蹄跡の17

 南関東競馬の2歳牝馬最強決定戦、重賞『東京2歳優駿牝馬』に金沢代表として出走することになったアキノドカとカンナ。気の抜けない調教の日々だった。


「ノドカ、本当だったら今ごろはお休みだったのに、ツキが無いね?」


 金沢競馬は元来、1月から3月の間は競馬開催が無い。他の重賞馬は11月に走ったら、そのまま放牧も十分、採り得る選択肢となる。


「でもでも、ノドカだったら大井に行くと楽しいだろうね!」


 カンナは那須にある地方競馬教養センターけいばがっこうに在籍していた当時、大井競馬場を見学したことがある。開催日だったので、現在いつも見ている風景の金沢競馬場とは規模の違う観客が詰めかけていた。その日は重賞開催日だったからだと後で知ったが、一度はこういう場所で馬に乗ってみたいと感じた。


「人がいーっぱいいるんよ!あっちもこっちも、ノドカには天国だね!」


 アキノドカも言葉の意味を理解したのか、嬉しそうにヒヒン♪と啼いた。今日は角馬場での軽い運動。体が固くならないように入念に動かしてはいるが、余裕があった。

 普段ほど気を張らないで済むカンナは、アキノドカの鞍上で色んなことを、止めどなく話した。大体は楽しそうに嘶きを返してくる。少しは伝わっていて、そう返してくれているならば嬉しいと思うカンナだった。




 大井競馬場に不慣れなカンナやアキノドカのために、スクーリングを兼ねて12月31日の重賞当日から10日前には大井競馬場の所属外馬用厩舎に入厩する予定だ。2週間前の今日は暮内オーナーを交えて作戦会議だった。


「で、先生。どうします?今度も後方から捲りますか?」


 前回の、アキノドカの境遇を一変させた走りを再現できるのか?問題はその一点だ。


「意外と脚に来てないんでねえ~。できるならやらしたいですけどね~?」


 横にいる木芽と共に、カンナを見る延師は、まだアキノドカの脚質が追い込みだとは信じきれてはいなかった。地方競馬なら、積極的に先頭でペースを握った方が圧倒的に有利な現実もある。


「どうなんや、カンナ~?」


「実は私も、ちょっとわからなくて…」


 あれから何度か、かなり離れた位置から追いかける想定の調教もやってみた。しかし、見事にやる気がなく、酷いときには通りすがりの、他所の人間に愛想を振りまきに行く始末である。


「多分、後ろから行った方が…ハミのかかりが良かったのは確かだったんですけど…?」


「はっきりしないな~」


「しかし、騎手の感覚では後ろから行く方が良いとなっている。アキノドカの性格上、追いかけた方が力が出るのははっきりしている。なら、後ろから追い上げた方がどう考えても向いているんだ」


「そうですなあ~」


「でも、多分、それじゃ南関では勝てないです」


「ほう」


 暮内は、この新人騎手が自分の見解を自分から進んで述べるのを初めて聞いた。『調教師せんせいの言う通り頑張ります!』といつも言ってその通りに頑張って来たのだ。重賞を勝って、騎手の自覚が出たのかもしれないと、好ましい変化と捉えた。


「勝つって、勝つ~つってもなあ~!?」


「だって、出なきゃダメなんです。勝たないと」


「霜月騎手、なんで勝てないと思うのかね?」


「あ、はい」


 カンナとしてはオーナー直々に声をかけられることは、あまりない。周りの注目も集め、少し緊張する。


「あの、やっぱり南関って良い血統の馬が多いじゃないですか?日本の良い血統って、瞬発力に優れてると思うんです」


 一瞬の切れ、爆発力。ここ数十年の日本競馬では、ここぞという時にパッと動ける馬が強かった。自然、血統構成でもそういう血統が強くなっていく。


「ノドカは最初、ハナに立てて強いって思われてました。それが食い下がる形で力を発揮するってなって、今は後ろからです。本当はハナにいた方が良い馬で、それでも後ろから行ける脚力があるだけなんだと思う」


 カンナも、アキノドカは集中力さえあれば、先頭に立った方が能力を発揮すると感じている。


「本格的な差し馬と、後ろから追い比べをしては勝てるものも勝てないと」


「はい」


 合点が行った暮内は天を仰いだ。サンデーサイレンスの血を継ぐ父系はともかく、母の血統が能力上、とても足を引っ張っている。


「でも、前からは行けねえ~」


 延師がつぶやき、一同はため息を吐いた。

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