が起きてもきっと影が隠してしまうだろう。そんな突飛な妄想が、僕の暗い所で居座るサディズムを揺すった。
僕は彼の頬へと手を移した。煩い鼓動が喉を弾いた。
「宗助さんはね、桜刃組にいた頃、三人の恋人が同時にいたんだ。四人で一緒に暮らしさえしていたんだ」
清美君の喉から掠れた弱々しい悲鳴が漏れた。絶妙な高さと厚さが僕の耳朶を撫でていった。背骨辺りがくすぐったくなる。
「君の住んでるマンションのね、オーナーはね、その内の一人だよ」
清美君は、あの人が、と呟いて、両手で口を覆った。
ノリのいいアクションに気付いちゃった。多分やりすぎだと。
難しい。焔相手だとこうはいかない。彼なら殴るか、泣くか、説教するかで止めてくれる。だから、ずっと友達でいられている。
もっとブレーキを踏ませてくれる反応をしてほしい。煽るような可愛らしい反応は止めて欲しい。これが嫌がっている態度だと学習しようと、改めて観察した。
それで気付いちゃった。
ショックですと言わんばかりに見開かれた目が、実はきらきらと輝いていることに。
「清美君、嫌がって無くない?」
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