蹄跡の3
アキノドカは2週間びっしり練習を積んで、ゲート試験の日がやって来た。当日になってトラブルを起こしたり、虫の居所が悪くなって不調に終わるケースもある。関係者は緊張していた。
「ノドカ、いよいよだよー♪」
そんな中、カンナは普段通りにアキノドカに向き合っていた。延師もその度胸は認めるところだ。
「肝心なところで締める~。良いやろ~」
「普段は頼り無い分、バランス取れてるわね」
木芽は痛いところを突く。しかし、金沢で一番経験も技量も足りないが、勝負根性はある騎手が今の金沢で一番、勝負根性に欠ける馬に乗る。釣り合いは取れている。
「足りないところは、補い合うんだよぉ~!」
ビシッと空を指し示すポーズを決めた延師。その方向はゲート試験が行われる金沢競馬場を示していた。試験はもう数時間後だ。
既にゲート試験会場となる金沢競馬場のゲート周辺には発走委員や係員が揃っている。他の厩舎からも新馬や3歳馬古馬でも、ゲート再審査を要する馬が出て来ていた。新馬は今後1年間、アキノドカのライバルとなる。
「あっ、前田厩舎のすごい馬がいるよ!」
加賀の名伯楽、前田
「トランセンド産駒、サンアンドレアス!」
前田厩舎期待の新星。未出走の身ながら、既に2歳重賞確勝や石川ダービー馬券圏内級とささやかれていた。
「すごい迫力だっし」
騎手は普段、南関東へ遠征して留守がちな吉田騎手。新人から大記録の連続、中央GⅠでも勝ち鞍のある、金沢が誇る看板騎手だ。
「おう、霜月ちゃん」
「お、お疲れ様です!」
カンナは新人かつ、金沢唯一の女性騎手なため、目をかけられている。人が少なくアットホームな地方競馬では、記憶力が良ければ所属騎手のみならず厩務員全員が顔見知りだ。
「ちっちゃい馬だね。400キロあるんか?」
「サンアンドレアスはさすがですよね…」
この時点でのアキノドカは407キロ、それに対してサンアンドレアスは500キロを超える馬体だ。競走馬は400キロ台後半が体重の基準。400キロギリギリのアキノドカは軽過ぎ、500キロ超のサンアンドレアスは重い部類だ。
「大きい方が筋肉量がある。スピードもパワーも出るから、利点は多い」
600キロにもなると重すぎるが、500キロ前半なら「馬格があり、力強い馬」の認識になる。ちなみに、400キロ程度の馬体重の馬が勝つ例はそう多くない。
「小さくてもわかりません!」
「そうだな」
吉田からすれば石川ダービーや他地区遠征に向け、全くかかわり合いの無い相手なので、軽く流す。
そうこうしている内に、アキノドカの順番だった。
まずは騎手の指示を守ってゲートに収まれるか。そして、しばらく駐立していられるか?アキノドカは両方とも、練習ではクリアしたが。
「ノドカー、ゲートが待ってるよー?」
カンナの声に反応し、おずおずと進み出す。いつもと違うのは、ゲートを閉めようと待ち受けている人物が延師や木芽ではないという一点だ。人は人だが、いつもと違うので、警戒している。それでも歩みは止まらず、収まった。
「おおっ、偉いぞノドカ!」
何やらいつもと勝手が違う、もっと言えば注目されていると気づいたアキノドカ。少し焦れったそうにし始めた。
「ゲートまだ!?」
しかし、カンナが思った以上に人馬の様子が乱れている。鞍上はそわそわし、馬は足踏みを繰り返している。発走委員たちはその様子を見て、騎手が馬を落ち着かせられるか見ているのだ。
「馬が慌ててるからかな…?」
自分の焦りも馬に伝染しているとは思い至らないながら、アキノドカを何かしら落ち着かせないといけないとは気づいた。カンナは馬上で深呼吸を始めた。
「すう~はあ~…ほら、ノドカも!」
馬が深呼吸をするはずも無いが、鞍上が少し落ち着いた。それに合わせてアキノドカも落ち着いたのか、足踏みが少なくなる。ゲートの開放合図が出て、ゲートが開く。
「やった!」
ポンッとでて、200m軽く流して止まる。十分、合格が出る動きだ。係員に促され、木芽がアキノドカの口取りに来た。
「やるやん、合格出るよ!」
「ですよね!」
馬は決められた通りちゃんとできるので、土壇場で経験の少ない騎手が何かしらやらかす心配が大きかった。実際、一時はそうなりかけたので杞憂とは言い切れない。
「まあ、何にせよ、次は能力検査やね…」
アキノドカの調教タイムは、まだ合格基準タイムに若干、及ばない程度だった。この時期の新馬としては落第までは行かない。2週間後を目処に、挑戦の予定となった。
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