蹄跡の26
南関の良い馬たちの匂いを漂わせるカンナが背中に乗って来たアキノドカは上機嫌だ。周り、パドックには南関の重賞開催とあってなかなかの観衆。
「ヒヒーン!」
目一杯アピールする。元気さだけなら全出走馬中一番だろう。これに騙された観客や、母ハルウララの名前に懐かしさを感じるファンたちが支持したこともあり、一時は1番人気に支持された瞬間すらあった。
「金沢生え抜きが南関で1番人気…善き哉」
金沢競馬の重鎮、犬養元会長は感慨深そうに語った。延師も唖然として推移を見守る。木芽や小野師は延師と誼を通じたい調教師・オーナーたち関係者の対応を捌いて大忙し。
「ほらほら~、
妻とは言え厩務員、下っ端調教師ごときの統制は無視して突撃したい大物調教師もいたが、相手が地方競馬協議会の専務理事に抱えられているので無理はできない。自重した。その中に小野師が目敏く指名した人物もいた。
「あらあら!
木芽が「小野先生!?」と声を出すのを無視して、どうぞどうぞと調教師と馬主のコンビを手招きする。50過ぎの男とまだ若い女性オーナーだ。周りのブーイングが起こる中、木芽は懸命に制止し、小野師はどうぞどうぞと延師の位置までご招待。
「あらあ、延先生。大丈夫ですか?」
「え!ああ、小野先生」
「ははは。延先生、緊張しすぎじゃ」
ブルブルと電光掲示板・オーロラビジョン上の発表オッズを見つめていた延師。小野師の声で我に返る。
「こちらは現在2番人気、下馬評では最強馬と名高いクミノステファニー号のオーナー、久妙寺さんと管理調教師の小管先生です」
「浦和の小管です。先生、なかなか良い調子ですね。外来厩舎にいるというアキノドカ号のお噂はかねがね」
「私も、小管先生にお伺いするまでは噂話として聞いてはいても、自分には関係ない話だと。こうして1番人気を争う関係になるなんて、人生はわかりませんね?」
少壮の男性調教師、三十路の女性オーナー。若年の久妙寺の方が頼りがいがありそうなのが面白い。
「あ、ええ、延です…ひゃい」
「先生、元会長の仰る通り、緊張し過ぎですな!リラックスしませんと!」
ははは、と笑う小管師は人懐こい感じではある。キリっとしてはいるが、穏やかそうな久妙寺オーナーの方が頼りがいはありそうだが。
「良い馬です。ハルウララの良いところは…元気そうな馬というのはしっかり継いでます。父は…ダンスインザダークでしたか?あまりそんな感じはしませんね…?」
久妙寺は出走馬の馬柱くらいはしっかり頭に入れているらしい。席を立っていた暮内オーナーが戻って来たので、紹介やり直し。
「そうか、それはよろしくお願いします、久妙寺さん」
「ええ、胸をお借りするつもりで」
目は一切そんな感じをしていないが、久妙寺がそう言って握手を交わした。
さて、返し馬が進んでいるコース内では。
「ノドカ、1番人気やったよ!1番人気!」
アキノドカは金沢でも単勝では2番人気や3番人気をうろうろする支持率でやってきた。また2着だろ、が合言葉になっていたので、複勝人気や彼女が絡む連への人気はあったのだが。
「やあ、頑張らないとなあ!」
「そうだぜ、やらねえとな!」
「はい?」
隣から元気なてやんでえ口調の男が被せて来た。誰だ。
「おうおう、誰だって顔してやがるな!おう、吉田ッチ!教えてやれ!」
数百m離れた位置で馬を慣らしていた吉田。聞こえたのか、やれやれと言った顔でやって来た。
「また会ったな、霜月ちゃん。こいつは郡や。南関・船橋の郡快斗は知ってるだろ?」
「ああ!あの郡さん!」
「そうよそうよ!俺が郡よ!」
馬上で胸を張るのは南関で年間300勝を何度も達成して来たベテラン・郡快斗。既に2000勝の大台にも乗って、「このまま60までやって6000勝よ!」と鼻息荒い。脂が乗り切った男だ。
「俺の馬によ、いい加減に1番人気を明け渡せよ!金沢!」
「ムッ!ノドカはお母さんの分も人気を背負って頑張ってるんです!譲りなんてしませんよ!」
「何おおおおおおお!」
2人の周りにバチバチと火花が散り出す。馬同士は鼻を寄せ合って仲良さそうにしている。アキノドカが触れ合うチャンスをゲットして嬉しそうだ。
「何やろうな、これは」
吉田は独りごちた。
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