2年目、大井にいるカンナ

蹄跡の31

 カンナはこん兵衛のきつねうどんをすすりながら、調教コースを見ている。地方競馬の中でも選りすぐりとなる南関の馬たちだけあって、皆それぞれ動きが良い。


「あっちは穴久保厩舎・浦和の大将格、モンテスキュー。去年の浦和記念で中央勢をまとめて倒した6歳馬かあ」


 南関東4場とは大井以外に埼玉・浦和、千葉・船橋、神奈川・川崎の競馬場がある。モンテスキューはその内の浦和所属でダートグレード重賞5勝、現在最強馬である。


「あっちには川崎の緒方厩舎・ザビエラ!牝馬ながら川崎記念を勝ってJpnⅠを制した川崎最強馬で、やっぱり6歳かあ」


 中央の芝とは違い、ダートでは中央地方問わず牡馬が強い傾向が続いてきたが、昨年1月、地方でダート最強牝馬の称号を冠した。


「ノドカと目指す目標じぃ・・・」


 脳裏には『金沢が誇る女王コンビ、霜月神無とアキノドカ!』というキャッチフレーズ。うっとりするカンナである。


「っていうか、コルドバもおらん?」


 大井最強の5歳馬コルドバ。地方競馬界のダービーたる東京ダービーと日本のダート馬のダービー・ジャパンダートダービーという日本全国のダート3歳馬の頂点を制した馬。金沢でもJpnⅠのJBCクラシックを走って3着に入っている。


「なんで!?エスペランス!」


 船橋最強の6歳馬で、中央在籍の4歳時にはJpnⅠかしわ記念を制し、その後も数々の南関東重賞を制してきた。


「すごい馬がこれでもかと」


「壮観よね?」


 あらあらウフフとベンチの隣に座っていたのは門別の師走弥生。


「なんでいるんですか!?」


「それはこっちの台詞よね?あなたの金沢と同じく、門別も今時分は開催が無いのよ」


「ああ!」


 門別競馬場は北海道紋別にあるため、雪が積もり出す11月後半から4月初めまで閉鎖されるのである。


「その間はここに出稼ぎよぉ?」


「なるほど、同じです」


「金沢で100勝もしてないあなたが?」


「うぐっ」


 痛いところである。カンナよりもっと勝っている先輩たちだって、南関に遠征できる騎手は限られている。


「良い時代になったと思うわ。昔の騎手たちはその地域に縛り付けられて…特に女性騎手は有力馬も与えられなかったしね」


「そうですねえ…」


 昔は遠征する必要が無い程、地方競馬各場に馬がいた。一年中、どこでも開催していた。アラブ馬のレース編成だってあった。それに対し、今は馬こそ少ないが地方交流重賞競走ダートグレードレースや全国交流など、全国の地方公営競馬場間の交流、中央と地方の交流が活発になっている。


「私たちは2キロ減が永久的に付される。それは何にも代えがたい特典よね」


 女性騎手として苦労してきた先輩たちの活躍や、昨今の女性活躍社会への見直しから、機運が醸成されてきた。弥生の最近の活躍もその機運に乗ったところは大きい。


「本当に、社会の力に押されたわ。あと5年早く入ってたら、名も無き女性騎手で引退していたから」


「はい…」


 湿っぽくなるが、それを吹き飛ばそうと弥生は話題を変えた。


「そう、それも大事なんだけどね?」


「はい?」


 両手をポンと合わせた弥生。とてもうれしそうな顔をしている。どうしたんだろうとカンナ。


「あなたのアキノドカちゃんに、妹がいるのは知っている?」


「え、そうなんですか!?」


 カンナはアキノドカのことは姉がいるとしか知らなかった『金城スポーツ』の福生記者の記事に、妹がいるという情報も乗っていたのだが…


「見てないのね、新聞」


「社会に疎い以前の問題ですね…」


 自分に呆れるカンナに、弥生は話した。


「私がアキノドカちゃんの妹の、フユシズカのお相手を務めるかもしれないのよ」


「え、そうなんですか!」


 弥生の師匠は管理調教師の丸川師。彼がアキノドカの半妹・フユシズカを預かることになったらしい。


「ハルウララの牧場の人、吹っ切れたんですって。ウチの先生は結構有力だけど良いですか?って聞いたんだけど、もうノドカちゃんが注目されて逃げられないからって」


「ああ…」


 悪いことしたかな?と落ち込みかけるカンナだが、頭を振る。そんなことは無い。アキノドカがこの先を生きていくのに必要な戦績だったのだから。


「そうそう。悪く思うことないわ。母が血を残すに足るサラブレッドであることを証明した。それだけなのだから、それでいいの」


 グッと伸びをして、弥生は離れて行った。


「そうかあ…ノドカの妹かあ…」


 お姉さんに当たるナツサヤカも見たことが無い。どんな馬なのか、どこかで戦うことがあるのか。楽しみなカンナだった。

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