蹄跡の33

 船橋競馬場にてC3(七組八組)戦が発走した。金沢でもやっていた通り、人気馬が前評判通り、ハナを主張し好意を占めていく。


「1200は初めてやさかいね…」


 金沢で1400mと1500mとたまに900mばかり走っていたカンナにとって、1200mは未知の距離だ。しかも左回りの競馬場は初めての経験になる。


「こんな…もんかな…」


 600m経過すればもう第3コーナーで、そこから最終コーナーを回れば最後の直線というのは忙しい。そんな中、カンナは前から7頭目辺りの中団に構え、追い出そうとしている。しかし、1200mに関わらず短距離戦は行った行ったの競馬、即ち逃げ切り勝ちが多い。


「ひぃぃ…追いつけん…」


 馬の力を信じて内を突く戦術にしてみたが、上手く前は空いたものの先頭の馬が捉まらない。


「いや、でも…良いんじゃないか」


「そうですね、馬の力なりには…」


 藤本師はこの展開に概ね満足している。どんな騎手が乗っても2着がせいぜいだろうと見ていた馬が直線で位置を上げているのだ。小野師も推薦した手前言えないが、少し驚いていた。


≪タツノフォーカス、上がってきました!しかし、前は2頭!競り合っている!≫


 1番人気馬が谷堂騎手の3番人気馬と競り合うのを横目に、どうにかこうにかゴール板を駆け抜けたタツノフォーカス。無事3着を確保した。3着なら今月の維持管理費の足しになるくらいには賞金が出る。もう1戦して掲示板に入れば、オーナーの懐は痛まない。カンナの仕事は成功したと言える。


「3着だあ…」


 とは言え、優勝したかったことに変わりは無い。恨めし気に電光掲示板を見るカンナは、そのままインタビュー席に通された。


「お待たせしました!本日から大井競馬所属として船橋に参戦中の霜月神無騎手です!」


 拍手をもって迎えられたのは、馬場手前のインタビュースペース。近くにはそれなりの数のファンが集まっている。


「ど、どうもぉ…」


 カンナにとってわらわらと蜘蛛の子のように集まる人数は大井でしか知らない光景だ。恐る恐るインタビュアーに答えていく。


「年末は大井でしたが、どうですか?船橋は!良いところでしょう!」


「あ、はい…南関さんはどこも綺麗で、女子トイレが多いのが良いです!」


 苦笑いが起きた。だが、これは紛れもない本心である。カンナにとってはただの気のせいではあるが、金沢競馬場と付帯施設の女子トイレはどこも遠い(気がする)。


「女子トイレ以外はどうですか?」


「そ、そうですね!さっき見てて思ったんですけど、オーロラビジョンが綺麗です!」


 先ほど散々にらみつけた。その光景を見ていたファンの苦笑いはますます高まる。


「3着は惜しかったですね…でも、道中の位置取りからすれば良く伸びました。何か秘訣があったりしますか?」


「ヒケツ…ですか…」


 特に無かった。さっきは馬にしがみついていただけだ。


「特に無いんですけど、やっぱりペーペーなので馬の邪魔をしないようにしたいです!」


 延師にも先代の大先生にも散々言い聞かされている。若い内は馬の邪魔なんてしても仕方ないんだから、道中は馬に任せろと。


「なるほど…馬の力を活かしたわけですね?おっと、お時間です。馬の素材を生かす新人、霜月騎手でした!」




「ぐったり…」


「騎手が人前に出てぐったりしててどうするの…」


「若いですなあ…」


 カンナは思わず口に出るくらいぐったりしていた。この後、やはり藤本師の馬でC2戦にも騎乗するのだが。


「まあ、それは19時半過ぎだな。今はゆっくりしてなさい」


「大丈夫かしら…」


 ちょっと不安な小野師。預かったは良いが、連戦が利かないとあっては使い出が無い。


「いや、馬に跨らせてもらえば…」


「馬に?」


 そう言うのならやってみようと、藤本師は待機馬房にカンナを連れて来た。C2(一組)戦で騎乗するタツノトップが入っている。「タツノ」の冠名を使っている赤松オーナーは今日は来ていないが、若者好きでパトロン気質。藤本師とも長い付き合いのため、貴重な2鞍をカンナに提供していた。


「乗るだけだが…」


「はい…」


 乗せてみると、確かに顔に生気が戻ったような戻っていないような。


「ああ…高いところ良いですよね…」


「そっちなのね?」


 馬に触れあって頑張れるのだろう、と予想していた小野師。そうではなく、カンナは高いところが好きで、東京に来て真っ先に向かった観光施設が東京スカイツリーだった。

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