第47話 茶番だよっ

 奏君が短いシャウトで清美君と僕の笑い声を搔き消した。僕も清美君も在さんも吃驚して奏君を見た。

「どうなるんですかあ、桜刃組はっ」

「なるようになるんじゃないの」

「在は黙ってろ」

 僕と清美君に緊張が走ったが、在さんは平然としていた。二人きりだと呼び捨てにされちゃってるのかな。違和感しか無いね。

 奏君はギーと唸りながら、シニヨンを解いた。いつも通りの無造作ポニーテールをすぐに形成して、落ち着いたらしく平坦に話し出した。

「次回予告して良いですか」

 落ち着いてはないね。僕と清美君が促してみると、奏君はアニメ声を出した。しかも、女声。

「大変! 超巨大な白金会が多方面からしっちゃかめっちゃかに圧力かけてきた! 急ごしらえの烏合の衆で揺れる桜刃組! 人間嫌いの組長と奏は限界を迎える! うざったるさがますます増す安藤さん! 振り回されて災害と化す清美さん! 次回『桜刃組崩壊! 組長の八年前の夢叶う!』 また見てね!」

 でしょう、と奏君が普段の声で自信満々に言った。直後に彼の頬を清美君の劇弱ビンタが襲った。

「ほら、敬う気が無いじゃないですか、ディザス橘清美さんは! 敬語止めて下さい!」

「あんっ貴方が桜刃組を蔑ろにしすぎなんですよ!」

「あんたって言いかけましたよね。良いですよ。その調子で敬語止めて下さいよ」

「止める訳無いでしょうが!」

 だいだいねえ、と清美君が苛々と言葉を継いだ。

「優翡さんも金時さんも案外話せる人だったし、そんな危機的状況にはならないんじゃないですか」

 奏君が息を詰まらして、歯を噛み締めた。放射状に広がるポニーテールの毛先が静かに揺れた後、激しく踊った。彼が噛みつくように話し出したからだ。

「あの場での限定的、いえ、奇跡的に成立した会話だとは思わないんですか? 他にも懸念材料はあると思わないのですか? 楽観視できるのは貴方に提示されたカードの少なさのおかげだとは思わないのですか? あと敬語止めて下さい」

 懸念材料という単語に思わず在さんを盗み見たが、舟を漕いでいた。

 奏君と共同で抱えているだろう爆弾の導火線はあとどのくらいの長さがあるのだろう。その火はどうすれば消えるのだろう。僕の不安を知らない清美君は会話を続ける。

「なるようになるんでしょう! 組長が言った通りに!」

 先程の言葉に含まれていた悲観的なニュアンスを――きっと崩壊さえも受容していた意味をとらずに清美君は在さんに確かめるように一瞬だけ振り返った。彼の白の比率が多い瞳に続いて、奏君の深い青色のそれも在さんに向けられた。

 在さんは数秒の沈黙の後、夢に足を突っ込んだような柔らかな声で応えた。

「そうだといいのにね」

 奏君がブーイングを飛ばした。在さんは柔らかさを更に増した声で宣言した。

「眠るね」

 奏君と清美君のどよめきをよそに、在さんが体の力を抜いて俯いた。二人はその姿をちらりと見て、囁き合った。

「ほらほらほら、なるようになる方針ですよ」

「希望は何とでも言えますよ。ねえ、キヨミ・ラッカンシーさん。敬語も能天気も止めて下さい」

「ナゲキカナデさんが悲観的なだけでは?」

「悲観的にならざるを得ない状況なんですよ。分からないんですか? 敬語を使わない方が良いというのも分からないんですから、仕方ありませんか」

「裏社会一年生ですからね。先輩にご教示いただきたく存じます」

「敬語を止めろと教えてあげているじゃないですか」

「先輩の我儘でしょ、それはっ」

「先輩の言うことは絶対です。先輩を敬って敬語を止めなさい」

「敬語なしでどうやって先輩を敬えば良いんですかっ」

「……おにぎりとかもらえれば奏は敬われていると感じます」

「タメ口でご飯を渡すって、動物園の触れ合い広場じゃないですか。敬ってませんよ。兎扱いですよ」

「立場ある男性が年下のお姉さんを女王様と呼んで豚扱いしてもらって悦ぶ例を知っているでしょう。奏も同様に兎扱いされたいんです」

「かなちゃん、もっと人参食べえよお。可愛いねえ。ふわふわじゃあ。……腹立ちませんか?」

「………………………………良いか、悪いかで言えば……良いですね」

「嘘でしょう。意地になってるでしょ。冷静になってください。先輩としての威厳を取り戻してください」

「元々ありませんから、敬語も不要です」

 清美君と奏君の小さな茶番、窓を絶え間なく打ち続ける雨音、隣で眠る在さんの静かで一定な寝息。それらが耳朶をくすぐって睡魔を導いてきた。

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