最終話 幸福な未来を夢見て

 気が付けば、夢を見ちゃってた。

 雨の中、真っ赤に染まった紅葉が散っていく。

 僕はあの日と同じように在さんの傘に入れてもらっていた。周囲には誰にもいなかった。

 夢の中の僕は、絶好の機会だと思った。

 隣の在さんの腕をとる。彼は驚いて足を止めた。彼と僕の視線が絡み合う。震える声を制御しながら尋ねる。

「焉ちゃんのことはどうなったんですか。奏君と一緒にしようとしているんですよね……復讐を」

 彼は目を伏せて沈黙した。情けないことに視界がぐちゃぐちゃになっていく。でも、視線を逸らしたくはなかったから、涙に気付かないふりをした。

 暫くして彼が腕を掴む僕の指を一本一本解すように外していった。それから、ハンカチを取り出して僕の頬を拭いた。拒絶なのか受容なのか分からなくて頭が混乱する。在さんはくすりと小さく笑った。

「……忘れてしまった」

 僕が素っ頓狂な声をあげると、在さんは目を細めた。

「考える暇が無かったの。君や橘が騒がしくて……恨んでいたことなんて忘れてしまった」

 都合の良すぎる話だった。夢の中で僕はめいっぱいそれを信じ込んで喜んだ。思わず抱き着きにかかった。

 そこで目が覚めた。清美君の顔があった。彼は楽しそうな顔で僕の両頬を引っ張った。

「良い夢やったんじゃろ」

「分かっちゃう?」

「そりゃあもう」

 清美君が頬から右腕へと手をうつした。彼に引っ張られるまま車を降りた。

 夜空の下、繁華街の煌々と灯る看板の光を受けた桜刃組事務所が見えた。電灯のついた窓の中では黒い影が一つ忙しなく動いていた。奈央子ちゃんが掃除でもしているんだろう。

 車を挟んで在さんが立っていて、奏君が跳ねながら熱心に優翡さんの話をしていた。好きなんだなあ。

 清美君の腕を掴んで二人の所へと駆ける。

「僕と清美君も混ぜてよ」


 ――滑稽な夢に現実が少しでも近づくことを祈って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新日常プロローグ 虎山八狐 @iriomote41

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