第26話 清美君はハイテンションでマイペース!
「納得じゃー!」
納得という言葉が納得できなかった。清美君は、もう、と勢いをつけて話し出した。
「じゃって昨日熱弁してたじゃろ! 覚えとらんの? 俺は背の高さとか体型とかはタイプなんじゃけど、年下で包容力が足りん。在さんは背が高くて年上で包容力も申し分ないんじゃが、如何せん腰が細すぎる。ほじゃけん、何だかんだ言うても一線は越えたくあらへん」
絶句した。開けっ広げな昨夜の僕にも、はしゃぎながら話す清美君にもドン引きだよ。
「穣芽さんはあんたよりは大きくて、ガタイもええ方で、腰もまあがっしりめな気がするわい。年上じゃし、ちょっと喋っただけでも包容力は感じた。面白いくらい好みに合致する人がおって、そいつと付き合ってたって知ると気持ち良くなるわいね」
僕が応えられないでいると、清美君は、ありゃりゃりゃ、と鳴いた。
「パズルのピースがはまったみたいな気持ち良さ! 分からん?」
吸い込んだ空気が砂を含んでいたような心地の悪さがあった。
「……わ、分からないよ」
何とか絞り出した声は震えていた。そおー、と相槌の声が小さくなりながら旋回した。完全に消えそうになった時、スタッカートした。
「何で今続いとらんの?」
頭の中でスパークが起きた。パチンとか生易しい規模じゃないよ。ドカンだよ。たまやあって叫びたくなるレベルだよ。飛び散った火花が舌の根を燃やしたかのように、口が動いた。ずらずら言っちゃたけど、要するにパニック。
「この話を続けちゃうんだ! さては君割と下世話な話好きだな? 僕の話を今まで妙に大人しく聞いてたってことはそうかあ! そうでしょ!」
「聞いてしもたら、気になるんじゃもん。それで、何で関係が続かんかったんよ? あんたにとってはベストみたいなもんちゃうんか」
ぐいぐい来るじゃん。テンパる僕が見えてないのか。そもそも、深めたくなる話題じゃなくないか。咳払いしてみるけど、空気が変わらなかった。うずうずした気配を発しないで欲しいな。仕方なく話すことにした。
「穣芽さん、ねちっこいのがしんどいんだよ。他にも事情はあるけれど、根っこの部分はそれかな。うん……」
「あー、ねちっこかった」
でしょ、と相槌を打って話を終わらせにかかったが、清美君は追求した。
「でも、丁寧って言葉で長所に捉えられる所ちゃうの。よくかまってくれそうじゃし、あんたはかまわれるの好きそうじゃよ」
「ああー、理解力高いな、君は。そうだねえ、そういう意味では好きだったねえ。でも、行動に出ると嫌だったんだよね」
「行動? 何よ」
「具体的に言うと、一時間半右耳だけを舐め続けるとかしちゃう」
悲鳴が聞こえた。鴉の鳴き声に似てた。酸っぱそうな弱々しい声が続き、手が引っ込んだ。
「そういう話は苦手じゃ……」
「嘘でしょ! 境界線、何処なの?」
「よう分からん」
「じゃあ、僕も分からないや。当然だね!」
そじゃね、と清美君が僕と同じくらい自棄になって返した。
このジェットコースターみたいなマイペースさは何だろう。今の状態では際立って感じる。清美君よりもアグレッシブな自由人の奏君がいないからか。それとも、昨夜、何かが起きたか。
「よしよし、次は昨夜の話をしよう。仕事のこと……というか桜刃組のことを話したのは覚えているんだよ。雑談レベルのことが覚束なくてね」
大丈夫かあ、という元気の良い相槌が入った。相槌というよりもはやコール。ペンライトを持ってないのが不思議なくらいの勢いだ。
「君が敬語じゃなくなったの、どうしてかな?」
清美君は軽く唸ってから、胸の前で手を重ね合わせた。挙句に激しくシェイク。
「僕ねえっ、君とはお友達という関係でいるのが一番だと思うんだよねえーっ。ほおらほらあっ、遠慮しないでよっ。もっと自由で対等でシームレスでアクティブにいこうよおっ」
変な喋り方だなあ、と思ってたら、昨夜のあんた、と言われた。物真似の下手さに戦慄してたら、その時の俺、と清美君は手だけで万歳した。
「嬉しいわあ。みょうちきりんのカオスな状況で漸く気い張らんでええわあ。地獄に仏じゃわあ」
耳慣れない間延びしたリズムだった。自分の真似も下手ってどういうことなんだ。それから、清美君は今の俺と言って拳をつくった。
「返せやあ、俺の喜びを」
直球の素直さに驚いていると、あはと短い笑い声が続いた。
「どうします? 敬語で話しましょうか?」
「タメ口のままで良いよ」
ヨッシャアと清美君が腕ごと万歳した。先程よりは大きいが、天井にぶつからないような低さだった。
こんなにも可愛い存在を変に傷付けちゃった。
信号が青になったので、清美君から目を離した。アクセルを踏みながら、罪悪感を咀嚼した。
「ごめんね」
自分の言葉に昨夜の夢というか、八年前の記憶がフラッシュバックする。在さんと同じことをしちゃった。自分が良くは思わなかったことをしたという行動と、あの時の彼も同じく抱いていただろう感情に胸がざわついた。
表情に出てしまったようで、清美君は驚いた。
「そこまで気にせんでもええのに」
「優しいねえ。…………いや、まあ、君のことだけじゃなく、今日見た悪夢のことを思い出しちゃってね」
「どんな夢じゃったの?」
「在さんに首を斬られる夢だよ」
清美君は唸った。
「罰ちゃうん?」
「罰? 何かしたかな」
「安藤が在さんの腰の細さを熱弁するけん、俺は休み明けに視認することになるんよ。割と嫌じゃわ」
「成程。僕の悪夢の分、たっぷり存分に余すことなく堪能するといいよ。性欲は減退させるけれども、美しさはあるからね。意識的に見る価値がある」
「反省のはの字もねえんかい」
「無いね! 予告しよう。君は僕に感謝する」
「絶対せんわ!」
結果を言うと、清美君は感謝しなかった。
在さんの腰の細さを確認はした。でも、同時に在さんに穣芽さん達の件の話を振られてそっちに意識がいっちゃった。清美君が改めて説明する際、被害状況の写真を見せた。次々見せられる悲惨な写真に、在さんはおっとり控えめにマイペースに小さく声を上げた。えとか、あらとか、まあとか。清美君のまわりにはあまりいなかったタイプらしい。類は友を呼んでいたんだろうか。見慣れない反応に清美君は思った。楽しい、と。彼と話すことが好きだ、と。喜ばしいことだ。幸先が良いな。僕が思い描いていた予想に近付いている。
だけれども、後悔しちゃうよ。清美君とおでかけしたこの日の終わりに、清美君が在さんの腰を注視する前にこの僕が報告したから起きたことだ。後であれば、清美君は腰だけに集中できただろう。勿体ないことをした。やり直したい。
そんなことになると知らない当時の僕は、次の信号で右折する為に車線変更した。それで意識が逸れて話を変えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます