第7章 清美君とドライブ!

第25話 清美君を迎えに行ったよ

 清美君の住むマンションが見えた頃、清美君が出てきた。時折後ろを確認しつつ走っていた。あまり速くなかった。どっちかと言うと速い方かなって感じの速度だ。

 ブレーキを踏んだ僕と目が合うと、清美君は転びそうになって止まった。それから二回ほどバンバン跳ねてニッコニコで寄って来た。可愛いな、という感情だけに支配された。ありがたい。

 清美君は助手席に乗り込みながら口早に話しかけてきた。

「ナイスタイミング! 急で悪いんじゃけど、すぐ、今すぐ、即、出して! 発進! 行け!」

 理由を聞こうとしながらアクセルを踏んだら、三人が走って出てきた。

 物部穣芽、米良めらはるむらきゅうろう。武瑠さん率いる金剛組の三人だ。若頭である穣芽さんの驚きの顔を見たら何となく速度上げちゃった。気まずい。

 三人が見えなくなると、清美君が安堵の息を吐いた。

「良かったあ」

「何が起きてるのさ」

「大変じゃったんよ。宗助が友人の知り合いに俺の荷物運ばせたって話したやろ」

 彼の言葉で記憶が蘇った。言ってた。崑崙飯店でハイボール片手に話してた。スマホで悲惨な写真も見せられた。

「冷蔵庫やらテレビやら食器やらが壊れていたんだっけ。それをやったのがあの三人って訳かな?」

「陽斗さんと久太郎さんの二人じゃったの。俺はな、責任は宗助にあると思うんよ。でも、二人というか兄貴分の穣芽さんが妙に責任感じとって謝りに来たんじゃよ」

「穣芽さんらしいね」

「そうなん? まめな人じゃねえ。弁償するて、ぶ厚い封筒渡してきた」

「あー、やりそう。やるね」

「受け取りたくなくね?」

 僕なら受け取ると思いながら、曖昧な相槌を打った。何よーと鳴かれちゃった。

「兎に角、それで関わりたくなくなってな、断った。穣芽さんは、丁寧にきよるけん、話終わらんのじゃ。困るわーって思いながらなんとなしに他二人見たらな」

 二人がへの字口で右上あたりを眺めてる姿が浮かんじゃった。見慣れ過ぎた光景だ。

「反省してないのに気付いちゃったのかな。罪悪感とは無縁な二人だよね」

「そう。いらあっと来たわい。でも、頑張って抑えてな、用事ある言うて別れようとしたんよ。何とかしてエントランスまで連れてきて」

「部屋にあげてたの?」

 清美君がハッとして口を押さえた。

「あげなきゃ良かったわい……」

「清美君……」

「エレベーターの中のあのつらあい時間、何じゃったん……」

 警戒心が薄いせいなのか、マンション暮らしに慣れていないのか。大学時代に居候してたことはあるから、前者だろう。今後が心配になりながら、話を戻して促した。

「えーと、エントランスまで来て別れようとしてんじゃよ。そしたら、久太郎さんが」

 清美君の声は怒気が帯びてきた。

「ケツ蹴ってきたんじゃ」

「ケツ」

 お尻とか言わないんだ。ちょっと感心しちゃった。

「むかつくじゃろ。殴りそうになったわい。でも、こりゃいかんわあってなって逃げたんよ」

 それから、清美君の声が花火みたいに突然明るくなった。

「安藤ちょうど来てくれて助かったわ。流石じゃね」

 彼の、高くて厚さのある爽やかな声が、飾り気のない愛情を象った。それだけのことで、僕の疲弊していた脳がバグった。

 指先が熱くなる。ハンドルを握り直して冷ますことにした。

「僕、案外、運良いからね!」

 声が自分でもひくほど浮足立っちゃってた。清美君が短く笑い声を上げた。顔が赤くなりそうだったので、口を動かして誤魔化した。

「あの三人、難しいよねえ。今の清美君には酷だよお。僕に任せてよ。きっと上手くできるよ。慣れてるし、そこそこ仲良いんだ。穣芽さんとはお付き合いしてたこともあるくらいだからね」

 そこまで言った時、赤信号に引っ掛かった。否応なしに思考が逸れ、漸く気付いた。

「敬語じゃないねえ、清美君。昨夜、そんなに仲良くなっちゃったのかな」

 清美君を見ると、目を丸くしていた。それから、ぱちぱちと瞬きが二回あった。別の疑問が浮かんでくるには十分な間だった。

「そうそう、昨夜のこと、細かくは覚えてないんだよね。しつこいって言われたの、何でだっけ? 何回も太腿撫でたことじゃないよね?」

 清美君は眉を歪めて、裏返った声で短く鳴いた。確かめるように両手で自分の太腿を撫でた。僕も参加してみた。脂肪ではなく筋肉を感じる張りだ。何度も擦ったのも納得の触り心地だ。

 手が掴まれて、両手で握られた。ちょっと痛いくらいだった。眇められた目と視線が絡み合った。

「ちょっと待ってくれん? 混乱しててな」

「そういう顔だねえ」

「まずな、まずよ。穣芽さんとお付き合いの件じゃよ」

 清美君はそう言って両目をぎゅっと閉じた。

 あれ、まだバイだったと言ってなかったっけ。抵抗あるのかな。同性愛のお話が好きな人が近くにいたことがあっても、流石にひいちゃうかな。

 そんな僕の考えをかき消す言葉が清美君の口から溢れた。

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