蹄跡の8

 アキノドカのデビューは9月4週目と決まった。アキノドカの素性を知っていた競馬場の運営関係者に懇願され、ダートグレード重賞が行われて注目度の高い22日の新馬戦だ。


「相手を選びたかったんやけどな~」


 延師が言うには力量的に、めぼしい相手はいないらしい。金沢ではそもそもの在籍頭数が少ないため、新馬頭数が少なく、新馬戦もまた少ない。能力検査を受けた日から考えて出走する日がある程度、計れるのだ。


「サンアンドレアスとかいないんですか!」


「10月の新馬戦やと、言ってたわ~」


 前田師は10月3週目に行われる新馬戦への出走を明言していた。


「つまり、目立つ馬がいないからノドカで客寄せしようと…?」


「というより、ノドカの名前を売りたいんやろ~サンアンドレアスと並べると、消し合っちまうからな~」


 9月はアキノドカ、10月はサンアンドレアスのデビューとなれば、話題馬のデビューを上手く分散してそれぞれをニュースで目立たせられるという寸法であった。


「ノドカの出自なら、全国的に注目集めるからなあ~」


「むう…」


 達観したような延師の物言いだが、カンナは面白くない。母親がどんな馬かなど、関係ないのだ。アキノドカを見ろ!と怒り出した。


「カンナ、競馬はブラッドスポーツやよ。血のつながりがドラマを生むこともあるの。これは避けられない。だからね?」


 木芽は勿体ぶってカンナに語った。


「それ以上のドラマで塗りつぶしちゃいなさい。金沢一の個性派と新米騎手のドタバタ珍道中。アキノドカって馬の道は、そういう道なんやないかしらね?」


「木芽さん…」


「そりゃあええなあ~全国紙の1面やなくて、金スポの3面辺りにコーナー作らせるんや~!『今日のノドカと延厩舎』ってな~!」


 全国紙よりも地元紙。この師の姿勢を、カンナは頼もしく思う。この人ならアキノドカを売りはしないと。


「とにかく、あと3週切ったんや~!ガシガシ乗り込むぞお~!」


「おー!」


「頑張りまっし、カンナ、ノドカ」


 厩舎の運営面で力を発揮する木芽は、その反面で騎乗技術がほとんど無い。いつも手を振って送り出すことしかできないのを、仕方なくも悔しく感じていた。




 そうしてやって来た9月22日。この日は金沢で最大の重賞が行われる日である。すなわち、JpnⅢ白山大賞典。石川県域南部に広がる山岳信仰の対象『白山』に由来するこのダートグレード重賞は、金沢唯一となる中央競馬との交流重賞だ。ただし、今年は金沢で『JBC競走』が開催される番が回ってきている。JpnⅠ、つまりGⅠ級競走の前哨戦として重要な一戦に位置づけられる。


「うわあ、お強い男前がようけ来とるよ、ノドカ」


 その中でも去年は地方3歳馬の最高峰、JpnⅠジャパンダートダービーを勝ち、今年は南関東のJpnⅠかしわ記念とGⅠ帝王賞を勝った中央ダートの最強馬が参戦していた。


「レコンキスタ…!」


 再征服という意味の名を与えられた栗毛の牡馬は、地方勢が強くなってきたダート重賞戦線の勢力図を一変させた。3歳時で既にダート日本一決定戦のGⅠ東京大賞典を制した実績すら持つ、まさに征服者なのだ。


「金沢も持ってってしまうがけ…?」


 自分には関係ないが、地元金沢馬や地方勢が負けるのを座して見ているしかないとなっては、心穏やかではない。


「させないさせない」


 そう声をかけて来たのは吉田寛太。南関東に良く遠征する縁から今日は南関東の強豪馬にも鞍を置いている。白山大賞典ではレコンキスタの先代ジャパンダートダービー馬となるコルドバに騎乗する。


「東京大賞典じゃ3着で負けたが、こちとら勝手知ったる地元やさかいね。負けるかいな」


 去年も白山大賞典からJBCクラシックと転戦して両競走1着と縁起がいいローテーションとなる。準備万端整えて征服者を迎え撃つ形だった。


「ハルウララの仔とまた走るのか。縁があるなあ?」


「ハルウララノコ、じゃありませんよ!アキノドカです!」


「ああ、悪い。南関でも有名なんだよ。園田でナツサヤカ、金沢ではアキノドカ。じゃあ次の子はどこだろうって話題がちょっと出てきてる」


 ハルウララの第三子がどの牧場で育成されているかは隠されている。預けられる競馬場も、馬主の名も伏された状態だ。


「サンアンドレアスから2秒差以上付けさせなかった。能力はあるんだ。頑張れよ」


 まあ、今日勝つのは俺だけど…と言い添えて離れて行った。もうゲート入り直前となり、輪乗りの待機時間だ。


「どうせじろじろ見られてるんだから、勝って自慢しようね、ノドカ!」


 そう発破をかけるカンナに対し、いつも以上に馬や人がたくさんいる競馬場の様子に興奮しているアキノドカはヒヒン!と応えた。

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