第3章 猖々屋維新君と焼肉食べたよ

第10話 維新君に愚痴ちゃった

「なんと本日八日に来ちゃったんだって!」

 僕の話を聞いていた猩々しょうじょうしん君が脱力した。

「結局ねえ、三日の深夜というか四日になってすぐくらいに会ってすぐ清美君受け入れちゃったんだって」

「想定より大分早いな」

 同じく脱力している僕の話に維新君が相槌を打って塩タンを網に置いた。これで三皿目だ。僕は玉葱を焼くことにした。

「せめて明日の午後に来て欲しかったなあ。そしたら僕が真っ先に会えたのに」

 生憎この日の夜も東京で予定があった。

「宗助さんに言えば良かったじゃん」

 維新君はそう言って、既に焼けたカルビと白飯を掻き込んだ。菫色に染めた髪がその動きに合わせて揺れた。

「言ったよ。言ったけど、できるだけ早い方が良いからって聞く耳持たず。その癖さあ、一回は故郷に帰らせててさあ。そこで調整してくれればいいのに、長すぎちゃ駄目だからって……まあそこは同意だけど……なんだかなあ」

 答えながら維新君を眺めた。橙色の白熱灯が左耳の上部に通した銀色のバーベルピアスを輝かせていた。その穴は僕が穿ったものだ。何とも無さそうで安心した。彼は視線に気付いたらしく、髪を耳にかけた。インナーカラーの緑が目についた。 

 どんどん派手になっていくなあ。

 四年前の十二月に初めて会いに行った時はもっと地味だった。小さな体を隠すように膝丈の灰色のダウンジャケットを着ていて、染めていない髪は項が見える長さだった。今は完全に隠れる長さだ。しかもウルフカット。あの頃はピアスを一つも開けていなかった。今や両方のイヤーローブに左耳のインダストリアル、計四つも穴がある。着ているパーカーだって目に痛いほど鮮やかな青色だ。あの頃からは全く想像できない。維新君が言うには、僕を見て外見で遊んでもいいんだと気付いたということだ。僕自身はあの頃と特に変わらず、緋色に染めた髪をアシンメトリーに切って、両側にイヤーローブに別々のピアスを付けているだけだ。服だって色は落ち着いたものが多い。維新君は完全にきっかけの僕を抜かしている。何処まで行っちゃうんだろう。

 維新君が若干舌を出して噛んだ。そして、話変えてもいいよね、と話し出した。

「頼みたいことがあるんだ」

「嬉しいなあ。何かな?」

「今度会える時にね」

 僕に頼みごとをする時の決まり文句だった。維新君はあまり人間関係に執着しないタイプなのか、自分からは連絡して来ない。だからこういうことを言うんだろうけど、結局そうもいかない。維新君に会いに行くついでに関東で用事を作って、そのついでという体で会いに行くというのが殆どだった。でも、流石に次回は維新君の方から連絡してくるだろう。きっとそうせざるを得ない程のインパクトがあるに違いないから……なんて思っていると、維新君はとんでもないことを言い出した。

「舌にピアスホールを開けてほしい」

「できないよ!」

 脊髄反射で返事すると、維新君は不満げな顏でバーベルピアスに触れた。

「此処もそう言ってたけどできたじゃん」

 首を横に振った。インダストリアルでも無茶苦茶緊張したんだよ。

「舌は未知数すぎるよ」

「未知数でも勉強できるだろ。何だかんだ何でもできるのって安藤の凄い所だよ。自信持って」

「いやいやプロに頼もうよ、流石に」

「調べてもピンと来る所が無いんだよね。モヤるプロより素人の安藤だよ」

「君の信頼が怖い!」

「光栄だと思ってよ」

 押しの強さにイラっと来たので、玉葱を維新君の皿に置いた。舌打ちと共に僕の皿に移された。むかっとしちゃった。気分転換に無理矢理話を変えることにした。

「そう言えば、清美君来るでしょ。それが上手くいったらね、宗助さんが」

「顔も知らない無関係の人間の話よりもさあ」

 スマホを維新君の前に出した。ロック画面を表示させて指さした。画面の中には四年前の清美君がいた。大学の駐輪場で自転車の籠に鞄を置いていた。何か考え事しているのかぼんやりとしていた。

「清美君。君のお父様の幼馴染の子ども。分かってるよね。話したもんね。それでね」

「は?」

 維新君が顔を引きつらせていた。そして、恐る恐るスマホを指さした。

「隠し撮り?」

「よく撮れてるでしょ」

 これは持っている写真の中で一番彼のスケール感が分かりやすいものだ。だから気に入っていた。

「何で撮ったの?」

「お仕事だよ。視覚情報は重要でしょ」

「なるほどぉ?」

 維新君が瞬いた。呆けたように口は半開きだ。

 まあ不快なのは分かる。維新君相手にもやっていたって勘付いているだろうし。よし、流れで許可を取ろう。

「後で維新君撮らせてよ。清美君や宗助さんにお話しする時に見せるからさ。二人とも君の事気にしていると思うんだ」

 わかったあと腑抜けた返事が来た。調子狂うなあ。もういいや、話したいことを話そう。

「きっとね、宗助さんが君とお話しする時が来るんだ」

「待って。ロック画面は? 隠し撮りの理由は分かった。でも、何でロック画面にしてる訳?」

「そりゃあ、会うの楽しみだからさ」

 維新君は困惑したままだ。漫画的表現したら、大量の汗を飛ばしてそうな苦渋の表情を浮かべていた。

 えー、こんなことが地雷なの? よく分からないなあ。維新君は現代っ子だからかなあ。現代っ子らしい言葉を探す。

「ええと、推しってのだよね。維新君もゲームとかするから分かるでしょ。そういう対象がね、僕は清美君なんだよね」

「補足する所そこ? 会ったことないんだよね?」

「君も多少は好きな芸能人とかキャラクターとかいるでしょ? その人に対しては一方的に見ているだけだよね。僕と一緒だよね」

 維新君の唇が窄まった。

「共感はできなくても、理解はできたでしょ?」

「……できたかもしれない」

 溝もできたかもしれない。やばいなあ。まあその内埋まるだろう。

「良い子だねえ。野菜も食べたらもっと良い子だよ」

 玉葱を維新君の皿に持っていった。また舌打ちされて戻された。悪い子!

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