第19話 僕VSソフィアちゃんだよっ

 電話に出た途端、ソフィアちゃんに怒鳴り付けられた。

「遅えんですよ! 日本人の癖に待たすんじゃねえです」

 切りたい。体を起こしながら猫撫で声を絞り出す。

「ごめんねえ、寝ちゃってったよ。どうしたのかなあ。朝六時から電話するってことは大変なことがあったんだよね?」

「こっちは夜十時です」

 分かってるよ嫌味だよ、という言葉を呑み込んだ。

「時差凄いねえ。どうしたのかな? 教えてほしいなあ」

「末森焉が来て薬師神子在のことを聞いてきました」

「ちゃんと大変なことあったんだ」

「ちゃんとって何ですか!」

「イタリア語難しいね」

 早く電話とってあげれば良かったなという後悔と、ソフィアちゃんに対する苦手意識がぶつかり合った。表に出さないように話を促した。

「貴方が望んだ通り、三ツ矢焔のことはふんわり言ってやりました」

「ありがとう。お疲れ様」

「私以外からは何も聞いてねえようですよ」

 気の利きように驚いた。同時に疑問が湧いた。

「じゃあこの三か月間、殆ど動いてなかったってこと?」

「そうなるですね。まあ、直史なおふみから奏のことは多少聞いたんでしょうが。あ、直史には三ツ矢焔のことを言いましたが、相棒だったってことぐらいしか言ってねえです。勿論、兄弟説も言ってねえです。命拾いしやがりましたね」

「そうだね。助かるよ」

 兄弟説というのは、焔が在さんの異母弟だという噂だ。焔曰く、嘘だ。というか、この話をすると重度のファザコンの焔がブチ切れる。自分の父親を嫌っている在さんも嫌がる。でも、否定も肯定もできる証拠がない。僕は信じてないし、流さないようにしている。

 ソフィアちゃんがわざとらしく溜息を吐いた。

「貴方が兄弟説は話すなと言い出した時は、過敏だとしか思えなかったですが、まあ納得ですね。妙に考え込んでいるようでした」

「怖いねえ。なるべく刺激しちゃ駄目だよ」

 ソフィアちゃんから相槌は返って来なかった。煩い子が沈黙すると、吐きそうになる程嫌な心地がするんだね。知りたくなかった。

「ソフィアちゃん? 何考えちゃったのかなあ? 聞かせてほしいなあ」

「……状況が動かない限り、安藤は動いてくれねえですよね」

 脅迫じゃん。もっと気を抜いてお喋りできないのかな。

「僕もねえ、動いてない訳じゃないでしょ? 整理しよう。整理。君が僕にして欲しい動きはね、君が僕に協力してくれる対価でしょ」

「言葉数稼いでんじゃねえです。誤魔化そうとしてるに違いねえです」

 まあそうなんだけどさあ。落ち着かないので空いた左手で布団を握った。

「寝起きでね、頭が動かないんだ。どう? 僕の言ったこと、正解かな?」

「あってやがるです。寝坊助野郎にも分かるように具体的に言ってやるです。私と三ツ矢奏の仲の修復を手伝うこと、ガルボーイに私のアピールをすること。その二つです」

 ガルボーイというのは、ガルボーイ・イヴァノヴィッチ・ボルコフ君だ。長い名前だね。子どもの頃からイタリアに住んでいるロシア人だよ。職業は探偵。ソフィアちゃんの幼馴染で元恋人。

 そう、元々二人は付き合っていたんだよ。でも、共通のお友達のファイン君が大変な時にソフィアちゃんはその子の悪口をガルボーイ君に言いまくったんだって。それで愛想尽かされて破局。よくそれまでもってたね。

 ガルボーイ君はお兄さん気質なんだよね。華鷹君や三人の共通のお友達である角川かどかわ直史君から頼られているんだよ。この三人の誰かが私的に大きなことをしようとすると必ず噛まされてくると考えていい程にね。

