第20話 うわあん、パパとママと電話したあ……

 スマホの表示を見ると、パパからだった。電話してくること自体珍しい。嫌な予感がするけど、無視する訳にもいかなかった。

「もしもし。パパどうしたの?」

 返事は無かった。唯、啜り泣きの音だけが聞こえてきた。

「パパ、お話しできないの? ママに話してもらおっか」

「ごめん、巳幸、……ごめん」

 絞り出したような悲しい声だった。推測させられた事態に溜息を何とか呑み込む。

「また打っちゃったの?」

「ごめん許してくれ」

「大丈夫だよ。もう一度止めればいいんだよ。今度はもっと頑張ろうね」

「巳幸ごめん」

「いいよ。今回はどうしてやっちゃったのかなあ?」

 荒い息の後、激しい嗚咽があった。聞いてる方も混乱しそう。

「ねえ、パパ、ママに代わって欲しいなあ」

 肯定なのか息が詰まっているのかよく分からない音が聞こえた。判断に迷ってると鈍い音がした。蹴っている光景が浮かんだ。

「ママねんねしてるのかなあ? そうだよねえ。この時間だもんねえ。今度聞くからいいよお。パパ、別のお話しようよ」

 ママの絶叫が聞こえた。それから、肌を叩く高い音とママの罵り声が繰り返された。指先がぴりぴりしてきた。

 パパの啜り泣きしか聞こえなくなったと思ったら、ママが電話に出た。

「あんたが悪いねんで! あんたが金渡さんからこうなるんや! アホの癖に欲張んなや! 誰のおかげで今生きてられるんや! うちのおかげやろ! 感謝が足りへんねんよ!」

 布団に手を打ち付けて痺れを取った。声を平坦に保つことに努めた。

「渡してるでしょ、薬を買わなきゃ十分な額は」

「こっちは付き合いってもんがあるんや! 分からんのか?」

「そんなの付き合いじゃないよ。パパ、折角頑張ってたのにさ、守ってあげてよ」

「親を病院なんかにぶち込むんがおかしいんや! アホが!」

「健康になって欲しいだけだよ」

「嘘つけ! どうせ桜刃の三代目の真似やろ! あんたみたいな世間知らずのアホのホモが何やっても好かれる訳ないやろ! そんなんも分からんからアホ言うとんやアホが! 何べん言うたらええねん! ええ加減にせえや!」

 言い返そうとした時、ぼたりと涙が零れた感覚がした。それから視界がぐちゃぐちゃになっていることや頭が熱くなっていることに気付いた。泣いてると自覚してしまったら、それしか出来なかった。

 言葉は何も出てこなかった。情けないと思いながら、ただパパみたいに嗚咽を聞かせるはめになった。

 電話の向こうでママは舌打ちして、喉に絡む痰を押し出したのか溜息を吐いたのか分からない音を出した。

「あんたは黙ってうちの言うこと聞いてればええんや!」

 ママは一際大きく怒鳴った後、電話を切った。

 疲れがどっと押し寄せて、体を起こしていられなくなった。寝転んだら、カーテンの隙間から溢れた光がやたら眩しく感じた。布団に潜り込まずにはいられなかった。

 ぼんやりとこれからの行動を考えた。

 パパをもう一度治療してもらう。その為にママを説得する。言葉だと勝てないから有無を言わせないようにお金を積む。額は前より多くないと駄目だろう。パパの治療が終わったら、今度は完全に誘いが来ないようにしなくちゃ。ちゃんと話を聞かなきゃならない。多分、こう組のせいだけど。同じ白金会傘下の組でも武瑠さんの金剛こんごう組なら薬は取り扱わないのに。白金会も薬を御法度にするなら、ちゃんと徹底して欲しい。何で僕が割食わなきゃならないのさ。何で会長やる気ないのかなあ。桜刃組には元気に構うのにさあ。まず自分のとこどうにかするべきでしょ。僕なんかが言える立場じゃないけどさあ。みどりさん早く力付けてくれないかなあ。翠子さんなら徹底的にやってくれるだろうなあ。根回しとか下手なの治らないかなあ。

 思考が寄り道して来たら、涙が止まってた。でも、疲れは消えてくれなかった。まあ、もうひと眠りぐらいできるでしょ。アラームをつけて瞼を下ろした。

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