蹄跡の24

 地方競馬では2才から賞金額で細かくランク付けされ、出られるレースが決まる。コウタイハヤテは2歳200万以下というレースに出走している。ほとんど1勝はしている馬だが、アキノドカのように2着3着ばかりで賞金を積んだ馬も中にはいる。


「はえー…大井を勝ってきたような馬はみんな動きが良いや。新馬勝ちの馬もいるんやもん」


 コウタイハヤテもそうだが、アキノドカに感じる心許ない感じが無い。同じ2歳馬とは思えない。


「すごいなあ」


 ゲートに入れられても、発馬機は塗装の剥げも無い、キレイなものだ。


「金沢とは違うなあ…」


 おのぼりさん丸出しのカンナはそれでも、スタートは五分以上で出した。


「良いところは見せないと!」


「あらあら、良いわね。80点、『』以上ではあるわ」


 管理調教師の小野師は手厳しい評価だが、80点でも可となる程には期待していたのだ。


「カンナちゃーん!前目に付けて後は流れ!」


 絵美里も関係者スペースのモニターで応援している。温井は割とハラハラしている。


「うん、好いトコだね」


 3番手辺りで前を窺いながら足もちょっとは溜められる。1400mを走るには最高な位置取りで走っていた。前の馬は気持ちよく逃げているようだが、こちらだってペースは守って走っているのだ。問題ない。


「さ、行ける!?」


 少し手綱を緩める。手綱とつながっているコウタイハヤテの口内、ハミから強い反応を感じた。


「よしよし!ノドカとは違って、力強くて良いね!頼むよ!」


 どうしても比較対象にアキノドカが出て来るカンナに、コウタイハヤテはちょっと嫉妬した。ハミの感触が悪くなる。


「え、ちょ」


 残り600m、最終コーナー手前の仕掛けどころで他の馬、数頭に抜かれた。カンナは慌てる。


「わ、ゴメン!ゴメンってハヤテ!ね、今は不機嫌になってる余裕ないよ、勝てないよ!?君が一番!勝てるから、ね!ね!?」


 50mばかり、一瞬だが必死に宥めた結果、ハミから帰って来る反応が良くなった。仕切り直しと行けるのか?


「何やってるのよ…」


 小野師は呆れて頭を抱える。馬のやる気が一瞬だが無くなったことを見逃す彼女ではない。何か余計なことでもしたのだろうと推測していた。


「むう!カンナちゃんがハヤテを怒らせたんですよ!」


 絵美里は性格に事情を推測していた。


「むぐぐ…!」


 温井は既に顔が真っ赤になっている。何か言葉を発そうにも、肝心の頭が回らない。


「何してんやろうな、彼女は」


 抜いて行った2頭の内、1頭は吉田の馬だった。南関生活も10年近い彼にはさっきの地点が勝負どころだと痛いほどわかっている。


「まあ、有力馬が勝手に沈んでくれてラッキーや!」


「誰がですか!」


「おうっ!?」


 突如、外から被せられた声の主はまさにその有力馬の鞍上である。まあなんと、その乗馬の脚色が良いこと良いこと。


「いつの間に!?」


「なんかぶつぶつと言ってる間に…?」


 聞かれてたのか、とガックリ来る吉田だが、そうしてもいられない。もう直線の入り口なので、追いの運動に専念する。


「ハヤテ、頼むよ!君だけが頼りなんだからね!?」


 さっきは他の馬の話をしたので馬が機嫌を損ねた。ならば、今度はとにかく馬に信頼を伝えねばならないと、それだけを考えている。コウタイハヤテも突如、すり寄って来たカンナの態度に気分が良い。

 吉田の馬が逃げていた馬を抜いて先頭に躍り出た。カンナはその外、半馬身差まで迫って2番手だ。


「ハヤテ!そのまま!そのまま頑張れ!」


「冗談じゃないよ、俺の馬は1番人気やろうが!」


 半馬身差がクビ差、アタマ差と次第に迫って来る。その様子に吉田は必死にムチを振るっている。カンナはその余裕も無いので追うだけだ。

 残り100m、アタマ差から頭半分差まで詰まって、なおも脚は止まらない。


「させるかあああああああ!」


 いつもは静かな吉田も、今日ばかりは吠える。さすがに、年の瀬の南関東最大の大井で金沢の後輩に負けるなど、スポーツ紙に何と書かれるか?


「おっしゃあああああああ!」


 無事、吉田の馬はハナ差残して勝利となった。こないだの、地方唯一の国際GⅠ東京大賞典でも勝ったかのように吠えた。


「吉田さん…」


 カンナは正直、引いている。自分にそこまでして負けたくなかったことは、ある意味認めてくれたと言えなくもないか?とは思っているが…


「良い大人が十台に張り合ってみっともないよね」


「絵美里ちゃん…厳しい」


 普段から世話している馬が負けたので、絵美里は辛辣だった。しかし、喜ばしいこともあった。馬次第で、カンナはここで十分通用するということだ。


「後1つで本番だからね!頑張ってね!」


「う、うん」


 心して乗る覚悟を決めるカンナであった。

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