 焉ちゃんは華鷹君の計らいで直史君と一緒に住んでる。つまり、焉ちゃんが動く時にもガルボーイ君は手助けする可能性が高い。

 因みに、ガルボーイ君達が裏社会に関わるときによく利用していたのが小泉一都という情報屋。そうそう、奏君だよ。別人として生きてきたのに、三ツ矢にがっつり関わる薬師神子の人間が偶然近づいて来るなんて運が無いよね。ギャンブルしちゃ駄目なタイプだよ。

 そんなことを頭の中で浮かべながら、相槌を打った。

「わっかりやすーい。そうだよね。じゃあね、まず、奏君のことだよ。この前報告したよね。僕の今できる範囲でそれとなく君への連絡を勧めたよ」

 具体的に言うと、イタリアで作ったコネ使わないなんて勿体ないなあ、と言った。冷たい視線と共に奏君は返してきた。

「持ちたくないものは持たないことにしています。貴方のような生き方はしたくないので」

 思い出したらちょっと苛ついちゃった。わざわざ刺々しく言わなくても良くない? 喧嘩したいのかなあ。嫌だよ。僕絶対負けるもん。

 ソフィアちゃんが靄を蹴散らすように叫んできた。鼓膜破れちゃうよお。

「あんなので満足する訳がねえだろがです! 舐めやがってんじゃねえです!」

「それ以上のこと今は無理じゃん!」

 叫び返してみるけど、声量が出なかった。寝起きだもん。しかも普段寝ている時間だもん。

「無理とか言わずにやりやがれです! 男の癖に回りくどいんですよ!」

「やったら僕の動きに奏君も、下手したら在さんも気づいちゃうでしょ! そしたら、ガルボーイ君のこともできなくなるよ!」

「それも今やれってんです!」

 考えなし。調子を合わせてそう言いそうになったのを抑えつけた。

「……よく考えてみてよお。ガルボーイ君は僕のこと欠片も知らないんだよ? 見知らぬ人に距離を置いている女の子のこと言われたら怖いでしょ。……いや、何言われても怖いよ」

「言い訳すんじゃねえです!」

「言い訳じゃないよ。前も言ったけどさあ、ていうか、最初から何回も言ってるけどさ、この問題が君の動きで上手くいったら自ずと君のこと見直してくれる筈だよ。それを待ちなよ」

「待てねえです!」

「……あまり言いたくないけどねえ、そういう所が悪いんじゃないの」

 ソフィアちゃんが奇妙な鳴き声をあげた。よし、効いてるみたいだ。

「じっくりコトコトしてみなよ。大丈夫だよ。ガルボーイ君と接触しなきゃならなくなったら、上手いことやるからさ」

 まあ、正直、そんな時は来てほしくない。本当はこのまま風化してくれるのが一番いいが、残念ながら無理だろうね。

「…………せめて在を煽って今すぐ事を動かしたいです」

「余計な事したらガルボーイ君にバレて今以上に嫌われちゃうよ? 嫌だよねえ」

 ソフィアちゃんが返事しようとした息遣いを感じて言葉を重ねた。

「君に今必要なのはね、贖罪だよ。実際していなくてもね。謙虚に、心を入れ替えて、ガルボーイ君の正義漢の価値観に沿えるようになったって見せなくちゃ。今回はちょうどいいんだよ。これを逃したらもう一度来ると思う? ガルボーイ君が関わる前に工作出来て、協力者までいる絶好のチャンスなんてさあ」

 ソフィアちゃんが苦しそうにもう一度鳴いた。

「分かってくれたかな?」

「分かってやったです……」

「いい子だね。じゃあ、ちゃんとしてね。在さんも、勿論、焉ちゃんもなるべく刺激しちゃ駄目だよ」

 ソフィアちゃんが三回目の鳴き声をあげた時、僕のスマホが通知音を鳴らした。

「ごめん、他の人からかかってきちゃった。またね」

「信じてやるから上手くやりやがれですよ!」

 ソフィアちゃんはそう言って電話を切った。上から目線じゃないと死んじゃうのかなあ。

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