蹄跡の6
2頭の新馬がゲートに入る。サンアンドレアスとアキノドカ。来年のダービー馬一番手と凡百と思われていた地味な馬。今や、ある意味での注目度はアキノドカの方が上だ。
「おい、戸山。どう思う?」
「ハイ先輩!ハルウララの子供ってすごいですねえ!」
「おいね。ただ、なんで今まで隠してたんだろうな?」
「ええ…ほんなのわかんないでしょ?」
「
「そりゃあほうだ」
戸山後輩の能天気さに呆れるのは中部全域に根を張る『名城スポーツ』紙の姉妹紙『金城スポーツ(通称金スポ)』の競馬記者、
「どうだ、どうすればええ?このアドバンテージを…!」
金沢にハルウララの仔がいるとはこの場にいる者しか、今この瞬間は知らない。しかし、今夜には父母の名前ごと、この能力検査の様子は動画でアップされる。厩舎、生産牧場、馬主…とにかく取材だが、今この場でどこにかけるのが一番効果的か?
「あ、先輩!」
福生が悩んでいる間に、能力検査は発走していた。
延師がカンナに授けた作戦は至極単純、簡単なものだった。
「ええか~!追走!間違ってもスタートダッシュせんでええぞ~!勝手に引っ張られるんやから、ペース配分は考えるな~!行くだけ行ってヘタった時が勝負や~!」
バテるまで止まらないだろうアキノドカがバテたら、何とかごまかして追ってやれということらしい。明らかに競馬の常道ではないが、馬の特性上どうにもならない。そもそも、前を行く馬がいなければ力を出せないのだから。
「早いっしー!」
サンアンドレアスは明らかに最初の3ハロンを古馬C1級以上のペースで走っている。アキノドカはその2馬身後ろをどうにか追う。現状はまだ大丈夫そうだが。
「ノドカ、頑張るっし!」
1000mを過ぎるまで2馬身差を維持したアキノドカ。やがて、脚色が鈍り出した。コース的には後半のカーブに入ったところ。
「へえ、良く食らいついてたもんだな」
サンアンドレアス鞍上の吉田から見れば適度に突っついてくれる存在がいたのでペースが緩まず走れた。デビューに向けて良い試走になっただろう。軽く追い出すと、少しづつ差が付き始める。
「ムムム…!」
2馬身差が3馬身、4馬身差と開いていく。サンアンドレアスにとって、調教では一度も見せなかったレベルの末脚だ。
「おおっ!」
彼の2歳馬らしからぬ末脚に集まった報道陣、競馬場関係者が注目する中、アキノドカはまだ前を追っていた。行き脚を使い果たしても、まだゴールを通過してはいない。
「キツイいぃ~!」
明らかに口を割っていながら、5馬身差を保っていた。使える脚を無くしても、心は折れていない。この場でその事実に気づいた者はどれだけいたか?
「無理すんな、カンナ~!」
延師が制止と叫ぶが、聞こえない彼女らは前を追う。6馬身差でゴール板を通過した。
「よし、
検査が終わる瞬間に福生が決断した。柵にしがみつく延師にインタビューに行く。
「延
「ううう…
「サンアンドレアスのタイムが1.41.1ですからね。アキノドカもそれに1.3秒遅れて1.42.4は立派です。途中まで2馬身差でしたが…」
福生のインタビューが続く。ハルウララ産駒といえどもサンアンドレアス陣営がいて、アキノドカ関係者を気に留めるのは彼ぐらいだった。
「なんでこれだけの馬が今まで…?」
「あ~、うん、それはね~」
延師が言い淀んだのを福生は見逃さない。ここがチャンスとばかりに斬り込んでいく。
「やっぱり何か秘密があるんですね!?」
「…うん、あんたのような人間が多いからやな~?」
ほんわかした師の目が鋭くなった。福生はは?と問い返す。
「あの子の母親はね、騒がれるだけ騒がれて捨てられたからね~」
モロに、無責任に騒ぐだけ騒いであとは知らんぷりしたマスコミを責めている。ハルウララのその後を追った新聞が一紙でもあったか、と。
「いや、それは
「そういうの嫌で、ハルウララを預かってる牧場さんはマスコミ対応しないんじゃないの~?」
「でも、しかし…」
延師は元の柔らかい目に戻って、福生の方を叩いて言った。
「大丈夫だよ~、他所の新聞に何かしゃべることも無いよ~」
また福生の肩をぽんぽんと叩いて、師は愛馬と弟子を労いに行った。その後にはブツブツと繰り返す福生が1人。
「確かに、でも…」
彼のつぶやきは誰にも聞き取られないで消えて行った。
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